みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回はですね映画『TENET テネット』についてお話していこうと思います。
ここまで数多くの作品が公開延期を余儀なくされ、ディズニーに至っては自社の大作を自社配信サービスに還元する形で公開するといった対策を講じてきました。
この状況下で海外ではアニメ映画『Trolls』が配信公開で大ヒットし、ディズニーも『ムーラン』のプレミアムアクセス権の販売で手ごたえを感じているようです。
ディズニーは既にこの冬に公開を予定していた『ソウルフルワールド(原題:Soul)』を配信公開にすることも検討しています。
そんな中で今回の『TENET テネット』がこの8月~9月に劇場公開に踏み切ったのは、観客に映画館で作品を見ることの意義や醍醐味を改めて思い出してほしいという制作側の強い要望があったからだと言われています。
『TENET テネット』には2.05億ドルの予算がかけられているとも言われており、これを回収するためには少なくとも全世界興行収入でこの2倍の数値を記録する必要があります。
現在、世界興行収入で2億ドルを突破したことが発表されたところではありますが、やはり損益分岐点への到達はかなりハードルが高く、ディズニーを含めた他の配給会社が自社の大作を先延ばしにしたくなる気持ちも理解できますね。
そんな状況でありながら、今作の大規模な公開を決断してくれたワーナーや制作陣には感謝感謝であります。
今回、深夜0時からの最速上映で作品の方を鑑賞させていただきましたが、まさしくクリストファー・ノーラン監督のこれまでの集大成的な位置づけになる作品であるだけでなく、映画界に衝撃を与える圧倒的な映像体験でした。
難解な作品ではあるのですが、まずはその圧倒的な映像に「溺れる」「飲み込まれる」というような体感の仕方で良いとおもいますし、最初から深く理解する必要もないとは思っております。
ただ、当ブログ管理人は「考察屋さん」なものですから何かにつけて深読みをしたくなってしまうのです…。
そこで今回の記事では映画『TENET テネット』について自分なりに感じたことや考えたことをお話していこうと思います。
本記事は作品のネタバレになるような内容を含む解説・考察記事となっております。
作品を未鑑賞の方はお気をつけください。
良かったら最後までお付き合いください。
目次
『TENET テネット』
あらすじ
名も無き男は突然キエフ国立オペラ劇場で任務を言い渡されていた。
彼はプルトニウム241を確保するべく劇場で起きたテロ事件に乗じて侵入するのだが、突然敵兵に発見され、窮地を迎える。
そこで彼は逆行する男が現れて、身を挺して自分を守るという不思議な現象に直面するのだった。
その後、彼はテロリストたちに捕らえられるも、未来からやって来た謎の組織によって救出され、極秘の任務に協力するよう要請される。
任務の内容は詳しく伝えられず、「TENET」という言葉と第3次世界大戦を未然に防ぐという概要だけが伝えられた。
組織の施設で見た逆行する弾丸の正体を探ることになった名も無き男は、ムンバイを訪れ、そこでニールというパートナーと対面する。
なぜか彼が自分について詳しいことを不思議に感じながらも、任務を進める彼らはロシアの武器商人セイターがこの一件の背後に絡んでいるという情報を手に入れる。
セイターの妻キャットの協力も取り付け、何とか裏をかいてプルトニウム241を確保しようとする名も無き男とニールだったが、彼らは再び不可解な現象を目撃する。
それはまさに「時間の逆行」であった…。
スタッフ・キャスト
- 監督:クリストファー・ノーラン
- 脚本:クリストファー・ノーラン
- 撮影:ホイテ・バン・ホイテマ
- 美術:ネイサン・クロウリー
- 衣装:ジェフリー・カーランド
- 編集:ジェニファー・レイム
- 音楽:ルドウィグ・ゴランソン
- 視覚効果監修:アンドリュー・ジャクソン
今作のスタッフの顔ぶれを見た時に真っ先に目が行くのが劇伴音楽にハンス・ジマーがクレジットされていないことです。
というのも彼が映画『デューン 砂の惑星』の大ファンであり、こちらの劇伴音楽を担当したいという要望から、今回『TENET テネット』を担当することが難しくなったのだとか。
ハンス・ジマーの音楽は『インターステラ―』や『ダンケルク』においても演出面で重要な役割を果たしていましたから、起用できないのは痛手と言えるかもしれません。
そして今回その穴を埋めたのが、ルドウィグ・ゴランソンです。
彼女は北欧系の作曲家で『クリード チャンプを継ぐ男』や『ブラックパンサー』の劇伴に携わってきました。
独特の世界観を持っている音楽ですので、それがクリストファー・ノーラン作品とどう融合するのか非常に楽しみではあります。
また重要なセクションを見ていくと、ホイテ・バン・ホイテマといったお馴染みの名前もある一方で、編集がリー・スミスでないことにも驚きます。
『ダークナイト』シリーズや『インターステラ―』など多くのノーラン作品に携わってきた彼が今回は外れて、そこにジェニファー・レイムが起用されていますね。
ジェニファー・レイムは『マリッジストーリー』や『マンチェスターバイザシー』などのヒューマンドラマ系の作品で高く評価されてきた方です。
今回の『TENET テネット』はクリストファー・ノーラン作品の中でも特に編集が重要な役割を果たす作品でしたので、それだけに彼女にかける期待は大きいのでしょう。
またこちらも重要なセクションである視覚効果には『マッドマックス怒りのデスロード』や『ダンケルク』で知られるアンドリュー・ジャクソンがクレジットされています。
- 名もなき男:ジョン・デビッド・ワシントン
- ニール:ロバート・パティンソン
- キャット:エリザベス・デビッキ
- セイター:ケネス・ブラナー
- プリヤ:ディンプル・カパディア
- アイヴス:アーロン・テイラー=ジョンソン
- マヒア:ヒメーシュ・パテル
- バーバラ:クレマンス・ポエジー
- クロスビー:マイケル・ケイン
まず主人公である匿名の男を演じるのがジョン・デビッド・ワシントンです。
彼はデンゼル・ワシントンの息子であり、昨年は『ブラッククランズマン』の主演を務めたことでも注目されました。
そしてニール役には新バットマンに抜擢され、注目を集めているロバート・パティンソンも起用されています。
本作のヴィラン的存在であるセイターには、近年監督としてポアロシリーズの映画化を進めているケネス・ブラナーが起用されていますね。
他にも『YESTERDAY』のヒメーシュ・パテルや『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズにも出演したエリザベス・デビッキなど脇にも豪華なキャストが目立ちます。
そして『ダンケルク』では無線の声での出演という力業でカメオ出演を果たしたマイケル・ケインにも再び配役がなされていますね。
『TENET テネット』解説・考察(ネタバレあり)
クリストファー・ノーラン監督が描く「時間」と「観測」の物語
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さて、クリストファー・ノーラン監督と言えば、これまでも「時間」をギミックや設定に落とし込んだ作品を数多く手掛けてきたクリエイターです。
本作『TENET テネット』に作品構造的には非常に似ている『メメント』は物語の中間地点に向かって2つの矢印で同時にストーリーテーリングが為されていくという衝撃的な映画でした。
そこから発展し、夢という多層的な世界構造と時間の流れる速さの違いをギミックに持ち込んだ『インセプション』が生まれ、さらにはそのアイデアとSF考証が結びつくことによって『インターステラ―』が生まれることとなります。
加えて、彼はそうした異なる時間の流れの速さをストーリーテーリングそのものに持ち込み、陸、海、空で異なる長さの時間が同時に展開され、結末の1点に向けて収束していくような『ダンケルク』に辿り着きました。
このように常に「時間」と「ストーリーテーリング」を関連付けることで新しい驚きを提供してくれたのが、クリストファー・ノーラン監督です。
そして今作『TENET テネット』と言いますと、最も似ているのは言うまでもなく『メメント』です。
しかし、そのストーリーテーリングの手法は圧倒的に深化していると言えます。
『メメント』では基本的に映画という媒体上のみにおいて過去から未来へ向かう矢印と未来から過去へ向かう矢印を共存させたに過ぎません。
ただ『TENET テネット』はその遥か先を行く映画でして、同じ空間に過去と現在そして未来が共存しているような構造になっているのです。
その上で『メメント』的な2つの矢印を映像やセリフの節々に仕込むことによって、物語を始まりや終わりではなく「中間地点」に着地させています。
今作の「時間」や「空間」の描き方を見ていて、非常に面白いと感じたのは「パラレルワールド」や「並行世界」を描いたものではないという点です。
1つの空間・世界に異なる時間軸が交錯するという構造になっていて、そしてあくまでも「観測」によって登場人物の存在する1点が定まるという手法を取っているんですよ。
本作にも密接に関連する「素粒子」の世界には「不確定性関係」と呼ばれる関係が存在しています。
この関係があるために、ある時間の1点において素粒子が空間におけるどの位置に存在しているのかをはっきりと決めることが難しいという事情が存在しているわけです。
しかし、位置がはっきりしないとは言っても、観測者がそれを観測できたならば、その時点での位置は定まってしまいますよね。そうなると他の可能性は消えてしまいます。
私たちは普段の日常生活において当然1次元的な時間の流れを信じて生きているわけですから、『TENET テネット』で描かれたような世界観を見ると衝撃を受けることになるでしょう。
先ほど「並行世界」や「パラレルワールド」ではないとお話しましたが、今作が素晴らしいのは、同じ世界の同じ時間に自分という存在が2つ共存するという関係を視覚的に表現して見せたことでしょう。
物語の序盤においては、登場人物たちもまた一般的な「時間の矢」の流れの中で生きている存在であることは明白です。
そして、名も無き男が異なる時間の流れに直面することに伴って、私たち観客の感覚や視点もまさしく「覚醒」していきます。
物語の序盤に、キャットが夫との思い出話をするシーンがありましたが、そのセリフの中にかつて船から飛び込む女性に憧れたという内容がありましたよね。
ただ、クライマックスまで見進めていくとその女性の正体が彼女自身であったことが分かりました。
また、名も無き男がカーチェイスのシーンで転倒していた状態から元に戻ってバックで進んでいく車に乗っていた人物を気に留めることはありませんでしたが、後にそれが彼自身だと分かります。
これらの描写は「観測」という行為の重要性を暗示しているのではないでしょうか。
つまり、私たちは今生きている時間軸の自分を「観測」しているのに過ぎないのであって、もう1ついや無数に「観測」していない、できていないだけで同時に存在しているのかもしれないわけですよ。
そんな「自分」が存在しているのではないかという世界観を『TENET テネット』は描いているように感じました。
この作品がもたらす1つのアンサーがあるとするならば、それはキャットの物語に宿っているのではないかと個人的には思っています。
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まず、クリストファー・ノーラン監督の流れでお話するなれば、「妻」という存在のコンテクストは非常に重要です。
『インセプション』では主人公が夢の中に閉じ込め、そしてインセプションをしてそこから引きずり出そうとしたところ自死してしまうという残酷な運命が描かれています。
『インターステラー』においては主人公の妻は登場することがありませんでした。
とりわけ今作への影響も強く感じられる『インセプション』と『メメント』に関して言うなれば、「妻」という女性が、夫に縛られるもの、囚われるものという描かれ方をしており、最後は「死」によって解放されている点が共通しています。
そして今回の『TENET テネット』に目を向けると、キャットが何とかして夫からの自由を勝ち取ろうとする物語にもなっているわけですが、彼女にもまた幾度となく「死」の運命が押し寄せます。
それでもキャットは、それを潜り抜け続け、最後には自らの強い意志で夫のセイターを殺害し、自由を勝ち取ります。
そう考えると、冒頭に船から飛び降りる女性に憧れていたキャットは従来的なノーラン作品における「妻」のコンテクストを背負っているようにも感じられますし、そこから自らの力で力強く自由を渇望する新しい女性像として今作のクライマックスにおける彼女が演出されているように思えました。
一方で、本作における「時間」と「観測」のコンテクストから見ても、彼女の物語は非常に重要です。
彼女は冒頭の時点では、船から飛び降りた憧れの女性の姿を「自分」として観測できていない状態でした。
しかし、物語を経て彼女は自分があの時、憧れのまなざしで見つめていた自分自身になるんですよ。それも同じ空間、同じ時間軸です。
クリストファー・ノーラン監督が今作で我々に問いかけたのは、過去や未来というよりもむしろ現在という時間軸の重要性でしょう。
世界をどう「見る」か、自分自身をどう「見る」かによって、世界は今この瞬間にでも大きく変わっていくのだということがまさしく今作では示されていたのだと思いますし、そこに映画という「見るメディア」にこだわり続けてきた彼の信念が感じられます。
『TENET テネット』という作品は、まさしく「観測」の映画なのであり、そして私たちの視野を広げてくれる青天の霹靂のような映画になっていると言えるのではないでしょうか。
円で閉じる物語構造の妙
クリストファー・ノーラン監督は直線的な物語構造というよりは、円環構造的な物語を好む傾向があります。
その1つの原点となっているのが『メメント』でしょうし、『インターステラ―』もまたそうした「円」の形をした物語の1つです。
今回の『TENET テネット』に関しても、少し複雑ではありますが円環構造的な物語になっています。
まず、重要なのは本作でしきりに繰り返されていた「挟み撃ち」というキーワードです。
もちろんこの「挟み撃ち」は名も無き男たちがスタルスク12で取った10分間の前と後ろから中間の5分をめがけてアタックをかけるという作戦のことでもありますし、同時にヴィラン側が用いていた作戦でもあります。
ただ、この作品は終盤でも明かされるように、もっと大きな「挟み撃ち」の構造を内包していて、それがニールと名も無き男の始まりと終わりの話にリンクするのです。
まず、名も無き男は基本的に順行のベクトルで生きている人間です。一方のニールは未来で名も無き男が組織を作ったところで出会い、そこから逆行するベクトルで生きているわけです。
そしてこの2人の関係性がまさしく「円」の形をしていることに気がついたでしょうか。
名も無き男は未来のとある時間軸で「TENET」の言葉を共有する組織を形成し、そしてセイターの野望を止めるべく、ニールを過去へ向かって送り込んでいるのです。
セイターの欲しいままにしてしまうと世界はどうなってしまうのかを以下に示しておきます。
アルゴリズムの作動により核爆発が生じ、それに伴ってエントロピーがひっくり返ると説明されていましたので、上記のようになると考えられます。
そうして彼が辿り着く終着点はと言うと、映画のクライマックスになっているスタルスク12での3人の会話のシーンではありません。
彼が辿り着く終着点を示しているのは、背負っているカバンに結ばれているオレンジ色のリボンです。
つまり、ニールは冒頭のスタルスク12の最深部で死体の状態から生き返り、そして身を挺して名も無き男を救い、鉄格子を内側からこじ開けたまさにその人なんですよ。
そのためニールの物語はその1点に向けて収束していくこととなります。
一方で、名も無き男はスタルスク12の最深部でニールに命を救われたところから未来へ向かって順行していき、最終的には組織を設立するリーダーとなり、ニールに出会うわけです。
作品の中で、ニールが名も無き男のためにダイエットコーラを注文し、「任務中は飲まないだろ?」と声をかけるシーンがありましたが、あんな芸当ができるのは他でもなく彼が未来から過去へ向かうベクトルで生きていたからなんですね。
しかし、そう考えていった時に無性に切なくなるのが本作の結末です。
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せっかくセイターを打倒したわけですから、ニールと名も無き男が2人で時間に順行して生き延びる未来があっても良いじゃないかと思う人もいるはずです。
この物語は円環構造をきちんと完成させることでしか終わらせることができません。
つまり名も無き男は未来の「始まりの場所」に到達して組織を作らなければなりませんし、一方でニールもまた彼なりの「始まりの場所」に到達して名も無き男に向かって飛来する銃弾を庇って死ななければなりません。
始まりと終わりを全うすることでしか、世界を救ったという物語の円が完成しないことになるということがお分かりいただけたでしょうか。
だからこそ、ニールはスタルスク12の作戦後に、自分は再び逆行しなければならないのだと告げ、去っていきます。
そうすることでこの円環構造が閉じ、名も無き男が組織を作って以降の世界に、平穏がもたらされるというわけです。閉じた円が軌道を変えることはもうありません。
「閉じる」ということがいかに重要なのかについては以下にも図示して解説しておきます。
この「円」をきちんと閉じておかなければ、矛盾が生じてしまい、彼らがここまでやって来たことが水の泡になってしまいます。
ある種の「因果のループ」のような構造になっているわけで、今回の作戦の成功を担保するのは、「過去」におけるニールの死とそして「未来」における主人公のテネット設立です。
つまりこのループを完成させ、矛盾を無くすことで初めて今回の作戦が「起きたこと」として記録されるわけですね。
こうした円の形をした物語構造はクリストファー・ノーラン監督の十八番とも言えるものですが、今作『TENET テネット』は、今までにも増して美しい物語に仕上がっていましたし、「円」を閉じることで未来を手繰り寄せるというラストに非常に心躍りました。
本作に込められた小ネタについて
本作『TENET テネット』にはいくつか興味深い仕掛けが為されています。
まず「TENET」というタイトルにも様々な意味が含まれていると見受けられますね。
1つ目は、本作が9・11同時多発テロ事件を如何にして未然に防ぐかというある種の『君の名は。』的な側面を持っていると指摘されている点です。
というのもこの事件が起きた時のCIAの長官だったのがジョージ・ジョン・テネットという人物なんですよ。
9・11同時多発テロ事件はアメリカだけでなく世界の在り方を大きく変貌させた一件だったと言われています。その点で1つの重大な特異点とも言える事件なのです
この物語においては、セイターというヴィランがアルゴリズムの力を使って世界を崩壊に陥れる特異点への到達を何とかして防ごうとする物語となっています。
このコンテクストが何とも絶妙に重なって感じられることから、長官の名前と作品のタイトルのリンクが為されているのではないかということが指摘されているわけです。
また、最もタイトルの由来として直接的なのがセイタースクエアと呼ばれる記号です。
セイタースクエアは有名な回文配列になった正方形のことです。以下に図を引用しておきます。
この図の中には、Rotas、Opera、Tenet、Arepo、Satorという5つの言葉が回文構造で並んでいるわけです。
- TENET=作品のタイトル
- SATOR=ヴィランの名前
- OPERA=オープニングの一連のシークエンスの舞台がオペラ劇場
- AREPO=偽造者(贋作画家のトマス・アレポ)
- ROTAS=セイターが自分の所有する絵画などを預けていた管理会社
そしてその他にも科学的な観点から見た小ネタも内包されています。
まず本作でエントロピーが入れ替わる装置として扱われていたポータルですが、これはマクスウェルの悪魔が提唱した思考実験に裏打ちされたビジュアルになっていると感じました。
① 均一な温度の気体で満たされた容器を用意する。 このとき温度は均一でも個々の分子の速度は決して均一ではないことに注意する。
② この容器を小さな穴の空いた仕切りで2つの部分 A, B に分離し、個々の分子を見ることのできる「存在」がいて、この穴を開け閉めできるとする。
③ この存在は、素早い分子のみを A から B へ、遅い分子のみを B から A へ通り抜けさせるように、この穴を開閉するのだとする。
④ この過程を繰り返すことにより、この存在は仕事をすることなしに、 A の温度を下げ、 B の温度を上げることができる。 これは熱力学第二法則と矛盾する。(Wikipedia「マクスウェルの悪魔」より引用)
そして上記のプロセスを図解すると、以下のようになります。
では、この思考実験の意義は何だったのかを少しだけお話してみます。
熱力学第二法則ではエントロピーは増大し続けるとされていました。エントロピーが増大し続けるということは、つまり時間の流れが過去から未来への一方向にしか存在しないということをも表しているのです。
しかし、マクスウェルの悪魔はこの思考実験に伴い、エントロピーが減少するケースを生み出し、熱力学第二法則によるエントロピー増大論を打ち負かしました。
つまりは、時間が未来から過去へと流れる可能性に言及したわけですよ。
このマクスウェルの悪魔は比較的長い間打ち破られることなく残存していたのですが、1980年代に入って反証が示されてしまいます。
そういう意味でも、『TENET テネット』という時間の逆行を扱った作品で、マクスウェルの悪魔を想起させるようなビジュアルを扱うのは自然なことだと思いますし、クリストファー・ノーラン監督なりの目配せなのかなと思いました。
おそらくですが今作におけるセイターというヴィランは「マクスウェルの悪魔」をモチーフにしています。時間を逆行させる(エントロピーを減少させる)悪魔なわけですからそのポジションも一致します。
熱力学第二法則では、熱は高温から低音へのみ移動するとされていました。この一方向だけであり、そのイメージを示すとするならば温度が高いものが赤、低いものが青となるでしょうか。
そしてその一方向性に疑問を呈したのがマクスウェルの悪魔ということになります。
本作『TENET テネット』では、とりわけターンシステムにおいて赤色が過去→未来のベクトルであり、逆に青色が未来→過去へのベクトルとなっていました。
そして青色から赤色へ、赤色から青色へとベクトルを自由自在に入れ替えることができるようになっており、この点にもオマージュ的な側面が見られます。
また劇中のセリフの中には「親殺しのパラドックス」の話も登場しましたね。
これは『バックトゥザフューチャー』シリーズをご覧になられた方にとってはおなじみだと思いますが、過去に行って自分の親を殺害すると現在の自分がどうなるのかという矛盾のことですね。
このパラドックスは言わば、タイムトラベルが不可能であるということを証明するために用いられてきました。
現在の時間軸に自分が存在してしまっている以上、過去に干渉出来て、自分を消すための行動をとれてしまうタイムトラベルができるのは矛盾するというわけです。
では、クリストファー・ノーラン監督が今回の『TENET テネット』でその矛盾にどう向き合ったのかを考えてみますと、それはタイムトラベルをした未来から過去へのベクトルの自分も、既に過去から未来へのベクトルのビジョンの中に内包されているという状況を作り出したことなのでしょう。
つまり、タイムトラベルをして干渉をしたことが前提で未来が構築されているのであり、過去が構築されているという構造を作り出したわけです。
クライマックスの場面でニールが自らの死に向かって逆行をしなければならないのは、その過去(ニールにとっては未来)の1点に向かって、そこに至るまでの経緯が定められているからですよね。
つまり、彼はパラドックスを引き起こさないためにもスタルスク最深部での「死」に向かって逆行せざるを得ないわけです。
クリストファー・ノーラン監督作品では、『インターステラ―』がそうだったようにかなりSF・科学考証がしっかりと為されていて、見応えがあるものが多いです。
ぜひ、作品を見た後にでも時間に纏わる本を1冊・2冊程度読んでみてください。
本作の謎めいたカーチェイスパートの全貌を解説
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本作で最も順行と逆行の同居が複雑なのは、もちろん最後のスタルスク12での戦闘でしょうが、ここについては追うべき情報がある程度限られているので、「スルー」が許されます。
しかし、問題なのはその少し前に起きるタリンでのカーチェイスのシーンでして、ここについては全てをまるっと理解しなければ、繋がらないという異様な難易度になっているのです。
ちなみにパンフレットにもタリンでのカーチェイスの解説は掲載されていますが、肝心なところについては「分からない」で留めてあるので、理解の助けにはなりません…。
まず、この一連のシーンを読み解くために見ていかなければならないのが、主人公、セイター、そしてキャットのそれぞれのタイムラインです。
「順行」主人公視点で見ると?
まず、主人公はプルトニウム241を確保するために「順行」のベクトルでハイウェイに現れ、消防車のはしごを活用して運搬車両から奪い取ることに成功します。
その後、ハイウェイを突き進んで行くと、そこで逆行する車(Audi)が現れ、そこに「逆行」セイターと「順行」キャットが乗せられていることに気がつきました。
「逆行」セイターは「順行」キャットに銃を突きつけ、プルトニウム241を渡すように要求しています。
その刹那、逆行する車(SAAB)が現れ、3台の車が隣接するかのような構図になりました。
主人公は迷いながらも、やむを得ず格納容器を渡す決断をするのですが、その際に1つ「嘘」をつきましたね。
それは、容器のみを「逆行」セイターに手渡し、肝心のプルトニウム241を逆行する車(SAAB)に投げ込むという決断でした。
この時はまだ主人公はこのSAABが「逆行」主人公が運転していることに気がついていないので、見ず知らずの車に投げ込んで一旦アルゴリズムを逃がしたと考えるのが適切でしょう。
その後「逆行」セイターが去っていき、残された逆行Audiに乗せられた「順行」キャットを主人公が間一髪救出することに成功します。
しかし、そこに現れたのは「順行」の敵部隊であり、銃撃戦の最中で彼らは捕らえられてしまいます。
そして主人公とニールたちは敵のフリーポートへと連行されるわけですが、そこで「順行」のレッドルームに捕らえられ、ブルールームで「逆行」セイターが「順行」キャットを脅迫している様子を目撃するのです。
「逆行」セイターは「順行」キャットを逆行する銃弾で打ち抜き、その後ブルールームから去っていきました。
その後テネット側の援軍が到着し、主人公とニールが救出され、それを見たレッドルームの物陰に隠れていた「順行」セイターはタイムスタイルの向こうへと逃げていきます。
「逆行」主人公視点で見ると?
さて、ここから主人公は逆行する世界へと入っていき、「順行」キャットをどこかのタイミングで救出しようと試みるわけです。
主人公はフリーポートの外に置かれたSAAB(後部座席にプルトニウム241が置かれている)に乗車し、「順行」キャットを救出するべくハイウェイを戻っていきます。
ただ、この時の彼が知らなかったことというのが、まさしく「起きた出来事を変えることはできない」という点でしょう。
それを知っていれば、彼は自分がこのSAABに乗車した結果、行き着く先はクラッシュだということを理解できたと思います。彼は自分が意志を持って運転した車が同じ運命を辿るということを知らなかったのです。
そうして、SAABに乗って彼は逆行する世界の中を走り抜けてくわけですが、まず主人公は「順行」の敵部隊と主人公と銃撃戦を繰り広げている間に、「逆行」セイターが道の脇に捨てた格納容器に発信機を仕込みます。
その後「逆行」セイターらが道の脇に置かれた格納容器(発信機入り)を回収するのを待ちます。
発信機入りの格納容器の回収を待ったのは、当然「逆行」セイターが社内で会話するのを聞くためであり、もっと言うなれば「逆行」セイターが既にプルトニウム241の在りかを知っているのかどうかを確認するためでもあります。
発信機からの情報で「逆行」セイターがまだ在りかを知り得ていないと確信した主人公は追跡を開始するのですが、その結果として自分の重大な過ちに気がつくこととなりました。
主人公はまさしく主人公が空の発信機入りを「逆行」セイターと受け渡している(逆行なので戻している)瞬間を目撃するのですが、その際に「逆行」セイターがSAABの方を見ており、乗車しているのが主人公であると確認をしていることを知ります。
その刹那、彼の車はクラッシュさせられ、主人公視点では仲間の「順行」ベンツに乗って去っていったかに見えた「逆行」セイターが戻ってきて主人公のいる車に火をつけて去っていきました。
ここまでが「順行」「逆行」含めて主人公の視点から確認できる情報です。
キャットが常に「順行」であるという重要なポイント
さて、次にこの一連のカーチェイスで最も振り回される側にいる「順行」キャットのタイムラインを追っていきましょう。
彼女は基本的に常に「順行」していると考えていただけると、物語がすんなりと理解できると思います。
まず彼女はフリーポートに到着すると、「順行」セイターに銃口を向け、犯行の意志を示します。
しかし、その反逆は失敗に終わり、結果的に「順行」セイターから蹴りを入れられて、意識を失うこととなりました。
では、その後の彼女がどんな運命を辿ったのかと言いますと、まずは「逆行」セイターに回収されて、Audiに乗せられ、プルトニウム241を回収するための脅しに使われます。
そして、逆行する車に残されピンチを迎えますが、何とか主人公に救出され、一命をとりとめるのです。
ただ、安心するのもつかの間彼女はやって来た順行の敵援軍に捕まり、再びフリーポートへと連行されます。
そして彼女は、ブルールームで「逆行」セイターに撃たれて瀕死の重傷を負うこととなるのです。
この一連のカーチェイスの時系列を整理していく上で、彼女が常に「順行」しており、そして瀕死の重傷を負う場面が一番最後の時系列に当たると分かっておけば、肝心の「逆行」セイターの行動も理解しやすくなります。
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ブルールームで「順行」キャットが「逆行」時につけるはずの酸素マスクをしているのです。
ここでつじつまが合わないじゃないかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、決してそんなことはありません。
注目すべきはブルールームでなぜ「逆行」セイターが酸素マスクをする必要がないのか?という点です。
つまり、ブルールームに充満しているのは「逆行」世界の酸素なんですよね。そのため、「逆行」セイターは酸素マスクを着けなくとも行動ができます。
後に「逆行」を始めた主人公たちがブルールームへと入っていきましたが、彼らはオープンワールドに飛び出すまでマスクをつける必要はありませんでしたよね。
要はそういうことでして、「順行」キャットは「逆行」世界の酸素を吸うことができないため、このシーンでは彼女に「順行」する酸素を吸引させていたわけですよ。
これで一応は納得がいくのではないかと思います。
「順行」セイターは何をしていたのか?
さて、ここからは視点をヴィランであるセイターの方へと移していきます。
まずは「順行」セイターについてお話していくのですが、基本的には彼は何もしていないというのが正しいかもしれません。
「順行」セイターはフリーポートに到着すると、自分に銃口を向けた「順行」キャットに蹴りを入れ、自分はレッドルームの方へと去っていきました。
ここで、「順行」セイターはレッドルームの物陰に隠れており、その後主人公やニールが捕らえられたのを確認すると、主人公に詰め寄り、彼がどこにプルトニウム241を隠したのかを問い詰めます。
映画の中でブルールームを見ている主人公は最初、「逆行」セイターの問い詰める声が聞こえず、しばらくすると声が正しく聞こえるようになるという現象がありましたが、これは声の主が「逆行」セイターから「順行」セイターへと移ったからでしょう。
「順行」セイターは逆行する味方から情報を得ており、この時にはボックスが空であることを確認しているのでしょう。
その後、「順行」セイターはテネット側の援軍到着に伴って、ターンスタイルの方へと消えていきました。
そして、ここからいよいよ「逆行」セイターのタイムラインがスタートするわけですね。
「逆行」セイターがこの一連のシーンにおけるキーである
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さて、ここから一連のカーチェイスの全貌を理解するうえで最も重要な「逆行」セイターについてお話していきます。
「逆行」セイターがまず一番最初にやったことは何かと言うと、それは「順行」キャットを逆行で射撃する(順行視点では銃弾の回収)ことです。
そして「逆行」セイターが一番最後にやったことは何かと言うと、それは「順行」キャットをAudiから捨てることなんです。
これらをすべて逆転させてみると、「逆行」セイターがフリーポートで「順行」キャットをAudiに乗せるのが最初で、「順行」キャットに重症を負わせるのが最後に起きたことという順番になり。これは常に「順行」のキャットの時系列と矛盾を生じません。
以下に「逆行」セイターの行動とベクトルを緑色で、主人公の行動とベクトルをオレンジ色で示しました。
現在→過去のベクトル視点で、過去→現在ベクトルの人物やものの動きを見ていると「逆行」が生じるというのは、作品を見ていればお分かりいただけたかと思います。
そのため、「順行」主人公視点で私たちは一連のカーチェイスを目撃することとなるため、「逆行」セイターの行動や言葉が全て逆に聞こえるというわけです。
加えて、先ほども説明したようにキャットは常に「順行」ですから、彼女の体感としては「逆行」セイターにピックアップされ、Audiに乗せられて、交渉の材料に使われ、瀕死の重傷を負うという「順行」の順番で矛盾が生じません。
だからこそ、主人公は「逆行」の時間軸に自分も入って、現在や過去のどの時点かでキャットを回収することができれば、彼女が瀕死の重傷を負うことを避けられるのではないかと考えたわけですよ。
しかし、本作『TENET テネット』の世界観では、「起きたことは起きたこと」なので覆すことができません。
そのため、結果的にキャットは重傷を負ったままで、治療が為されるというのが当然の帰結となるわけです。
「逆行」セイターの行動を改めて彼の「逆行」する時系列順で見ていきましょう。
- キャットから銃弾を回収する
- キャットをブルールームから連れ出す
- キャットを「逆行」Audiに乗せる
- 「順行」部隊と主人公たちの銃撃戦の最中で、BMWのダッシュボードを開け、中にプルトニウム241がないことを確認
- 自分は「順行」Benzに乗車してハイウェイへと繰り出していき、そこで路肩に置かれている空っぽの容器(この時には発信機入り)を回収する
- その後もBenzでハイウェイを進んでいき、主人公たちの車が迫ると仲間が運転しているキャットも乗車しているAudiに乗り換える
- 主人公たちが乗車しているBMWと並走する
- 主人公たちが乗車しているBMWに発信機入りの格納容器を「戻す」
- 「逆行」主人公のSAABに乗車しているのが主人公であると確認し、爆破してクラッシュさせる
- 「逆行」主人公の転倒したSAABに火をつけて再びAudiに乗って去っていく
- まだ健常なキャットをAudiから降ろしてフリーポートに「放置する」
- 自分はさらに過去へと「逆行」し、あの日のベトナムへと「戻って」いく
- フリーポートで健常なキャットをAudiに「乗せる」
- 主人公のSAABから火が消えてセイターはAudiへと戻っていく(この時「順行」主人公はプルトニウム241を回収する作戦中)
- 主人公の車がクラッシュから復活し、逆走していく(これの一部始終を「順行」主人公が目撃)
- 主人公たちが乗車しているBMWから格納容器を「受け取る」
- 主人公たちが乗車しているBMWと「逆走で」並走する
- キャットが乗っている「逆行」Audiから「順行」Benzへと乗り換える
- ハイウェイの先で「順行」Benzを一旦停車させ、中身を確認した後に格納容器を捨てる(「逆行」主人公視点で確認したため格納容器を車に乗せる形で描写されている)
- 「順行」部隊と主人公たちの銃撃戦の最中にBMWのダッシュボードを閉めて、車から出る
- フリーポートに戻るとキャットをAudiから降ろす
- キャットをブルールームへと連行する
- キャットに瀕死の重傷を負わせる
この一連のカーチェイスを巡るややこしい状況を読み解く上で最も重要なのは、やはりキャットが常に順行している点をスタンダードに据えることでしょう。
その上で、「順行」している自分から「逆行」している相手を見ると逆に動いているように見え、「逆行」している自分から「逆行」している相手を見ると、自分と同じように動いているように見えるという基本のロジックをしっかりと頭に入れたうえで一連の描写を追う必要性もあります。
これを1回の鑑賞でやりきるのはとても無理があると思いますし、理解するのは至難の技でしょう…。
いかにしてセイターはプルトニウム241を回収したか?
ちなみにですが、プルトニウム241については、「逆行」セイターが「逆行」主人公の存在に気がついた時点で、指示を出していたので、おそらくはどこかのタイミングで「順行」部隊が回収していることでしょう。
以下に緑色がセイターに側の「逆行」部隊、オレンジ色を「順行」部隊として、その挟み撃ち作戦の概要を示します。
この図を見ていただければ、先ほど詳しくお話しなかった「順行」セイターの行動の意味も分かります。
彼が、主人公にレッドルームでプルトニウム241の在りかを尋ねる必要があったのは、この時点ではまだ「逆行」部隊がちょうど空の格納容器を道の脇に捨てているくらいのところにいたからでしょう。
そして、「逆行」組が取引の場面でSAABに乗車しているのが「逆行」主人公であると気がついた時点で、「順行」部隊に連絡がいきます。
そうなれば、「順行」部隊がSAABの後部座席に置かれているプルトニウム241を回収して無事任務完了ですね。
なぜならあのSAABは元はフリーポートに置かれていた車です。
SAABの後部座席にプルトニウム241を確認したのは、「逆行」主人公なわけで、彼が乗車するよりも前、つまりさらに未来の時間軸であれば、プルトニウム241を奪ったとしても矛盾が生じません。
そうであれば、その情報を「逆行」部隊からの連絡によって知り得た「順行」部隊が回収出来てしまうわけで、これにより主人公たちはプルトニウム241を失うことになります。
- 「順行」主人公たちが護送車から回収する
- 「逆行」セイターとの取引の際に「逆行」SAABに投げ込まれる
- 「逆行」SAABは「逆行」主人公に運転されて、フリーポートへと「戻って」いく
- フリーポートで「逆行」主人公は後部座席にプルトニウム241が置かれていることを確認し、車から「降りる」
- その後「逆行」セイターから連絡を受けた「順行」部隊がプルトニウム241回収する
これが一連のカーチェイスのシーンを巡る顛末だと当ブログ管理人は解釈しました。
キャットの怪我のギミック、なぜ致命傷?
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もう1つ作品をご覧になった方の大きな疑問点となり得るのは、キャットの怪我についてでしょうか。
まず、彼女が脇腹を撃たれたくらいで致命傷になった原因は、傷そのものではありません。
その原因は逆行を可能にしている「放射性物質」です。
「順行」している人間が「順行」する銃弾を受けても影響はないのですが、「順行」している人間が「逆行」する銃弾を受けると、その放射性物質の影響を受けて身体が蝕まれてしまうというのが、本作の設定のようです。
おそらくテネットの組織には、この放射性物質により受けた影響を治療する設備もあるのだと思いますが、この治療を完了するのには、アイブスが言及したように「数日」かかります。
しかし、この場面で言及されていたように、このままだとキャットは「数時間後」には絶命してしまう状況にあります。
では、どうやって彼女を救うのか。まずは主人公が試みた過去の時間軸のどこかでセイターに干渉して、この未来を改変してしまうという方法です。
ただ、ここまで何度も申し上げているように『TENET テネット』の世界観では、「起きたことは起きたこと」なので覆すことができません。
そこでもう1つの方法です。
その方法というのが、キャットを「逆行」する世界へと連れ込むことで放射性物質の影響の進行を一時的にストップさせ、治療に必要な「数日」の時間を「逆行」しながら稼ぎ出すというものです。
なぜストップするのかというギミックの部分は当ブログ管理人には解説できないので、詳しい方にお任せします…。
『TENET テネット』の世界では「あなた自身が逆行するのではなく、世界が逆行している」ということが何度も語られていました。
そのため、キャットを「逆行」世界に連れ込んで逆方向に「数日」過ごせば、それは「順行」方向に「数日」過ごしたのと同じになりますので、治療を完了することができるのです。
ただ、ここでもう1つ問題が生じます。
それは、数日巻き戻った時点だと、このフリーポートのターンスタイルはセイター部隊の管理下にありますよね。
つまり、彼らは「逆行」したとしても、次に「順行」に戻るための足掛かりがないのです。
そこで、彼らはオスロの空港に隠されていたターンスタイルを使えば良いじゃないか!という発想に至ります。
これがキャットの致命傷を巡る治療の一連の顛末であると解釈しました。
スタルスク12の戦闘では何が起きていたのか?
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さて、本作のクライマックスにあたるスタルスク12の戦闘シーンですが、これは全部を理解しようとすると手詰まりになります。
というのも戦闘シーンでは「順行」味方部隊、「逆行」味方部隊、「順行」敵部隊、「逆行」敵部隊が入り乱れており、しかもどちらに視点を置くかによって逆行して見える側が変化するので、正直情報量が多すぎます。
これらの全ての情報を1度や2度あの映像を見ただけで適切に頭の中で処理するというのは至難の業であり、やろうと思ったらDVDを購入して、一時停止しながら、1つ1つ分析する必要が出てくるでしょうね。
ただ、コアの部分である主人公とアイブス、そしてニールの動きについてはきちんと押さえておきたいと思います。
おそらくは上記のタイムラインで過不足なく説明できているかと思います。以下少し詳しく説明させていただきますね。
まず、スタルスク12での作戦は現在軸の主人公を含む赤色部隊と10分後から逆行する青色部隊が「挟み撃ち」にする形で展開されます。
そのため「順行」主人公と「逆行」ニールの最初のポジションは正反対のポジションとなるわけです。
「順行」主人公の行動は至ってシンプル
「順行」主人公の行動を追っていきますと、戦場へ入っていき、ちょうど5分のところでビルの爆破を目撃し、その後地下へ続く通路へと入っていきます。
しかし、先回りしていた敵の「順行」兵士によって爆弾が仕掛けられており、出口になる予定だった通路がふさがれてしまいました。
そして最深部へと辿り着くと、鉄の扉が閉錠されており、奥ではセイターの部下がアルゴリズムを持ち出そうと作業をしています。そこでセイターからの電話の音声を聞くこととなるわけです。
この時、「順行」主人公は鉄格子の向こうに1人の兵士の死体を確認しています。
セイタ―の電話の音声が「順行」主人公の殺害を指示した刹那、突如として横たわっていた死体が蘇り、セイタ―の部下の発砲を自らの身で受け止め、扉をしばらく抑えた後、出口の方へと去っていくという光景を目撃しました。
主人公は何とかセイタ―の部下を倒し、頂上の穴からぶら下がってきたワイヤーを掴み、アイブスと共に爆発に乗じて脱出することに成功します。
この主人公のタイムラインは皆さんが映画で見ていただいている通りなのでシンプルですね。
ニールの行動の複雑さ
さて、ここからはニールの行動についてご説明していきます。
まず彼は作戦通り10分後の時間軸から「逆行」する形で戦場へと突入していきます。
ですので、「逆行」ニールが最初に見たのは、「順行」主人公の時間軸では1番最後に起きる爆発の「逆行」バージョンでしたね。
その後、線上に入っていくと、彼は地雷を吹き飛ばしながら疾走するトラックを目撃しています。これは後に「順行」ニールが運転することとなるものです。
そうしてちょうど5分巻き戻ったところでビルの爆発を同じく目撃するわけですが、それを少し過ぎたあたりで彼は「順行」する敵兵の1人が洞窟から出てきて、ヘリコプターにワイヤーを掴んで戻っていく様子を目撃します。(これは「逆行」している彼の視点から「順行」している敵兵を見ているために逆行して見えています)
これを受けて、「逆行」ニールは敵のターンスタイルを活用して「順行」に戻ります。
そしてちょうど5分を少し過ぎたあたりで地下への通路へと入っていく「順行」主人公らにクラクションで警告をするのですが、残念ながらそれが届くことはありませんでした。
この結果を受けて、ニールはトラックに乗り、地雷をもろともせず、丘の頂上を目指します。(この様子を「逆行」ニールは目撃したわけです)
そして頂上へと辿り着くと、穴からワイヤーを投げ込み、何とか「順行」主人公とアイブスを救出することに成功しました。
ただ、これで一件落着かと思いきや、そうではないのが『TENET テネット』の面白さです…。
「逆行」ニールの一連の行動のロジック
さて、ここからは本作を見た方の中でも疑問を感じている方が多いであろう「逆行」ニールのクライマックスに纏わる行動についてお話ししていきます。
最大の疑問は彼はなぜロックを解除できたのかという点でしょうが、これは何とか理解できます。
それは、「逆行」する時間軸において鍵をかけるのは他でもない「逆行」ニールだからです。
彼は、最後に主人公に「将来、君がテネットを組織することになるんだ。」と伝えると再びターンスタイルへと戻り、「逆行」することになるわけです。
彼は洞窟の中へと入っていき、主人公たちの行動を見ながらしばらく待機することとなります。(この部分は後の章で仮説にはなりますが、自分なりの考察を書いています。)
そして、「順行」主人公と敵兵の戦闘が始まると、彼は鉄格子の向こう側へと入っていき、檻を持って開け放つようなポーズを取ります。(「逆行」ニールで見ると、2人が逆方向に戦闘しているように見えるのでしょう)
2人の戦闘の成り行きを見守りつつ、ある瞬間で「順行」主人公が鉄格子のある小部屋の外に出る瞬間が当然訪れますよね。(「順行」主人公は鉄格子の向こうから小部屋に入ってきて敵兵に襲い掛かるわけですからそれを逆方向に見れば、当然ある時点で彼は部屋の外に出ることになります。)
その瞬間に、「逆行」ニールは鉄格子を閉め、そして「鍵をかける」わけですよ。
さらには、閉めた瞬間に敵兵が発砲してきますからそれを自分の身を挺して防ぎ、絶命してその場に倒れ込みます。
当然、全てが逆に見えるわけですから、死体になったニールが復活して敵兵の銃弾を防ぎ、鉄格子の「鍵を開ける」ように見えますよね。
「逆行」ニールがなぜ、鉄格子の向こう側に侵入できるのかと聞かれれば、「逆行」すれば主人公が戦闘をして、そしてワイヤーを使って脱出を試みている間というのは鉄格子が「開いた」状態になっているからです。
「順行」視点で見れば、当然「閉まっていた」扉が後に「開いた」状態になるように見えるわけですが、それが逆転すると「開いていた」扉が「閉まった」状態になりますよね。
ですので、「逆行」ニールは扉の鍵を「開けた」のではなく、「閉めた」のです。
このあたりのロジックは、ある種の「因果のループ」のようになっていますし、それ故に最終的にニールはあの場所で死ぬことを選ばないといけないのだと思います。
これで大体のことは説明がつくと思いますが、1点個人的に分かっていないことがあるとすれば、「逆行」ニールはどうやって地下へと入ったのかという点ですね。
というのも「逆行」視点で見ると、当然洞窟の穴は「順行」主人公とアイブスが通路から「出て行く」までは、塞がった状態ということになります。
つまり、「逆行」ニールはあの入り口からは地下の空間に侵入することが不可能なのです。
ここが埋まれば、個人的にはストンと落ちるのですが、なかなか映像を見ていてもヒントが見当たらないので、悩ましいところです(笑)
ニールはなぜ自分の運命を知っていたのか?
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さて、『TENET テネット』の終盤で疑問に思っておられる方が多いのは、主人公とアイブスとニールの会話の時点で、なぜ彼が自分の死期を知っているのかという点です。
というのも、このクライマックスの一連の会話を聞いていただければお分かりいただけるのですが、会話を切り出したのはアイブスなんですよね。
そして、彼は「お前が地下で(鉄格子の)鍵を開けてくれていたおかけだよ。」と告げています。それに反応したのは、主人公で、彼は「それは俺じゃないぞ。」と返答していました。
この時点では、間違いなくニールは何が地下で起こっていたのかは知りません。なぜなら鉄格子の向こうで最終的に屍になるという展開は、時系列的には「過去」であっても、彼にとっては「これから」経験することだからです。
よって、ニールはこの時、自分の運命を「知っていた」のではなく、アイブスの言葉、そして主人公の反応から「悟った」という方が正しいのだと思います。
それに呼応するように、主人公もニールの運命を悟り、目に涙を浮かべていました。
そして、ここが意外と重要だと思ったのですが、ニールは1人で「逆行」のターンスタイルへと向かって行くのではなくて、アイブスも乗っているヘリコプターに乗って、向かって行くのです。
ここからは、映画に描かれていないことなので妄想になります。
今作においては、「無知」こそが武器であるという点に何度も言及されていましたが、ヘリコプターの中で、アイブスはニールのしてくれたことを詳細に伝えるなんてことはしないと思います。
あくまでも、地下で君が鍵を開けてくれていたということだけを伝え、一時的に共に「逆行」して、爆発で塞がれたトンネルの解放を何らかの形で手伝い、ニールを送り出すのでしょう。
主人公と敵兵の戦闘シーンで、「逆行」するニールが後ろ向きに「走って」いく様子が微妙に映し出されていました。
これは、入り口の岩を何とかして取り除くのにある程度手間がかかったからでしょうし、それ故にニールとしてもギリギリでかつ状況が分からないので、一刻も早く駆けつけなければ!という思いだったのではないでしょうか。
その後、ニールは知っていたことを知っていた通りにやったのではなく、咄嗟の判断で全ての行動を選択し、最終的には主人公を守って絶命するという結末へと辿り着いたのでしょう。
先ほどの「逆行」ニールの行動の解説パートで、彼は主人公が小部屋から出た瞬間に、扉を閉めて鍵をかけたという説明をしました。
これも、一連の顛末を知っていたからこそできた行動というよりは、アイブスから「君が鍵(扉)を開ける」という情報を断片的に聞かされていたからこそ「ここだ!」というタイミングで扉を閉めた(「順行」では開いたように見える)のでしょう。
そして扉を閉めた刹那、敵兵が主人公に銃口を向けているわけですから、「ここが俺の運命の終着点か…。」という悟りと共に捨て身で飛び込んだのではないでしょうか。
本作の結末での主人公の行動が意味したものとは?
さて、最後に主人公がキャットの命を救うべくプリヤを銃殺するラストシーンについて考えておきましょう。
この行動の意味って何なのだろうと考えておりましたが、要は主人公がタリンでのカーチェイスの2日前に逆行してプリヤと会話したときの内容の「意趣返し」なんですよね。
タリンでのカーチェイスの2日前に、2人は会話をしていて、この時にはプリヤが主人公に対して「あなたは『主人公』ではなくて、キャストの1人に過ぎない」と告げています。
また、この時点での2人の関係性って、主人公がプリヤに「2日後の自分にプルトニウム241をセイターに渡すな!と命令してくれ」とお願いをしていました。
加えて、彼は「キャットとその子どもの安全も保証して欲しい」とお願いをしていて、この2人の関係性における主導権がプリヤにあることが明確になっています。
つまり、この時点ではプリヤが「ルールを決める側」なんでしょうね。彼女がテネットは未来で組織されたと語っていて、何か事情を知っている様子なのも彼女の立場を高めることに成功していました。
ただ、最終的にニールから「お前がテネットを組織するんだ」と聞かされた主人公は、自分が組織を作るリーダーであり、「ルールを決める側」の人間であることを悟ります。
ラストシーンでは、プリヤが自分の決めたルールに則って、テネットという組織やプルトニウム241について知っているであろうキャットを始末しようとしていました。
しかし、これは後にテネットを組織することとなる主人公が定めた「キャットとその息子の命と安全を保証する」というルールに反する行為であるわけです。
そうであれば、主人公は組織のリーダーとしてルールに反した者を処罰しないわけにはいきません。
だからこそ、彼は「ルールを決めるのは俺だ」「俺が黒幕であり、主人公だ」と高らかに宣言し、プリヤを始末するのです。
マックス=ニール説に思うこと
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本作『TENET テネット』をご覧になった方の間で盛り上がっているのが、キャットの息子であるマックスが将来のニールであるという説です。
それを裏づけるものとしては、主に4つの根拠が挙げられています。
- 本作のニールが30歳付近であり、マックスが10歳程度なので、ここから10年後の20歳の時に主人公と彼が出会い、そこから10年かけて「逆行」したとしたら年齢が一致する
- キャットが最終決戦前の船の中で青色部隊として先に去ってしまったニールを気にかけるような発言を主人公に対してしていた
- Maxという名前がMaximilienという名前の略称であると仮定すると、それを逆読みした時に「Neil」という文字が最初に来る
- セイターが自分の最大の罪は「息子を作ってしまったこと」だと語っている
ただ、当ブログ管理人としては、これについてはどちらでも良いかなと思っています。
個人的にあんまりしたくないと思ってしまうのは、キャットとマックスを守ったのは、将来のニールを消さないためだという解釈です。
というのも、主人公が彼らを守ったのは、あくまでも彼の内なる善性や慈悲の心からだと思うんですよね。
一部の批評で、本作の主人公は「空っぽ」「無個性」であると指摘されていましたが、個人的にはそうは思いません。
まず、冒頭のオペラのシーンで主人公は任務の成功と同時に観客席の何の罪もない観客たちを巻き込まないことを最優先にして行動し、その結果として爆弾を2階席に逃がしました。
また、拷問の後に目覚めた際に、主人公は自分のチームが全滅させられたと聞いて、目にうっすらと涙を浮かべていました。
そして、クライマックスの場面ではニールの死期を悟って、目を潤ませていましたよね。
このように、彼はすごく繊細でかつ、心からの善なる意志を持っていて、常にそれに基づいて行動しているように見受けられます。
キャットとマックスを助けたかったのも、そんな彼の善性や慈悲が向けられた人間の1人だからという解釈で自分は十分だと思っております。
マックスが将来のニールというのは、確かに根拠もあり、もしかすると真なのかもしれません。
それでも、当ブログ管理人としては、あくまでも彼が将来のニールだから助けたというのではなく、彼の善性がそうさせたという風に解釈するところで留めておきたい次第です。
おわりに
いかがだったでしょうか。
今回は映画『TENET テネット』についてお話してきました。
個人的にはまずは映像に全力で浸るのが最良の楽しみ方だと思いました。
というよりストーリーテーリングはクリストファー・ノーラン監督作品に慣れている人からすると、それほど難しいものではありません。
伏線の回収や物語の説明も比較的詳しくしてくれているので、躓いたとしても理解は追いつくように計算されています。
ただ、このとんでもなさすぎる映像ないし視覚情報は私たちの理解を超えていますし、その衝撃に打ちのめされるという意味でも、まずは映像をしっかりと見てください。
それこそが『TENET テネット』の初見時の最適な楽しみ方ではないかと思います。
当ブログ管理人のような考察脳、理解してやろう脳で鑑賞するのは、2回目以降で問題ないです。
ぜひ、まずは映像を楽しんで、そしてそれから物語のディテールまで味わっていただければと思います。
今回も読んでくださった方、ありがとうございました。