みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回はですね映画『ぼくらの七日間戦争』についてお話していこうと思います。
正直に言うと、見に行くか行かないか微妙なラインの作品ではあったんですが、当ブログ管理人はムビチケをまとめ買いする癖がありまして、その時に買ってしまってたんですよね。
チケットがある以上は見に行かざるを得ないので、止む無く・・・という感じにはなってしまいました。
ただ、想像していたよりは悪くなかった印象はあります。
元々当ブログ管理人はオールタイムベストに相米慎二監督の『台風クラブ』を選ぶくらいに「大人VS子ども」の構図で描かれる青春映画が大好きなので、原作もそして実写映画版も『ぼくらの七日間戦争』自体は大好きなんです。
ただ、これらの作品って言わば尾崎豊が人気を博していた時代の青春映画なんですよね。
だからこそ、その内容をそのまま受け継ぐわけにはいかなくて、ある程度現代版にアップデートする必要があります。
そこをどんな形でクリアするのかが本作の大きな試金石だったのではないでしょうか?
さて、ここからは作品についてより掘り下げて語っていきます。
本記事は作品のネタバレになるような内容を含む感想・解説記事となっております。
作品を未鑑賞の方はお気をつけください。
良かったら最後までお付き合いください。
目次
アニメ『ぼくらの七日間戦争』
あらすじ
舞台は2020年の北海道で、歴史の本に毎日の様に没頭している鈴原守は、幼馴染の千代野綾に好意を抱いていた。
夏休みを前にしたある日、守は隣に住んでいる彼女が、親の都合で東京に引っ越しになることを知る。
玄関先で市議会議員の父と彼女が口論している場面を目撃した守は、誕生日まで大人に見つからない場所に逃げようと提案する。
少しずつそんな「七日間限定のバースデーキャンプ」への参加者は増えていき、結局学校の仲間6人で山中にある里見石炭工場に立て籠もることなった。
最初はちょっとした遠足気分で上々の彼らだったが、その廃工場には思わぬ先客がいた。
そこにいたのはタイからやって来たマレットという少年で、彼は不法滞在外国人が住んでいたアパートを摘発された際に両親とはぐれ、異国の地で1人ぼっちになってしまったのだった。
当初は、不法滞在の人間を助けて犯罪に加担するのは良くないと反対の論調だったが、守や綾は彼を助けようと思い立つ。
そんな時、入国管理局の大人たちが不法滞在者の取り締まりのために工場へとやって来る。
もちろん彼らの目的はマレットを捕らえることだった。
そうして長いようで短い彼らの「七日間戦争」が幕を開けることとなった・・・。
スタッフ・キャスト
- 監督:村野佑太
- 原作:宗田理
- 脚本:大河内一楼
- 撮影監督:木村俊也
- 音響監督:菊田浩巳
- 音楽:市川淳
- 主題歌:Sano ibuki
監督を務めたのは、『ドリフェス!』や『異世界魔王と召喚少女の奴隷魔術』などで知られる村野佑太さんですね。
この手の作品の獲得は、スポンサーや原作者、脚本家たちの意向のまとめ役・調整役になることも多いと聞きますが、その点では上手くまとめたといっても差し支えの無い内容だったと思います。
脚本を担当したのは、アニメファンであれば知らない人はいないであろう大河内一楼さんですね。
『ギルティクラウン』や『革命機ヴァルヴレイヴ』、『甲鉄城のカバネリ』などの作品で知られており、近年も『プリンセス・プリンシパル』で高く評価されました。
その他にも『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』シリーズの撮影を担当する木村俊也さんや、『ハイキュー!!』シリーズの音響を担当する菊田浩巳さんなどが参加しています。
劇伴音楽には、『未確認で進行形』などで知られる市川淳さんが起用されました。
また主題歌にはSano ibukiさんが抜擢され、既にユーチューブでも米津玄師さんやBUMP OF CHICKENに似ているということで話題になっているようです。
- 鈴原守:北村匠海
- 千代野綾:芳根京子
- 山咲香織:潘めぐみ
- 緒形壮馬:鈴木達央
- 本庄博人:大塚剛央
- 阿久津紗希:道井悠
- マレット:小市眞琴
- 菊池ひとみ:宮沢りえ
守を演じた北村匠海さんのボイスアクトはもう安心して聴けますね。
先日公開された『HELLO WORLD』の演技も本当に見事で、本職の声優に引けを取らない実力でありながら、良い意味で声優っぽくない演技をしてくれるので、本当に素晴らしいと思います。
綾を演じた芳根京子さんも良かったと思いましたし、やはりメインキャラクターの2人が俳優起用だったことが、登場人物の掛け合いに違ったリズムをもたらせていて、アクセントとして効いていました。
その他にも潘めぐみさんや潘めぐみさんなど有名どころが起用されていますが、やはりサプライズなのが宮沢りえさんの出演ですよね。
彼女はかつて公開された実写版『ぼくらの七日間戦争』のヒロインだったわけですが、何と姓が「中山」から「菊池」に変わってるんですよ。
かつての映画版を見た人は、あのまま2人は結婚したんだ・・・という感慨深さがありますよね。
より詳しい情報を知りたいという方は、映画公式サイトへどうぞ!
アニメ『ぼくらの7日間戦争』感想・解説(ネタバレあり)
アニメーションであるという事実を盾にして
(C)2019 宗田理・KADOKAWA/ぼくらの7日間戦争製作委員会
この作品はアニメーション映画として作られたわけですが、どうしてもそこに疑問を呈さざるを得ないのが残念です。
まず、これは予告編を見た時から勘づいていましたが、明らかに作画のクオリティが低く、劇場版クオリティに達してしていないのが明白であり、特に激しいアクションもありません。
しかし、止め画で見ても人物作画が崩れ気味ですし、キャラクターの表情やプロポーションも安定していません。
こういう惨状でしたから、当然アニメーションでアッと言わせるような演出もシーンも特にないままに終わってしまったんですよね。
今年公開されたアニメ映画を見ても、『海獣の子供』『天気の子』『空の青さを知る人よ』などの作品は、やはりアニメーションとしてこの映像を見せたいんだ!という思いがしっかりと伝わって来ました。
アニメだからこそできる演出、アニメだからこそ見せられる映像のダイナミズム、アニメだからこそ出せる映像の質感。
そのためわざわざアニメーション映画にしなければならなかったという必要性をあまり感じませんでした。
ただ、物語的な側面で見ると一応アニメでやる意味はあると思いまして、それは「現実感」を軽減させることだと思うんですね。
かつて同名の作品として宮沢りえさんが出演した実写版が公開されていますが、この作品はあの時代だから耐久性があったとはいえ、今同じことをやろうとすると明らかに時代錯誤の連発です。
そして今回のアニメ版『ぼくらの7日間戦争』は多くの点で、オリジナル版のエッセンスを残しているので、実写でやってしまうと、どうしてもリアルな感じが出てしまい、物語が浮いてしまっていたと思うんです。
しかし、物語の最大の見せ場である登場人物たちの秘密の暴露大会のシーンは、明らかにアニメーションよりも実写で生きるタイプのシーンであり、本作のアニメーションとしての見せ場にはなっていませんでした。
また、劇中で守たちが自分たちが大人と戦っている光景をネットに流して、野次馬を集めるという戦略を取っていましたが、これに関連する描写は根こそぎリアルではなかったですよね。
まず、DAY3に動画がネットに上がって、DAY5に綾の父の秘書によって個人情報が拡散されるという経緯でしたが、今のネット社会でその段階になるまで、個人情報が特定されないということはあり得ないでしょう。
加えて、DAY3で情報がネットに挙げられた時点で、警察がすぐに動かないということそのものに現実感がないですし、その辺りは「アニメだから」で許されているように思いました。
そのため、今回の『ぼくらの七日間戦争』はアニメーションとして見せ場を作ってやろうというよりもむしろ、現実感のない物語や設定への「言い訳」としてアニメというメディアが選択されたような気がして、非常にモヤモヤします。
子どもはアップデートされたが、大人は・・・
今回のアニメ版『ぼくらの7日間戦争』について優れている部分があるとするならば、それは子どもの描き方についてでしょう。
宗田理さんの原作の終盤には、こんな一節があります。
「つまり、おとなになったとき、社会の一員として、役立つように仕込むのが教育なのです。」
「たしかに、それが期待される人間像かもしれません。」
「これは、おとな優先の発想です。身勝手とは思いませんか?われわれは一度だって、子どもの目で世界を見たことがあるでしょうか?子どもは大人の囚人ではないのです。」
(宗田理『ぼくらの七日間戦争』より引用)
原作は、宗田理さんが「若者に向けたメッセージ」として著した作品であり、そのため非常に子どもが持っている目線、ものの見方に非常に敏感なんです。
だからこそ、本作を現代版にアップデートする際に、子供たちの存在をどうやってアップデートするのか?は非常に大きな問題で、彼らを大人目線でモデリングしてしまうと、若い世代には受け入れがたい内容になってしまいます。
その難しい問題を乗り越えるために、監督は中学生にアンケートをしたり、高校生にインタビューをしたりして今の子どもたちの「リアル」を子供目線で取り入れようとしたんですね。
それが功を奏しており、高校生のリアルな友人関係や悩み、葛藤がきちんと物語に落とし込めていました。
当ブログ管理人の大好きな『台風クラブ』なんかが公開されていた時代は、「大人VS子ども」の構図が明確でしたし、それが社会の空気でした。
しかし、時代は大きく変わり、今や「大人は敵だ!」なんて謳われていた頃が遠い過去の様で、「大人になんてなりたくない!」と大人に反抗する子供もいなくなってしまったような気がします。
抵抗するでもなく、何となく目の前に敷かれているレールを歩いていたらいつか「大人」になるんだろうと漠然と生きている子供は多いように思いますし、私自身もそうでした。
そのため、本作の舞台となった里見石炭工場には、トロッコのレールが敷かれているわけですが、このレールが彼らの「大人になるために何となくこれから歩んでいく道」を表象しているわけです。
監督の村野さんは、本作の主人公を高校生に設定したことについて次のように語っています。
そこで、主人公を高校生に設定しました。高校生は、『もう大人なんだから』、『また子どもなのに生意気なことを言うんじゃない』と、大人の都合で扱われ方がコロコロ変わる、すごく微妙な世代だと思うんです。
でも逆に考えると、『大人』になるか、『子ども』でいるかを自分自身で選択しても良い時代だと思うんです。
(「ぼくらの7日間戦争」大人VS子どもの対立構造は現代にそぐわない。“令和のぼくら”の敵とは? 監督×脚本【インタビュー】)
つまり、今回のリメイク版において、主人公たちが戦う「大人」というのは、むしろ内部化された自己そのものであり、抵抗し反抗する物語というよりもむしろ自分自身が選択し、決断する物語へとコンバートされました。
この改変は実に見事だったと思いましたし、今の子どもたちの葛藤をすごくリアルに捉えていたように思います。
そして彼らは自分たちで道を選択し、線路を辿るのではなく、気球で工場から飛び出していきました。
しかし、その一方で大人の描写については、あまりアップデートされたように感じなかったですね。
(C)2019 宗田理・KADOKAWA/ぼくらの7日間戦争製作委員会
まず、『君の名は。』オマージュなのか何なのかは分かりませんが、親が政治家で子供の生き方を勝手に決めようとするという描写や彼の「立派な人間とは目上の人間のいうことに従う者だ」というセリフも明らかにアウトオブデイトな印象でした。
分かりやすい悪役ではあるんですが、子どもの描写があれだけ見事にアップデートされていたのに、大人の描写は相変わらずで、「長いものに巻かれるのが大人」みたいなステレオタイプに縛られていたのが残念でしたね。
しかも「大人VS子ども」の構図を守たちの内面に落とし込んだことも相まって、今回のアニメ版は「大人=綾の父親」といった具合にイメージが集中してしまったのも良くなかったかなと思います。
原作には主人公たちの保護者も含めたくさんの大人が登場しており、多様性が担保されていた一方で、今作はすごく大人というものの解釈が狭くなっていて、その点も時代錯誤に感じられた部分なのかもしれません。
現代的問題を安直に詰め込みすぎたのではないか?
やはりここが今回のアニメ版『ぼくらの7日間戦争』で一番やってはいけないことだったのではないかと感じました。
本作は、LGBTや不法移民、外国人労働者の問題、子どもがSNS に関わることで起きる弊害など様々な現代的な問題を持ち込んでいます。
まずLGBTについてですが、これは綾が同級生の香織に対して思いを打ち明けるという場面で扱われます。
これ単にカミングアウトのシーンで、口走っただけでそれ以上の描写は特に何もないんですよ。ただ、打ち明けるというだけ。
しかし、こういう描写を描いておきながら、ラストシーンで守がマレットにキスをされた際に「女だったのかよ!」と口走らせるのはいかがなものなのでしょうか・・・。
明らかに流行りだからとりあえず取り込んでみました程度の掘り下げの仕方だからこそ、最後の最後でLGBTに対して何の思いもないことをポロっと露呈してしまうんです。
そして不法移民の問題はどう考えても軽く扱い過ぎです。
労働のために不法移民を選ぶマレットの両親のようなケースもありますが、海外では麻薬の持ち込みのためであったり、犯罪組織が不法に国境を越えたりというケースも少なくありません。
もちろん不法移民をはあくまでも「不法」ですから擁護するわけにはいきませんし、かと言ってアメリカでトランプ政権が過剰に弾圧していることで、人権問題に発展していたりもします。
つまり何が言いたいのかと言うと、不法移民の問題は非常にデリケートであり、それでいて複雑なものであり、可哀想だからという単純な感情論で扱える題材ではないのだということです。
目の前の子供を助けなければというシチュエーションで盲目的に、複雑な社会問題を「子供」目線で単純化しようとしたという言い分は分からなくもないのですが、不法移民の描写をこんなお粗末な形で出来てしまうのも、移民の少ない日本特有というか・・・。
そして、個人的に最も疑問符が付いたのが、作中で描かれた動画での彼らの動画の戦いの拡散です。
ネット上であのような形で晒されてしまうと、その人の経歴には一生傷がついて回ることとなります。
本作は、SNSを取り入れて現代的な子供の物語にしようとしているのは分かるんですが、あのような形で個人情報がインターネット上に晒されると、その時の誹謗中傷だけでは済まないリスクがあります。
それをこの映画は、最後の宮沢りえさんが演じるひとみの「人生何とかなるもんよ」という発言1つでお茶を濁して、特にその後を描こうとしませんでした。
確かにかつてのSNSがなかった頃の『ぼくらの七日間戦争』は「何とかなるもんよ」で済んだ時代かもしれませんが、今は決してそうではありません。
自分が犯した罪には責任が生じるのであり、特にインターネット上で拡散されてしまえばその罪を一生背負うことになるのです。
その重みをあんなにライトな形で背負わせるのが、どうしても納得がいきませんし、描いたのであればそれをどうやって解決していくのかについてある程度示しておく必要があると思います。
このように、現代的な諸問題、諸テーマをふんだんに織り込んだ作品にはなっているのですが、1つ1つの掘り下げがあまり雑で、物語に有効に機能しているとは言い難い内容だったのが、非常に残念としか言いようがありません。
おわりに
いかがだったでしょうか。
今回はアニメ『ぼくらの7日間戦争』についてお話してきました。
本作のテーマは「自分の気持ちに嘘をつかない!」というものでしたが、この映画自体が「大人の事情」に左右されまくりな印象を受けるのが、すごく切ないですね。
明らかに『君の名は。』以後に決まったアニメ映画の企画だと思いますし、主題歌や挿入歌の使い方、その他演出面でも新海誠風にという「大人の圧力」があったんでしょうね。
また、細田監督の『サマーウォーズ』や『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』なんかも意識しているでしょうし、いろいろと「大人の事情」の中で作られた映画であることが透けて見えました。
そんな状況が推察される中で、監督や脚本家は上手くまとめ上げたとは思いますが、いくら何でも80分尺の映画で描き切れる内容ではなかったですね。
あとはやっぱりアニメーションとしての見せ場がこれと言ってなかったのも大きな問題だと感じました。
現代の子ども像の捉え方は非常に良かっただけに、周囲にノイズが多すぎて、評価が下がってしまったのが勿体なく感じられます。
今回も読んでくださった方、ありがとうございました。