みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回はですね映画『仮面病棟』についてお話していこうと思います。
というのも、原作が本当にミステリとして残念過ぎて、終盤に近づくにつれて、がっかり感がどんどん強まっていくタイプの作品なのです。
人間ドラマもほとんどなく、終盤の展開も「で?」という感想しか抱けないようなあまりにもオチがない内容で、この本を読んで一体何を感じ取ればよいのだろうか…と疑問を抱かずにはいられませんでした。
肝心の種明かしの部分でも当ブログ管理人がかつて大爆笑した小説『氷菓』の終盤に登場するあまりにもしょうもないネタが明かされて、もう完全にノックアウトですよ。
ミステリとしては、もう流石に時代遅れでは…と感じずにはいられない主人公が勝手に推理をして、勝手に腑に落ちる系の作劇にもうんざりですし、これは映画版は見なくても良いのかなと思いました。
これが見に行かなければという使命感に繋がった最大の理由でした。
しかし、結果的に言うと、こんな動機ではありましたが、映画版を見に行っておいて良かったと思っています。
原作で微妙だった部分がある程度改善されていたり、「で?」としか言えない物語にきちんと意味とメッセージが付与されていたのがかなり大きかったですね。
結果的に、今週末見に行くのであれば、これでは?というくらいにおすすめしたい1本になっていました。
今回はそんな映画『仮面病棟』について語っていきたいと思います。
本記事は作品のネタバレになるような内容を含む感想・解説記事となっております。
作品を未鑑賞の方はお気をつけください。
良かったら最後までお付き合いください。
目次
『仮面病棟』
あらすじ
医者の速水秀悟は、結婚を間近に控えた恋人の奈緒を自分が運転していた車の交通事故で失ってしまう。
その後悔から、病院に復帰することを躊躇っていた彼は、ある日奈緒の兄で同じく医者である小堺から田所病院の当直医を任される。
元々精神病院だったということで、独特の雰囲気を放つ病院ではあったが、当直室で待機していれば無事に朝を迎えるはずだった。
当直室でうとうととしていた秀悟は、突然看護師の東野からの内線で目を覚ます。
すぐに1階に来て欲しいという要請に応えて、ロビーに向かった彼は、そこで脇腹を銃で撃たれて苦しんでいる女性を発見する。
女性を病院に連れてきたのは、ピエロの仮面を身に着けた男であり、拳銃を所持した彼は女性を治療するように指示を出す。
しかし、田所病院は療養型の病院であり、手術室は普段使われていないというのだ。
それでも、手術をすぐに実施しろと発砲するピエロの欲求に応じて、手術室に入ると、そこには最新鋭の設備が完備されていた…。
何とか一命をとりとめた川崎瞳を名乗る女性。そして秀悟は、病院のカルテを物色するうちに、この病院には何か裏があると勘づくのだった。
スタッフ・キャスト
- 監督:木村ひさし
- 原作:知念実希人
- 脚本:知念実希人 木村ひさし
- 撮影:葛西誉仁
- 照明:鈴木康介
- 編集:富永孝
- 音楽:やまだ豊
- 主題歌:UVERworld
木村ひさし監督はドラマが主戦場のイメージが強いですが、昨年は『任侠学園』と『屍人荘の殺人』と2本の映画作品を手掛けました。
ただ、『屍人荘の殺人』は原作を明らかに改悪した醜悪な作品に仕上がっていて、個人的には大酷評しました。
ただ、今回の『仮面病棟』については、よくあの原作から立て直したな!と賛辞を贈りたい内容でした。
撮影・編集には、『任侠学園』と『屍人荘の殺人』にも参加してきた葛西誉仁さんと富永孝さんが、照明には『カイジ』シリーズにも参加した鈴木康介さんが起用されました。
劇伴音楽には『BLEACH』や『いぬやしき』、『キングダム』などの大作マンガ実写を多く手掛けたさんが起用されました。
主題歌には、UVERworldが起用されています。
- 速水秀悟:坂口健太郎
- 川崎瞳:永野芽郁
- 佐々木香:内田理央
- 東野良子:江口のりこ
- 菜緒:朝倉あき
主人公の秀悟を演じたのは、坂口健太郎さんですね。
『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』などやはり好青年役が目立つ俳優で、今回もその路線ではありますね。
基本的に闇を抱えているようなイメージが湧かないので、一度このイメージをひっくり返すような役を演じてくれると、もっと興味深い俳優になるんじゃないかと思います。
そして川崎瞳役には、永野芽郁さんが起用されています。
朝ドラでジャンプアップした女優だと思いますが、今回、ちょっとキャラクターの闇が出し切れてなかった印象は受けましたね。
ちょっと表情に優しさが残りすぎていて、物語に演技がついてきていないようにも感じました。
あとは内田理央さんが出演しているのですが、彼女を少しでも長く作品に出演させるために原作から物語が微妙にアレンジされていたのが面白かったです(笑)
『仮面病棟』感想・解説(ネタバレあり)
(C)2020 映画「仮面病棟」製作委員会
よく見てみると、群集の中に「あの人」がいるんです。
しかもシルエットや微妙な顔の雰囲気で、わりと分かってしまいますよね。
まあ、予告編でそこまでディテールを細かく見る人はいないでしょうから、良いとは思いますが、出さない方がベターだったとは思いますけどね。
ダメダメな原作を軌道修正!その違いとは?
記事の冒頭にも書きましたが、この原作はミステリとしてもかなりダメな部分が目立ちますし、何より1つの物語としてまとまりがないように感じられます。
まず、個人的に原作最大の難点だと感じていたのは、キャラクターの作り込みが弱すぎることです。
特にメインキャラクターである秀悟と瞳に関して、キャラクターとしてのバックボーンが全くないに等しいので、作中における行動や感情の変化に推進力が全くないんですよ。
映画版は、この2人のキャラクター性をきちんと掘り下げる構成にしてあるので、非常に物語として推進力と変化が生まれていますよね。
秀悟には、恋人を交通事故で失っていて、しかも緊急病院になかなか搬送してもらえないままに命を落としてしまったという苦い過去が付与されました。
(C)2020 映画「仮面病棟」製作委員会
一方の瞳には、自分を虐待から守り、そして母親代わりになって懸命に育ててくれた姉を交通事故で失い、田所病院に運ばれていたという過去が設定として加えられていました。
この2人に似たような境遇を与えたことで、非常に物語として「まとまり」が出たように思いますね。
原作において秀悟が瞳を助けようとする理由って、彼が不覚にも彼女に好意を抱いてしまったからなんですよね。
これはいくら何でも彼女を助けようとする動機としては適当すぎると言いますか、その場しのぎ過ぎて、結果的に物語に何の影響も及ぼしません。
ただ、映画版が新しく与えた設定によって、秀悟が瞳を助けようとするのは、自分の力不足で亡くしてしまった恋人の面影を重ねているからという強い動機が生まれています。
また、瞳が最終的に秀悟を殺さずに病院を去ったという展開にも、彼女が彼に自分の姉の姿を重ねていたからという理由づけが為されます。
更には、この設定の付与が映画版『仮面病棟』の大きなテーマである「憎しみや自責の念を振り切って前に進む」にも貢献しているわけですからお見事と言う他ありません。
また、原作の中で瞳の復讐の動機は、あくまでも自分の臓器が抜き取られてしまったことを知ったからというものだけだったので、個人的には説得力に欠けるという印象を抱いていました。
ただ、映画版ではそこに自分を守ろうとしてくれた姉への思いが合わさっている上、自分の姉が守ってくれた身体の一部を奪い取られたという感情が復讐の動機にも繋がり、非常に感情の強度が増しています。
ラストについても、原作では瞳が小堺を殺害して終了というあっさりとした結末だったのですが、映画版は単なる復讐劇として幕切れさせることなく、そこから未来へと踏み出す一歩にも言及しています。
『仮面病棟』の映画版は、本当に見事な脚色をしたと思います。
伏線の提示の仕方が丁寧で感動した!
ミステリの映画のレビューを見ていると、「結末が読めた」「犯人が読めた」から低評価という意見が散見されるのですが、個人的には、「読める」作品には2種類あると思っています。
1つには、演出や作劇、キャスティングなどの表面的な部分でボロを出しまくっていて、物語の先行きが読めてしまうネガティブな「読める」ミステリですね。
もう1つは、演出や作劇が真摯で、誠実だからこそ、観客にもきちんと真相に辿り着けるようになっているポジティブな「読める」ミステリです。
今回の映画版『仮面病棟』は個人的には、後者であると確信しています。
推理小説のルールとして知られる「ノックスの十戒」の中には、「探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない」というものがあります。
むしろ観客に「読めない」ミステリって、この原則から逸脱している作品が多くて、むしろ不誠実な作品だったりするんですよ。
だからこそ、きちんと観客にも「読める」ように作られているミステリというのは、こういった大原則に忠実に作られているケースも非常に多いと思っています。
映画版『仮面病棟』は、すごくわざとらしく伏線として描いていることと、ほとんど気がつくか気がつかないかのすれすれのラインでさりげなく開示している情報を使い分けているんですよ。
誰の目にも明白な伏線として描かれていることは、大筋に密接に関わって来るので、そのまま物語の推進力に繋がっていきます。
田所病院には5階があって、そこには一般者利用のエレベーターではいけないようになっていたり、ピエロが病院の謎を探ろうとしていたり、患者に謎の手術痕があったりと基本的には分かりやすく描くことで物語の針を前に進める役割を果たしています。
また、今作において瞳が何か秘密を抱えていることは、わりと分かりやすいんですよね。
姉が交通事故で亡くなっているという設定もそうですが、病院内を散策している時にやたらと物分かりが良く、しかも病院の仕掛けにもよく気がつくので、「この女、何かある!」と感じさせるには、十分な違和感が散りばめられています。
先ほど挙げた「ノックスの十戒」の中に「犯人は物語の始めに登場していなければならない」というものがあることはご存知でしょうか。
実は、映画版『仮面病棟』はこの原則を忠実に守っているんですよ。
まず、ピエロの正体であった宮田ですが、彼はきちんと物語の序盤に、病院にやって来た秀悟に挨拶をするという形で登場しています。
そして、瞳についても実はきちんと物語の序盤も序盤に情報が開示されているんです。
看護師の東野が人形を亡くして騒いでいる患者を宥めに行った時の、病室が実は「川崎13」のベッドで、そこに寝ている患者の顔は絶妙な具合で映り込まないのですが、そのベッドを捉えた後に、意味深に「川崎13」というプレートを映し出していました。
(C)2020 映画「仮面病棟」製作委員会
そして、個人的に面白かったのは、今作のピエロに対する大きなツッコミどころが、後々伏線として機能することが分かる点です。
この映画を見た時に、ピエロの行動があまりにも戦略性がなさすぎることに気がつくと思うんです。
なぜなら、彼はエレベーターを監視すると言って、階段に鍵をかけて、5人を2階より上のゾーンに逃がしたにもかかわらず、ピエロはエレベーターでたびたび上の階に上がって、エレベーターを放置して、徘徊しているんですよ。
これ、秀悟や瞳がピエロが上の階に行った隙に、エレベーターを使われて下の階に逃げられるとかそういう可能性は考えないのかよ!と思わずツッコミを入れたくなる間抜けな行動ですよね。
しかし、よくよく考えたら、このピエロがなぜこんな隙だらけの行動ができるのかが腑に落ちるように作られています。
まず、田所と2人の看護師が通報をしたり、病院から脱走しようとする心配は序盤の発言や行動からして、可能性として低いことは明白です。それはピエロも理解していたことでしょう。
一方で、逃亡したり、通報したりする可能性があるのは、秀悟と瞳ですが、瞳が共犯関係にあるわけですから、常に彼の動きを監視できてしまうんですよね。
ピエロの間抜けすぎる行動と、瞳がやたらと秀悟と行動を共にしたがることには因果関係があり、それは物語の全貌が明らかになって初めて気がつくようにできています。
こういったほとんど気づきようもないけれども、情報としてはきちんと開示してあるという「さりげなさ」も絶妙で、ミステリとしては抜群の作劇だったと思います。
憎しみと自責の念から脱却して
今回の映画版『仮面病棟』において、原作には登場しないながら、重要な役割を果たしたのは、瞳の姉の存在でしょう。
彼女は、親戚の男に暴力を振るわれている瞳を守ろうとして、切り傷を負ったり、自分の人生を犠牲にしてでも彼女を育てるという覚悟を持っていました。
きっと彼女だった憎みたくなる相手はたくさんいたと思いますが、それでもそのエネルギーを復讐のために使うのではなく、妹を守り、育てるために使ったのです。
そんな亡き彼女の存在が、秀悟や瞳に大きな影響を与えていったというのが、本作における大きな「変化」でもあります。
秀悟は自分の恋人と、そして彼女が身籠っていた子供を守り切れなかったという自責の念を抱えていて、それ故に前に進むことができないでいます。
受け入れてくれなかった緊急病院に対する憎しみや自分の運転が1つの原因となったことで、自分に対する苛立ちを抱えていたことでしょう。
一方の瞳は自分の姉が首相を助けるために勝手に切り刻まれ、さらには自分の腎臓までも手術で勝手に摘出されてしまったという背景があり、田所たちに強い怒りと憎しみを抱いています。
そしてその復讐を果たすべく、宮田と結託して今回の事件を引き起こしたということになりますね。
彼女が何とかしてカルテを手に入れて、それを世間に公表することで田所たちそしてその手術を受けた首相らを糾弾しようとするというのであれば、まだ正義はあったと思います。
しかし、瞳は田所と2人の看護師、さらには彼女を手助けしてくれた宮田までもを口封じのために殺害しているんですよね。
彼女がしていた行動は、生きるべき人間と死んでもいい人間を選別していた田所たちと何ら変わりないのだということに、はたと気がつかされます。
そして彼女が最後に殺そうとした国平元首相は、彼女の姉の臓器によって違法とは言え、生かされた人間です。
その事実に直面した彼女は、国平元首相を殺害するという道を選ぶことはありませんでした。
この世界には理不尽なこともありますし、当然強い憎しみや怒りに身を任せてしまいたいと思うこともあるでしょう。
それでも他人を憎み、復讐をすることに心血を注ぐのではなく、前に向いて生きるために憎しみや自責の念から脱却しなければならないのです。
特に私たちの生きる世界は、憎しみや不寛容と言ったネガティブな感情がループして、多くの人の命を奪っている現状があります。
そこから抜け出すためには、瞳の姉のような生き方を選ぶ必要があるのだと思います。
秀悟は医者として復帰し、自分の恋人を守れなかった分もたくさんの人を助けて生きようと決意しました。
そして、彼が絶対に君を守からと手渡していたお守りは映画のラストシーンで瞳から彼の手に戻ってきました。
多くを語ることはありませんでしたが、あのラストは、まさしく瞳が誰かを憎むでもなく、誰かに守られるでもなく、誰かを守る側の人間になれたことを仄めかす描写だったと思います。
キャラクターの成長と変化、そして未来への希望。
原作の『仮面病棟』には一切描かれていなかった、キャラクターたちの物語や感情の変化が綺麗に描写されたことで、非常に素晴らしい出来になったように思います。
おわりに
いかがだったでしょうか。
今回は映画『仮面病棟』についてお話してきました。
当ブログ管理人は、基本的に原作を読んでから映画を見るタイプの人間でして、時折原作がイマイチすぎて映画の鑑賞を取りやめてしまうというケースがあるんです。
まさしく今作は、そのルートを辿りかけていたのですが、見ておいて良かったと思います。
物語を作る上で、非常に大切なのは「推進力」と「変化」だと個人的には考えています。
そして原作には、この2つが備わっていなかったからこそ、読み終わった後に「で?」「だからなに?」という冷めた感想しか抱けなかったのだと思います。
映画版はそこを見事なまでにカバーしていたので、非常に安心して見ることができましたね。
木村ひさし監督、次回作からはご自身で脚本も担当される方が良いと思いますよ!
今回も読んでくださった方、ありがとうございました。