『四月の永い夢』ネタバレ感想・解説:人生の小休止としての夢。反芻するイメージの微細な変化。

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね映画『四月の永い夢』についてお話していこうと思います。

ナガ
朝倉あきさんという女優の魅力を120%引き出した作品ではないでしょうか!

この映画って、不思議な映画でして、撮影や演出の影響だと思うのですが、何ともレトロな空気感を内包しており、見ていると自分が経験した話でもないのに、懐かしい気持ちになります。

舞台となっている街の風景や、独特のカメラワーク、そして誰もが経験したことがあるような「人生の小休止」という題材が、私たちに不思議なノスタルジーを掻き立てるわけです。

今作『四月の永い夢』は良い意味で、キャラクターのバックグラウンドや造詣を掘り下げすぎないことで、普遍性を獲得し、万人に受け入れられる内容になっていたのではないでしょうか。

また、主演を務めた朝倉あきさんの魅力が爆発した作品でもあり、その点でも不思議な引力を持つ作品です。

そんな本作について今回は自分が感じたことや考えたことをお話していこうと思います。

本記事は作品のネタバレになるような内容を含む感想・解説記事となっております。

作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

良かったら最後までお付き合いください。




『四月の永い夢』

あらすじ

27歳の滝本初海は、教員免許を所得しており、音楽教師として働いていたが、退職してしまった。

そこには、好意を寄せていた異性の死があり、彼女は蕎麦屋でアルバイトをする日々をただ続けている。

そんなある日、彼女の元に1通の手紙が届く。その手紙は、亡き彼が生前に彼女に向けて書き遺したものだった。

手紙を読むことが恐ろしく感じられ、開封することができずにいた初海。彼女は今でも彼の死を引きずっていたのである。

さらに、初海は、働いていた蕎麦屋が閉店することとなり、次の仕事を探す必要に駆られる。

職場の人から仕事を探すのにも時間が必要だからと、休みを与えられた彼女は、染物屋で働く青年との出会いや教師時代の教え子との再会、そして学校現場への復帰打診などを経験する。

彼の死に囚われて、なかなか前に進むことができずにいた彼女は、そういった人たちとの出会いを通じて、少しずつ前を向くようになるのだが…。

 

スタッフ・キャスト

スタッフ
  • 監督:中川龍太郎
  • 脚本:中川龍太郎
  • 撮影:平野礼
  • 照明:稲葉俊充
  • 衣装/メイク:タカダヒカル
  • 編集:丹羽真結子
  • 音楽:加藤久貴
ナガ
中川龍太郎さんは今、注目を集めている気鋭の新人監督ですね!

『走れ、絶望に追いつかれない速さで』『わたしは光を握っている』などでも知られ、今一気に注目度が増している中川龍太郎さんが本作の監督です。

どれも派手な作品ではなく、小品が多いのですが、丁寧でかつ役者の魅力をしっかりと引き出せる素晴らしい映像クリエイターだと思います。

「どうでもいい!」と突き放してしまいそうな話だったりするのですが、優しく寄り添うような視座が特徴的で、思わず1時間30分釘づけにされてしまうというような印象もありますね。

撮影と照明をを担当したのは、それぞれ『わたしは光を握っている』にも参加している平野礼さんと稲葉俊充さんです。

また、劇伴音楽を『流れ星が消えないうちに』なども手掛けた加藤久貴さんが担当しました。

キャスト
  • 初海:朝倉あき
  • 志熊藤太郎:三浦貴大
  • 楓:川崎ゆり子
  • 忍:高橋由美子
  • 朋子:青柳文子
ナガ
主演の朝倉あきさんの透明感が全面に出た作品ですよね!

『かぐや姫の物語』の声優を担当したことでも知られ、近年は『七つの会議』『21世紀の女の子』などにも出演し、注目されている朝倉あきさんが本作の主演を務めました。

一方で、本作のキーマンにもなる志熊藤太郎『怒り』や実写『進撃の巨人』シリーズでも知られる三浦貴大さんが演じています。

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ナガ
ぜひぜひご覧になってみてください!



『四月の永い夢』感想・解説(ネタバレあり)

不思議なレトロさが生むノスタルジーと閉塞感

『四月の永い夢』という作品が内包する奇妙さは、主人公を取り巻く環境の孕む異常なまでのレトロさが生み出しているのではないでしょうか。

スマートフォンが登場するので、舞台が現代であることは間違いないはずなのですが、初海の住んでいる自宅は、畳張りで卓袱台や前時代的な扇風機が置かれていて、さらにはテレビがなくラジオしか置かれていなかったりと「古臭さ」が感じられます。

家以外の舞台も商店街の片隅にあるような帽子屋、クリームソーダが出てくる喫茶店、寂れた銭湯など、やたらとノスタルジーを掻き立てるような場所が登場するのです。

ナガ
これらのイメージがどんな効果を生んでいるのでしょうか…?

これらの徹底したレトロなモチーフたちは、初海の世界の時間が止まってしまっているという事実を強く印象づけます。

世界の時計の針は止まることなく、前に進み続けているにもかかわらず、彼女の時間だけは3年前から止まっており、取り残されてしまっているというわけですね。

初海は変化を拒み続けてきた女性でもあります。それは『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』の夢の中に閉じ込められたラムのようでもありました。

そんな彼女だって、変化を迫られることとなります。

それは愛の喪失からの前進を描いた『めぞん一刻』『カサブランカ』が劇中に登場することからも明らかでしょう。

ナガ
登場するマンガや映画もレトロというかクラシックというか…。

彼女の止まってしまった時間を少しずつ動かすキーマンになるのが、志熊藤太郎という男性です。

彼が、彼女にとって大きな存在になることを予感させるのは、やはり隅田川の花火大会のシーンでしょう。

このシーンでは、2人がどちらから花火が上がるのかという会話をしていて、初海の指さしている方向と藤太郎が差している方向は真逆でした。

(C)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

そして、結果的に正しかったのは藤太郎の方でしたよね。

つまり、この何気ないやり取りというのは、これまで自ら望んで何も見ないように、何も変わらないように生きてきた彼女の進むべき道の方向を示し得る存在に藤太郎がなることを暗に仄めかしているわけですよ。

ナガ
さりげないけれど丁寧な演出だよね!

その後、手拭いを乾かしている工房で2人で並んで寝そべって、上を見るシーンがありますが、こちらも美しい描写です。

ノスタルジーに浸り、止まった時間の中で生き続けるというのは、それはそれで幸せなことなのかもしれません。

しかし、「変化」を望まなければ、出会えなかった人が、見ることができなかった光景があるわけで、藤太郎がもたらすのはそういった「景色」なのです。

ただ、「変化」がもたらすものの嬉しさと同時に彼女は、変わることへの抵抗も同時に感じるようになります。

夜道で、彼との思い出の曲を聴きながら歩いていると、ふと「変化」を望む自分に気がついてしまい、無性に恐ろしくなってしまうのです。

教育現場への復帰にも曖昧な返答をし、彼からの手紙も開けられず…。さらには藤太郎からの告白からも逃げてしまいました。

 

人生の小休止からの脱出と同じイメージの反芻

(C)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema

今作『四月の永い夢』は同じイメージや状況を繰り返し登場させるのが、特徴的と言えるでしょう。

冒頭の喪服を着て花の咲き誇る小川沿いの道を歩くシーンは、全く同じものが冒頭と藤太郎からの告白後のシーンで反芻され、さらには終盤に似たような構図が三たび描かれています。

他にも、彼女が聴いているラジオや赤い靴の「書を持ち僕は旅に出る」という楽曲は映画の中で重要なモチーフとしてしばしば登場しました。

これらの停滞し、繰り返されるシーンやモチーフというのは、彼女が同じ場所に留まって、動き出そうとしないことの表出とも言えるでしょう。

ナガ
面白いのは、これらは映画の中で登場するたびに、その意味づけが少しずつ変化していっているという点でしょうね!

喪服を着た初海が花の咲き誇る小川沿いの道を歩いていき、最愛の彼に再会するイメージは、きっと彼女の願望の表れでしょうね。

それ故に、何度も何度もあの夢を見ては、彼と再会できるのではないかという妄想の中に身を埋めているのです。

しかし、終盤に初海が彼の実家からの帰り道のシーンで、このイメージは、少し違った様相で再現されます。

ナガ
直前に彼からの手紙が燃えており、そして布団には枕が2つ置かれているという描写がインサートされていたのが重要だね!

この描写は、2人の時間が終わったこと、そして目覚めた2人はもう同じ場所にはいないのだということを視覚的に強く印象づけます。

目覚めた彼女は、夢で見ていたのと同じ小川の道を歩くわけですが、この時に冒頭にも使われたシーンの再現が起こります。

ただ、彼女の服は喪服とは対照的な白を基調としたものになっており、さらには季節が春から夏に変化しているのです。

確かに、彼女が「永い夢」の中から目覚め、そして「変化」を受け入れたのだということが見事に表現された素晴らしい映像の積み重ねだったと感じました。

ナガ
そして、ラストシーンでは、思わぬ反芻が起きるんだよね!

冒頭のシーンで自宅でラジオを聴いていた彼女ですが、そこで流れていたのは電車が前の列車点検の都合で遅延したという情報でした。

終盤には、彼女自身が電車に乗ろうとホームに立っていた時に、まさにこの現象が起きるのです。

序盤のシーンで彼女が夢の中にいたのだとすると、ラジオの向こうから聞こえて来ていたのは、「現実」からの呼び声だったのではないでしょうか。

だからこそ、序盤のシーンと終盤のシーンで「電車が前の列車点検による遅延アナウンス」という1つのモチーフが反芻され、その状況の違いによって異なる意味を生み出しています。

ナガ
彼女はようやく夢から覚めることができたわけだ!

そして彼女は、食堂に入り、サンドイッチセットを注文するわけですが、ここも冒頭のモーニングルーティンで、彼女が職場である蕎麦屋に行った構図の反芻に見えますね。

しかし、彼女は働く側ではなく、お客さんの側にいるという点で、状況が大きく変わっていることが伺えます。

また、彼女の働いていた店でも流れていたラジオ放送がこの店でも流れていて、そこで彼女に好意を寄せる藤太郎のリクエストナンバーが流れるんですね。

今作のラストは初海がこれからどんな道を歩んでいくのかということは明白にはしませんでした。

ただ、彼女に「美しい景色」を見せてくれた藤太郎の存在と彼女の心からの笑顔が、未来への確かな希望を物語っています。

中川龍太郎監督は、言語化しないことで、そのイメージによって観客に大切なものを残すことができる素晴らしい才能を持っていると今作を見ながらしみじみと感じました。



おわりに

いかがだったでしょうか。

今回は映画『四月の永い夢』についてお話してきました。

不思議な懐かしさを宿した映画なのですが、そこにもきちんと物語的な意味づけがされているのは良かったですね。

また、中川龍太郎監督は、丁寧に映像イメージを積み重ねていくスタイルが非常に素晴らしくて、多くを語らずとも登場人物の感情や状況の変化を伝えきる手腕を持っています。

加えて、役者の魅力を引き出すという点でも傑出していて、とりわけ主演の朝倉あきさんの透明感や儚さを見事に映像に映し出していました。

ナガ
ラストシーンの笑顔は何度見ても美しいなぁ…。

少し作劇が緩くて、中盤が眠たい感じがするのも事実ですが、言葉にすると何でもないような感情の揺れ動きをここまで人を惹きつけるものとして描き切ったことは評価されるべきでしょう。

中川龍太郎監督は今後とも要注目ですね。

今回も読んでくださった方、ありがとうございました。

 

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