みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回はですね映画『見えない目撃者』についてお話していこうと思います。
今作について、個人的にそんなに期待値が高い作品ではなかったんですよ。
というのも吉岡里帆さんの演技にそれほど良いイメージがないのと、昨年の『SUNNY 強い気持ち 強い愛』もそうですが、韓国映画の日本版リメイクにもそれほど良い印象がなかったからです。
この『見えない目撃者』という作品は、2011年に韓国で公開された『ブラインド』というクライムスリラーのリメイクなんですね。
しかも、日本ってこの手のクライムスリラー映画をそれほど多く作ってきた国ではありません。一方の韓国では、このジャンルは十八番とも言えます。
その点で正直いかほどのクオリティになるんだ・・・という心配が鑑賞前はぬぐい切れませんでした。
これは「本気で怖い」「本気のゴア描写」を追求した、そして「日本にしか作れないストーリー」を描こうとした傑作です。
今回は、本作が傑作たる所以についてしっかりと語っていきたいと思います。
本記事は作品のネタバレになるような内容を含む感想・解説記事となっております。
作品を未鑑賞の方はお気をつけください。
良かったら最後までお付き合いください。
目次
『見えない目撃者』
あらすじ
警察学校で優秀な成績を残し、首席で卒業した浜中なつめは、その夜友人と遊んでいる弟を車で迎えに行った。
その帰り道に、ふとわき見をしてしまい、なつめはトラックと接触寸前の交通事故を起こしてしまう。
車は横転し、彼女はトラックの運転手に担ぎ出されるが、弟は足が挟まって車内から出られなくなってしまった。
彼女は何とか「姉ちゃん助けて!」と叫ぶ弟を助けようと試みるが、自己の影響で視力が失われてしまい、視界が真っ暗になってしまっていました。
そして、無情にも漏れ出したガソリンに引火してしまい車は爆発。
彼女は、自分が起こした交通事故で弟を殺してしまったという深い絶望感と自責の念に駆られながら、警察官への道を諦める。
それから3年が経ったある日、未だに事故のショックから立ち直れない彼女は、夜道でスケボーと車の接触事故らしき場面に遭遇する。
ケガ人がいてはいけないと救護に向かう彼女でしたが、車内から高校生くらいの女性の「助けて!」という悲鳴が聞こえる。
すぐに運転手が戻ってきて、車は発進してしまうが、そのことに違和感を持った彼女は警察に「誘拐事件」として捜査するよう依頼する。
警察は目の見えない彼女を目撃者として信頼せず、捜査を打ち切ってしまおうとするが、なつめは必死に証拠や証言を集めて回る。
そして少しずつ女子高生連続誘拐事件の全貌が明らかになっていく・・・。
スタッフ・キャスト
- 監督:森淳一
- 脚本:藤井清美 森淳一
- 撮影:高木風太
- 照明:藤井勇
- 録音:竹内久史
- 美術:禪洲幸久
- 編集:瀧田隆一
やはり韓国映画では猟奇殺人モノって一大ジャンルなんですが、日本ではそれほど多く作品が作られているわけではありません。
その中で、『ブラインド』のリメイクということで、森淳一監督がメガホンを取りました。
彼は伊坂幸太郎さん原作の『重力ピエロ』や五十嵐大介さん原作の『リトルフォレスト』などの実写版を手掛けてきました。
『重力ピエロ』はクライムサスペンスに家族映画の要素を加えた少しウェットなテイストの作品ですが、非常に巧く作っていたと思います。
『リトルフォレスト』は母に見捨てられた少女が、大自然の中で自給自足生活を送るという作品ですが、愛されない少女が人との関係を紡いでいく温かいニューマンドラマに仕上がっていました。
ただ、森淳一監督が一気にこのレベルのクライムスリラーを撮れるとは思いもしなかったので、正直この映画を見て、「化けた!」と思いました。
脚本には『ミュージアム』や『るろうに剣心』シリーズの藤井清美さんがクレジットされています。
『ミュージアム』はデヴィッド・フィンチャーの『セブン』を思わせるクライムスリラーで、出来が傑出して良いというわけではないですが、かなり挑戦的な作品だったとは思います。
結局そこに尽きると思います。この手のクライムスリラーってやっぱりある程度のグロ・ゴア描写があってこそ、リアルさと怖さが出るものだと思いますし、そこを排除して万人が見れる映画にしてしまうとどうしても格落ちになってしまいますよね。
撮影には『不能犯』や『小さな恋のうた』などラブストーリーからサスペンスまで様々な作品を手掛けてきた高木風太さんが加わりました。
今作『見えない目撃者』は撮影について、本当にハイレベルな仕上がりだったので、貢献度は非常に高いと思います。
編集には『リトルフォレスト』シリーズや『羊と鋼の森』で、大胆に静寂を用いる編集を施した瀧田隆一さんが起用されました。
- 浜中なつめ:吉岡里帆
- 国崎春馬:高杉真宙
- 吉野直樹:大倉孝二
- 日下部翔:浅香航大
- 平山隆:國村隼
- 横山司:渡辺大知
- 桐野圭一:柳俊太郎
- 木村友一:田口トモロヲ
まず主人公を演じたのは、吉岡里帆さんです。
『音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』や『パラレルワールドラブストーリー』など、正直あまり演技面でよい印象がなかった彼女ですが、先日鑑賞した『ホットギミック』を見た時にふと感じたことがあります。
この作品にも彼女は出演しているのですが、これが演技が非常に巧いのです。
それを見た時に、監督や脚本の力が役者の演技に与える力って間違いなく大きいんだなと痛感しました。
もちろん酷い脚本の映画でも、1人の演技力で何とかしてしまうくらいの名俳優も存在しますが、そんな人は一握りです。
その点で、今回の『見えない目撃者』における彼女の演技は素晴らしかったですね。
社会に対する深い絶望感と、それでも人を救いたいんだという熱い使命感と正義感が入り混じった複雑な感情を見事に表現していました。
相棒を務めた高杉真宙さんも何事にも無関心な序盤から少しずつ誰かを救いたいという思いに目覚めていくプロセスを巧みに演じていました。
そして、この映画の何と言ってもいやらしいところは國村隼さんの使いどころですよ・・・。
冒頭で示された犯人の特徴とは違うので、もちろん違うとは分かっているんですが、警察事情に通じた人物が犯人という情報が出てきたタイミングで、國村隼さんの警察OBのキャラクターを登場させるんです・・・。
という具合に少し韓国映画に目くばせをするようなキャスティングも良かったと思います。
より詳しい情報を知りたいという方は、映画公式サイトへどうぞ!
『見えない目撃者』感想・解説(ネタバレあり)
圧倒的すぎる演出の数々
(C)2019「見えない目撃者」フィルムパートナーズ (C)MoonWatcher and N.E.W.
クライムスリラーを臨場感と緊迫感のあるものに仕上げていくためには、撮影や照明、そして役者の立ち位置や見せ方など様々な要素にこだわる必要があります。
単純に脚本が面白いと言っても、映画は視覚志向のメディアですから、映像で表現できなければ観客に「怖い」と感じさせることはできません。
まず、映像の中の人物の構図や立ち位置って非常に大切なんですよ。
例えば部屋の中のシーン1つとってもどこにどの人物を立たせるのか?壁寄りなのか窓寄りなのか、それとも扉寄りなのか。
2人の人物が正対するカットを撮ったとしても、その人物のうちどちらが扉側にいて、どちらが壁側にいるのかという視覚的な情報だけでも観客に与える印象は大きく変化します。
この映画が巧かったのは、ベテラン刑事の木村と犯人の日下部が地下駐車場らしき場所で対峙するシーンですね。
脚本的に言うと、どう考えても追い詰められているのは犯人の日下部の方なんですが、映画を見ている我々はどうも身に危険が迫っているのはベテラン刑事の木村の方に思えてしまうのです。
これは、映像において壁側に木村を、そして駐車場の入り口側に日下部を配置したことで、その場面における立場の優劣を映像で仄めかしていたからです。
当然この場面では、入り口側にいる日下部が有利な状況にあるということを示しています。
また、ここに照明の当て方などの要素が加わり、照明が顔に当たり、不安と焦燥の表情を浮かべる木村と、顔が陰で隠れ、表情が見えない日下部のコントラストが際立ち、2人の優劣が明確になります。
『見えない目撃者』という作品は、脚本が面白いのはもちろんですが、クライムスリラーとして映像の見せ方に徹底的にこだゎっていて、それ故に私たちは無意識的に物語に引き込まれていくのです。
地下鉄の駅でのチェイスも本当に見事だと思います。
チェイスのシーンにも関わらず、なつめを日下部はホラー映画『13日の金曜日』のジェイソンよろしく徹底的に走ろうとしませんよね。
これも、私たちに心理的な緊迫感を煽るという点で効果的な印象で、必死に走っているなつめとゆっくりと歩いている日下部の立場の優劣が明確なんですよね。
だからこそ「歩いているだけ」がこの上なく恐ろしいのです。
しかも、なつめがエレベーターに逃げ込んだシーンで、いきなり日下部が走り出すわけですから、これまでひたすら歩き続けていたこともあって観客に与える恐怖は倍増します。
このように『見えない目撃者』という作品は、1つ1つのシーンの緊迫感や臨場感の演出にこだわっていて、その積み重ねが作品としての出来にも繋がっているように感じられました。
「見えない目撃者」というタイトルに込められた日本版リメイクの意義
(C)2019「見えない目撃者」フィルムパートナーズ (C)MoonWatcher and N.E.W.
今作は記事の冒頭でも書いたように韓国映画の『ブラインド』のリメイクです。
もちろん基本的なプロットは踏襲していますが、その上で多くの日本ならではの要素を付与してきている点は評価に値すると思います。
そして『見えない目撃者』が選んだのは、親の子に対するネグレクト問題と未成年家出・売春問題を盛り込むことでした。
厚生労働省の調査では、児童相談所への虐待相談対応件数は1990年の集計開始以来、27年連続増加してきたというデータが挙がっています。
とりわけ「ネグレクト」や「心理的虐待」といった項目はここ10年間で急激に増加しており、日本の社会問題ともなっています。
こういった背景には、アルコール、ギャンブル、薬物そして貧困といった事象が絡んできます。日本における子供の相対的貧困率は増加傾向にあるのです。
これらの現代日本を取り巻く問題を、『見えない目撃者』はクライムスリラーの中に見事に落とし込んでいます。
そして『見えない目撃者』というタイトルそのものが、今の日本に対する痛烈なメッセージになっていることも指摘できます。
このタイトルはそのまま読めば、主人公のなつめのことを指しているわけですが、本当の意味は別のところにあると思います。
というのもこのタイトルは「社会の暗部を見ているのに見ないふりをしている私たち自身のこと」を指しているのです。
本作の序盤の春馬なんてまさにそうで、自分が誘拐事件を解決できる可能性があるカギを握っているのに、無関心や巻き込まれたくないという思いが「見ているのに見えないふりをする」という行動を起こさせています。
親が子を「ネグレクト」するという問題は、もはや血のつながった関係にある家族内にすら無関心が横行しているというとんでもない状況です。
今作『見えない目撃者』はそんな社会的な絶望に対して3つの立ち向かい方を示しました。
- それでも立ち向かい続ける姿勢
- 無関心で見て見ぬふりを貫く姿勢
- 絶望を狂気に変え、破壊に傾倒する姿勢
1つ目がまさしく今回なつめがみせた姿勢で、自分が携わる必要もない誘拐事件にどんどんと関わっていき、そして命の危険に直面しながらも誘拐された2人の女子高生を救出します。
一方で、彼女が必死に助けを求めても、助けてくれない通行人や本作の冒頭の春馬は2つ目の見て見ぬふりをするという姿勢をとっていました。
そして3つ目にを体現していたのが、まさしく犯人の日下部ですよね。
彼は人間や社会に対して絶望しており、それ故に六根清浄を目的としたシリアルキラーを実行します。
日本の歪んだ社会というのは、間違いなくこの3つのパターンの人間を生み出しています。
そして私も含めて圧倒的多数なのが、2つ目の「見えない目撃者」的立場を貫いている人々だと思います。
社会の空気を変えていくためには、この大多数をどちらに転ばせるのかということが重要になってきます。
今作の犯人である日下部ももとから狂っていたというより、過去のシリアルキラーの犯行を間近で見たことで、その方向へと引き込まれていった人間です。
だからこそ私たちは、なつめが見せてくれた勇気ある行動のように、目の前にいる助けを求める人たちに何とかして手を差し伸べていかなければなりません。
学校の先生ですら生徒に無関心な時代に、警察ですら被害者を救うことに積極的に取り組まない時代に、両親ですら子供をネグレクトする時代に、私たちはその目で見て、手を差し伸べていく勇気を持つ必要があります。
日本という国は、「空気」というものの力が非常に強い国です。
それ故に、小さな1人1人が行動を起こし、この国を取り巻く「空気」を少しずつ変えていく必要があります。
クライムスリラー映画でありながら、今の日本の社会の在り様に痛烈なメッセージを孕んだ作品だったと思いますし、その点で日本版リメイクを作成した意義も大きかったのではないかと思います。
1人1人の人間の価値と意義を取り戻す
(C)2019「見えない目撃者」フィルムパートナーズ (C)MoonWatcher and N.E.W.
オリジナル版の『ブラインド』では、女性に激しい執念を抱いた産婦人科医の男の犯行ということになっていましたが、『見えない目撃者』では警察内部に犯人がいるという設定に改変されていました。
ヴォルター・ベンヤミンは「探偵小説の根源的な社会内容は、大都市の群衆のなかにでは個人の痕跡が消えることである」と主張しました。
そしてセルジュ・モスコヴィッシは、その群衆や大衆について以下のように述べました。
「大衆とは、平等で無名の互いに相似た個人の、束の間の集合体であり、その中にあっては各人の諸観念とさまざまな情緒が自然発生的に表出する傾向を持つ集合体なのである」
群集の誕生というのは、言わば個人というものが画一化され、代替可能化されていったがために無個性化し、そんな人間が集合したことで「個人」が消失するという現象でもあるということです。
そして笠井繁氏は探偵小説というジャンルの意義を「第1次世界大戦で起きた大量死と死の記号化から命の尊厳を取り戻すこと」にあると考えました。
そういう探偵小説のコンテクストを『見えない目撃者』という作品は背負っているわけですが、ここでも「ネグレクト」という事象が効いてきます。
私たちが、無個性化し、代替可能な他者として生きるようになった今でも、家族という小さな集団において1人1人はかけがえのない人間であり、「平等で無名の互いに相似た個人の、束の間の集合体」という群集の概念からは程遠いものと思われてきました。
しかし、ネグレクトという事象が起き、育児放棄が起きる昨今はそういう考え方ですら当たり前ではなくなってきているのです。
本作では、被害者の少女たちが家族からすら行方不明届が出されていないという状況が描かれました。
また警察内部の人間が補導の履歴を削除するという「足跡の消失」に加担していたという驚きの事実も描かれていました。
群集に埋没し、家族からすらその存在を認めてもらえなくなった人間にもはや居場所なんてありません。彼女たちはこの社会において「いない」も同然の人間だったんです。
それ故に彼女たちは自分の存在を認めてくれる「救さま」に惹かれたんでしょうね。
無価値で無個性で、誰からも認めてもらえない自分をこの世界で唯一認めてくれる人間がいるとあらば、すがりたくなるのも当然です。
そういう世界から見捨てられた少女たちの存在意義を、命の価値を取り戻そうとするのが『見えない目撃者』という作品であり、主人公のなつめの行動でもあるんですね。
本作の終盤になつめが被害者の女の子の手を握るシーンがあります。
このシーンは、確かに世界から見捨てられた少女の「生命の温もり」を取り戻したことを明確にしたという意味合いで素晴らしいカットでした。
こういう社会問題と絡めたメッセージ性は、それほどオリジナル版の『ブラインド』からは感じなかっただけに、『見えない目撃者』はすごく意義のある傑出した作品になっていたと思います。
おわりに
いかがだったでしょうか。
今回は映画『見えない目撃者』についてお話してきました。
社会問題や探偵小説のコンテクストを取り込み、メッセージ性のある作品に仕上げたことも評価できますし、単純にこのレベルの方がスリラーは過去にもなかなかないものだったので、久しぶりに良いものを見たという印象ですね。
とにかく映像的な出来栄えが素晴らしくて、撮影、照明、編集、そしてキャスト陣の演技が一体となって緊迫感や恐怖感を生み出していました。
『ドントブリーズ』という盲目の退役軍人がやばい系のホラー映画があるんですが、本作の終盤のホラーハウス展開はすごく似ています。
ただ、「スマホのライトの使用はありなんだ!!」という驚きがあり、せっかく視界を悪くしても、なつめ側が絶対的有利に立ったわけではないという展開は痺れました。
なつめと日下部のラストの対峙シーンの無音演出も見ている側としては心臓のバクバクが止まりませんでした。
纏めますが、今作は本当に邦画史に残るクライムスリラーと言って間違いありません!
そしてぜひこのこだわり抜かれた映像をぜひ映画館で体感して欲しいと思っています!
今回も読んでくださった方、ありがとうございました。