目次
はじめに
みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回はですね2月22日より公開予定の映画『アリータ バトルエンジェル』の原作でもあるマンガ『銃夢』についてお話していこうと思います。
本記事は作品のネタバレになるような内容を含む感想・解説記事となっております。
作品を未鑑賞の方はお気をつけください。
良かったら最後までお付き合いください。
『銃夢』
作品情報
本作『銃夢』は1991年から1995年まで集英社の「ビジネスジャンプ」にて連載されていたマンガで、原作を著したのは、木城ゆきとさんです。
まず、オリジナル版とも言える『銃夢』が単行本にして全9巻(愛蔵版であれば全6巻)発売されています。
ジャンルとしましては、サイバーパンクSF×バトルアクションといった感じになるかと思います。
個人的には荒木先生の『ジョジョの奇妙な冒険』と手塚治虫さんの『火の鳥』のような味わいがあるなという印象を受けました。
特にヴィラン(敵)の描き方がすごく似ているんですよね。
最強の敵でありながら戦士気質を持ち、主人公の前に立ちはだかるキャラクターであったり、自分の内面の弱さが故にヴィランとして振る舞うキャラクターや、社会から排除され、その憎しみ故に反抗するキャラクターなどすごく悪役の書き込みが深いです。
そして物語の主軸にあるのは、ガリィというサイボーグの少女が自分の正体や存在意義を見つける成長譚です。
一見すると、硬派なSFのような装いではあるんですが、全くそんなことはなくて、シリアスな展開もありつつも、木城先生は定期的に笑いを取りに来てくれるので、重くなりすぎずに読み進めることができます。
また、『銃夢』は1995年にいったん完結しているんですが、その後少しルート分岐が発生しています。
まず、作者の木城さんにはまだまだ物語を広げていく構想があったようなんですが、諸事情で完結させざるを得なくなってしまいました。
その時に、描かれたある種の「不本意な」結末が原作本の第9巻に外典的な扱いで掲載されています。
その後、作者の木城先生が何とかして自分の描けなかった構想を形にしたかったために『銃夢 LastOrder』として2000年から続編の連載が始まりました。
ここでは、オリジナル版の『銃夢』第9巻の155ページの展開の直後からストーリーが展開されるようになり、正式に第9巻のそれ以降の内容は「正史としては扱わない」ということとなりました。
そして続編である『銃夢 LastOrder』が完結を迎え、その後『銃夢 火星戦記』という前日譚+後日譚が連載中となっています。
予告編の内容を見る限りでは、第4巻のモーターボール編の完結あたりまでの内容に、一部オリジナル要素を加えて改変したものが映画版のプロットになっているのではないかと推測してます。
時間がない方はとりあえずその辺りまで原作をチェックしてみても良いかもしれませんね。
当ブログ管理人は軽い気持ちで読み始めたら、一気に9冊読み切ってしまいましたが・・・(笑)
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あらすじ
第1巻
本作の世界観は2つの舞台から構成されています。
- 空中都市「ザレム」:空中に地上からのパイプラインで繋がれた近代都市。
- 「クズ鉄町」:ザレムから落ちてきたスクラップにより構成された町。ファクトリーと呼ばれるザレム向けの製品や食品を生産している。
そして物語はクズ鉄町のスクラップの山の中からサイボーグ専門医のイドが女性型サイボーグの上半身を見つけるところから始まります。
脳が綺麗に保存されていたその上半身のサイボーグの身体を作り、意識を蘇らせた彼はその少女に「ガリィ」という名前をつけます。
イドは表の顔はサイボーグ専門医ですが、ハンターウォーリアとしても活動しており、賞金首に指定された犯罪者を始末していました。
それを見たガリィは自らもハンターウォーリアとして活動することを決意し、最初のターゲットにマカクという凶悪犯を選びます。
圧倒的な機甲術を用いて、彼女はマカクを追い詰めますが、頭部と胸部を除いてほとんど破壊されてしまいます。イドが救援に来たことで一命を取り止めますが、マカクは取り逃がしてしまうこととなります。
イドはそんな彼女に戦うための肉体とも言えるバーサーカーボディを与えます。
その圧倒的な力を手にした彼女は再びマカクに戦いを挑むのでした・・・。
第2巻
マカクの一件がひと段落し、つかの間の日常を取り戻したガリィ。
ある日、ハンターウォーリアーの活動をしていた彼女の前にユーゴという青年が現れます。
彼は、空に浮かぶ「ザレム」に憧れていて、そこに行くためにコツコツと働いて貯金をしていました。
ガリィはそんな純粋に夢を追うユーゴの姿に惹かれ、恋をしてしまいます。
1人の恋する乙女!!なガリィなんですが、実はユーゴには裏の顔があったのでした・・・。
第3巻
ユーゴの一件があり、傷心のガリィは突然イドの下から姿をくらませてしまいます。
イドが情報を集めつつ、彼女の行方を創作していると、彼女がモーターボールと呼ばれる「クズ鉄町」名物の競技に参加していることを突き止めます。
彼女はユーゴへの思いやイドが自分に注ぐ愛情を重荷に感じ、一度すべてを忘れたくてバーサーカーボディを取り外し、モーターボールに参加していたのでした。
この競技は3部制になっていて、彼女は一番下の3部からスタートするわけですが、当然圧倒的な強さを見せ、あっという間に2部に昇格することとなります。
一方でイドは、何とかしてガリィを自分の下に戻らせようとしてモーターボールの1部のチャンピオンであるジャシュガンのドクターを務め、彼にガリィのプライドを打ち砕かせようと画策します。
そしてガリィはモーターボール最強のジャシュガンと直接対決することになるのでした・・・。
第4巻
ガリィはジャシュガンに挑むための5人の仲間集めをする必要性に駆られます。
そして彼女にとって初めての2部のモーターボール出場の機会が訪れ、対戦者たちとデッドヒートを繰り広げます。
強敵揃いの一進一退の攻防の中で、彼女の強さは認められ、ガリィは2部屈指の強者をチームに従えて、ジャシュガンに挑むこととなります。
一方のジャシュガンは、かつて「ザレム」の人間によって施された手術の影響で脳波が弱っており、意識を失うことも稀ではありませんでした。
しかし、根っからの戦士である彼は、何としてでもモーターボールの舞台でガリィと戦うことを望んでおり、自分を奮い立たせます。
そして2人の真剣勝負が幕を開けるのでした・・・。
第5巻
モーターボールでガリィが活躍していた頃、彼女にかつて酷い目に遭わされ、顔面を損傷したザパンはその姿を見て怯えていた。
そして過去のトラウマが蘇り、パニック状態に陥った際に最愛の女性サラを自らの手で殺害してしまう。
それから2年の月日が経ち、ザパンはガリィに復讐を仕掛ける。
しかし、同じく復讐に燃えるハンター・マードックによって抹殺されてしまう。
時を同じくして、イドはガリィに装着していたバーサーカーボディを買い戻すために「ザレム」出身の研究者であるディスティ・ノヴァの下に向かう。
ノヴァは何とバーサーカーボディの禁じられた能力を解放しようとしていたのだ。
しかし、その実験は失敗し、暴走に巻き込まれてイドは命を落としてしまう。
実験に巻き込まれ、バーサーカーボディに取り込まれたことで再び息を吹き返したザパンは再びガリィに戦いを挑むのだった・・・。
第6巻
ザパンとの死闘の末に生死の境界を彷徨うガリィ。
すると彼女の精神世界に「ザレム」の地上監察局のビゴット・アイゼンバーグが介入してくる。
彼は、ガリィに「ザレム」のエージェント「TUNED」として働くよう持ち掛け、その要求に応じれば命を救うと申し出たのだった。
その要求に応じた彼女が「TUNED」として逃亡したディスティ・ノヴァを追うこととなる。
ノヴァを追う旅の最中で、彼女はフォギアという青年に出会う。
しかし、突如として「ザレム」への抵抗の姿勢を見せる組織「バージャック」の襲撃を受け、ガリィは囚われの身となってしまうのだった・・・。
第7巻
「TUNED」のガリィ担当がルゥ・コリンズという女性に変わり、そのお転婆さに振り回されながらも旅を続ける。
その中で彼女はバージャックにもザレムにも肩入れせず、中立の立場で海賊ラジオ放送を行っているケイオスという人物に会いに行くことを当面の目標と定める。
旅の途中敵に急襲され、絶体絶命の危機に陥りながらも何とかケイオスの下に辿り着くガリィ一行。
彼は触れた者の能力や知識を吸収し、自分の中にコピーするサイコメトリーの能力の持ち主だった。
その能力で、ガリィに触れた際に彼女の本当の名前が「陽子」であることを知り、さらに彼女に恋をしてしまう。
しかし、突如としてバージャックのリーダー「電」が現れ、ガリィは彼と戦うことになるのだった・・・。
第8巻
ケイオスの情報で、イドがとある農場で暮らしていると知ったガリィ。
彼女は喜び勇んで、彼に会いに行きますが、なんとイドは昔の記憶(当然ガリィとの記憶も)失っていたのです。
彼がまだ記憶を失う前に記録していたビデオの中には、彼が「ザレム」人の秘密を知ってしまい、発狂してしまう様が映し出されていました。
悲しみにくれながらもノヴァを追う彼女の前に突然、彼女そっくりの量産型サイボーグ「G-2」が現れる。
何と地上監察局のビゴット・アイゼンバーグの目的は、ガリィのデータから同等の能力を持つサイボーグを量産することだったのだ。
G-2の圧倒的な力にねじ伏せられるガリィでしたが、「ザレム」で彼女を守ろうとしたルゥ・コリンズがクーデターを起こしたことで何とか勝利する。
そしていよいよバージャックとザレムの全面戦争が勃発しようとしていたのだった・・・。
第9巻
旅路の果てにようやくノヴァと対峙するガリィ。
そこでノヴァは「ザレム人の秘密」を明らかにする。
「クズ鉄町」の人間とは違い高度な知能を有していると自負していたザレム人には「脳」が存在しておらず、そこには電子チップが埋め込まれていたのだった。
追い詰められたノヴァは仮想現実「対自核夢(ウロボロス)」の中に彼女を閉じ込めて勝利しようと試みる。
ケイオスの助けもあり、仮想現実「対自核夢(ウロボロス)」から脱出したガリィ。
物語はいよいよ最終決戦へ!!
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感想・解説:『銃夢』がめちゃくちゃ面白い4つのポイント
主人公ガリィがキュートすぎる
正直に申し上げて、この『銃夢』を読んでいて、ガリィを好きにならない人はおそらくいませんよ(笑)
キャラクターデザインはいわゆる「萌え線」狙いではないです。
まず、その魅力の1つは自分が親目線になって未熟な子供の成長を見守っているような気分になれるところでしょうか。
彼女は特に序盤は圧倒的な力を持ちながらも、その力の使い方を知りませんし、また精神的にも幼い部分があります。
イドにサイボーグの身体をつけてもらい、喜び勇んでハンターウォーリアーになり、いきなり高額配当の賞金首に戦いを挑んで、粉砕される冒頭の一幕は印象的でした。
そしてやっぱり第2巻のユーゴとの恋愛物語ですよ。
ユーゴと言えば・・・
- 夢に憧れる系爽やかイケメン
- 夢のために真面目に働いて、コツコツと貯金してますよ君
- その裏で悪事働いてましたよ
そんなユーゴにガリィはとにかくゾッコンなんです。
- 彼が純粋な目で空を見上げて、夢を語る姿にキュンキュンしたり・・・。
- 自分のお金を貢いで、彼が「ザレム」に行くためのお金の足しにしようとしたり・・・。
- 彼が犯罪を犯していることが発覚し、賞金首になると一緒に駆け落ちしようと画策したり・・・。
こういういわゆる「悪い男」に引っかかってしまう彼女を見ていると、自分の娘を心配する父親のような気分でどうしてもガリィを心配してしまいます。
ただ未熟なのは、あくまでも冒頭の話で彼女はどんどんと成長していき、精神的にも成熟していきます。
後半に差し掛かるにつれて、どんどんと彼女が「可愛い」というよりも「尊く」思えてくるんですよね。
また面白いことにこの作品に登場するキャラクターってほとんどがガリィのことが「好き」です(笑)
- イド・ダイスケ:ガリィをスクラップの中から拾い上げ、命を吹き込んだ張本人。ガリィのことが好きすぎて、自分の手元に置いておきたくてしょうがない。彼女が自分の下から離れると、彼女の敵に肩入れして、そのプライドを打ち砕いて自分の下に戻ってくるように仕向ける。メンヘラの気アリ。
- マカク:母親に捨てられ、社会から排除され、誰からも相手にされなかったが、自分と対等に戦ってくれたガリィに恋愛感情めいた特別な想いを寄せる。あいみょんの『貴方解剖純愛歌』よろしく、ガリィの胸部より上をネックレスにして自分の慰み物にしようとしている特殊性癖の持ち主。
- ザパン:ガリィに「会いたくて会いたくて震えている」男。
- ジャシュガン:モーターボール界最強の男。ガリィの強さを認めており、彼のライバルとして死後も物語に関与する。彼女の夢の中にまで現れる。
- ディスティ・ノヴァ:マッドサイエンティストであるが、仮想現実「対自核夢(ウロボロス)」の中ではガリィを「アリータ」として可愛がり、彼女との暮らしの中で平和を望む気持ちが芽生えていく。
- フォギア・フォア:ガリィと旅をする中で彼女に好意を寄せる。両想い。
- ケイオス:ガリィが好きすぎて、人格が変わる。
登場するキャラクターが大体彼女のことが好きなので、同調圧力的に自分もガリィを好きにならざるを得ない状況に追い込まれていくんですよ・・・。
ただ、本当に物語終盤になるにつれて、凛とした佇まいが様になっていき、成熟した女性になっていく様子が本当に「ギャップ萌え」です。
とにかく主人公のガリィが可愛いので、ぜひぜひ皆さんも『銃夢』を読んで、この恋い焦がれる甘酸っぱい気持ちを共有しましょう!!
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あまりにも魅力的な敵キャラクターたち
『銃夢』がバトルマンガとして圧倒的に面白いのは、やはり敵キャラクターが魅力的だからというのも大きなポイントでしょう。
『銃夢』の敵役は、すごくその内面が丁寧に描かれていて、だからこそすごく感情移入してしまうんです。
マカク
マカク 『銃夢』1巻より引用
母親にトイレに産み落とされ、流されて下水道の中で育ちました。
ある日、排水溝から地上の世界を覗いていたのですが、その際に「クズ鉄町」の住人から火炎放射器で顔を焼かれ、致命傷を負います。
孤独の中で絶望し、死を待つだけの彼を「ザレム」出身の研究者ディスティ・ノヴァが救出し、改造手術を施し、蛆虫の形状にして命を吹き込んだ。
自分が生きているんだということを証明するために地上に繰り出し、人間の身体を乗っ取り続けるが、それでも誰も自分を止めるものはおらず、誰にも認められないことを嘆いていました。
そんな時に自分と対等に渡り合おうとしてくれた存在であるガリィに恋愛感情の様な思いを抱くんですよ!!
自分の敵として立ちはだかってくれたガリィに感謝する悪役ザカクの深い悲しみに、読んでいる我々も思わず共感してしまって、すごく複雑な気持ちになります。
ただ木城先生はそのあたりの読み手のインプレッションまできちんと計算しています。
ガリィはザカクを倒すと、彼の深い悲しみと死による救済に想いを馳せて涙を流すんですよ。
こういった敵、味方、憎しみ、哀しみの垣根を超えた「生の感情」が描かれているからこそ、ザカクは魅力的でした。
ジャシュガン
ジュシャガン 『銃夢』第4巻より引用
ジャシュガンは完全に『ジョジョの奇妙な冒険』の第2部に登場するワムウ気質のキャラクターだと思います。
彼は過去に「ザレム」出身の研究者ディスティ・ノヴァによる改造手術を施されていて、その力ゆえにモーターボールで圧倒的な力を誇示しています。
圧倒的な脳の処理能力を誇っていて、向かうところ敵なしなのですが、脳死の発作が頻発していて、満身創痍の状態でガリィと対戦することとなります。
ガリィの「強さ」を心の底から認めていて、互いにリスペクトし合う姿勢も素晴らしいですし、何より、最期の生命力を振り絞って人生最後のバトルに勝利するところが何とも素晴らしいんですよ!
彼は絶命しながらも、最期の最期でガリィを倒します。
「最強の漢」として散っていき、「神」となり、「伝説」となる幕引きに読んでいる我々もリスペクト以外のどんな感情も抱くことはありません。
ザパン
ザパン 『銃夢』第5巻より引用
ガリィによって撃退され、ハンターウォーリアー界隈からも追われてしまった彼は、愛するサラという女性とつつましく暮らしていました。
しかしガリィがトラウマになってしまっていた彼は、モーターボールで彼女が活躍する姿を見て、パニックになり、その際に最愛のサラを殺害してしまいます。
そして自分から何もかもを奪ったガリィに復讐することを胸に誓います。
このザパンというキャラクターの狂気を生んだのは誰なのか?という元を辿れば、それはガリィ自身なんですよ。
だからこそザパンは『銃夢』においてガリィのカルマ(業)として描かれています。
そしてもっと言うなれば、ザパンって「人間の弱さ」の象徴です。
それ故に、隙だらけのガリィを前にしても彼女に刃を突き立てることができず、震えて立ちすくむばかりです。
人間は誰しもが弱い生き物で、それを受け入れることができないと「悪」に傾倒してしまうのかもしれません。
そんな弱き悪を体現するザパンという悪役はどこか人間臭くて、だからこそ魅力的です。
他にもまだまだ魅力的な悪役は多数登場しますが、やはりこういった主人公ガリィの敵となるキャラクターたちが非常に魅力的なのは、『銃夢』が傑作たる1つの所以と言えるでしょうね。
人間のアイデンティティを問う物語
『銃夢』という作品は全編にわたって手塚治虫の世界観を彷彿させるような哲学的なテーマを内包しています。
とりわけその中心にあるのは、「人間とは何か?」という主題だと思われます。
そしてそれを考えていく上で重要な設定が「ザレム」と「クズ鉄町」という2つの世界に生きることなる人間です。
- 「ザレム」の人間:脳が電子チップで、身体は生身
- 「クズ鉄町」の人間:生身の脳に、身体は機械
人間とレプリカントという存在を中心に「人間を定義するものの在り処」を問いかけたサイバーパンクSF『ブレードランナー』にも通ずるところがありますね。
『銃夢』の人間らしさを読み解いていく上でキーワードになるのは、以下の2つだと個人的には考えております。
- 弱さの受容
- 未来の決定
とりわけ読んでいて思い出したのは、フィリップ・K・ディックの『高い城の男』ですね。
この作品は、第2次世界大戦に連合国側、つまり日本とドイツ、イタリアが勝利して、アメリカを分割統治しているという世界での物語です。
そんな作中で、ナチズムに倫理的な抵抗を呈する書物として「易経」という書物が登場します。そして作中の登場人物バイネスがこの「易経」に基づいて、ナチズムを批判します。
「彼らが理解できないもの、それは人間の無力さだ。」
(フィリップ・K・ディック『高い城の男』より引用)
同書に関して笠井潔氏は自身の論文の中で「『自分たちを髪に似た存在と考え』るナチズム」または「観念による現実の、未来による自由の、そして神による人間の絶対的支配を主張するナチズム」と評しています。
そう考えると、『銃夢』における「ザレム」の人間たちって、頭にチップを埋め込まれ、単一の思想に導かれているという点で「ナチズム」的とすら形容できるでしょう。
また未来によって自由が絶対的な支配に置かれているという点も重要です。
つまり「ザレム」の人間というのは、未来を自由を放棄することで受動的に未来を獲得し、自らの弱さを理解することなく生きていると言えるのではないでしょうか。
この構図にも彼らが弱さを受け入れない姿勢が反映されています。自分たちはあくまでも特別であり、彼らとは違う高等生物なのだと疑うことなく信じているのです。
そしてそれに対抗する形でガリィを初めとする「クズ鉄町」の人間の生き方があります。
特に『銃夢』第5巻のラストが個人的には印象的でした。
ガリィ「強さも 弱さも 善も 悪も 同じように受け入れろというのか!? 無理だよ・・・。」
(『銃夢』5巻より引用)
自分の「無力さ」や「弱さ」を自覚し、地に落ちていくガリィが見たのは、地上から芽を出す若葉でした。
若葉を見つめるガリィ 『銃夢』第5巻より引用
この5巻のラストはまさしくそんな「弱さ」を受け入れることにこそ、人間らしさというものが内包されているのではないかというメッセージを打ち出しています。
あの小さな若葉は彼女の中に芽生えた「人間らしさ」の表象なんだと思います。
「弱さ」を受け入れ、自分の意志で「未来」を選び抜いていくこと。それこそが人間を人間足らしめる最たる要因になり得るのかもしれません。
ぜひぜひ皆さんにもこの『銃夢』という作品を通じて、深く「人間らしさ」という問いについて考えてみて欲しいと思いました。
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分断された2つの世界という主題系
人間の世界を描くに当たって「分断された2つの世界」という世界観はいつの時代も変わることがありません。
『銃夢』が著された90年代。それ以前の世界はどうなっていたのでしょうか。
60年代から南北問題と呼ばれる先進国と発展途上国の格差が続いていました。
しかし、貧しい農業国、工業化が進んだ先進国の格差の拡大は世界的に大きな問題として考えられるようになりました。
これに対して70年代に入ると、天然資源を有した国々が資源を国有化して発展を目指していく資源ナショナリズムの動きが活発になりました。
これにより70年代・80年代は途上国の中でも格差が拡大し、後に南南問題と呼ばれる経済格差が生じていくこととなりました。
そして90年代以降の世界を見てみますと、2001年の同時多発テロに代表されるように「テロ事件」が多発するようになりました。
これもまた、世界が先進国と発展途上国という経済格差による分断を生み出していたことが1つの要因として考えられるでしょう。
「銃夢」の中に描かれた「ザレム」と「クズ鉄町」の関係性はまさしく我々の生きている世界を反映したものです。
- 「ザレム」:「クズ鉄町」の上空に浮かぶ空中都市。下界から人間が入ることは許されない。下界を半ば奴隷化しており食料やその他の製品、臓器などを吸い上げている。
- 「クズ鉄町」:「ザレム」から投下されたスクラップを囲って作られた町。ファクトリーと呼ばれる施設が点在しており、「ザレム」に輸出することで生活している。
また、この漫画が著された際には、まだまだ問題にも上がっていなかったであろう「移民・難民」問題やテロ問題にも通ずる物語が綴られています。
そういう点で『銃夢』という作品は確かに90年代の世界の分断を投影した作品ではありますが、時を超えて、今の我々が読んでも今日の社会を重ねて読むことができるだけの耐久力があります。
おわりに
いかがだったでしょうか?
今回は映画『アリータバトルエンジェル』の原作である木城先生の『銃夢』という作品についてお話してきました。
90年代の作品でありながら、現代にも通ずる社会性と批評性を孕んでおり、それでいてバトルマンガとしても一級品の文句なしの名作です。
おそらくハリウッド映画版で描かれるのは原作の4巻くらいまでの部分だと思います。
ですので、映画版を見て、興味を持った方はぜひぜひ原作の方も読んでみてください。
今回も読んでくださった方ありがとうございました。
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参考:【ネタバレあり】『アリータ バトルエンジェル』解説・考察:続編絶対に作ってくれよな!!