みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回はですね映画『10万分の1』についてお話していこうと思います。
ここ数年は、毎年のようにスイーツ映画(少女漫画原作の恋愛・青春映画)がこの11月末~12月にかけてに公開されています。
- 2017年『未成年だけどコドモじゃない』
2018年『春待つ僕ら』
2019年『午前0時、キスしに来てよ』
そして2020年が今作『10万分の1』ということになりますね。
まあ、この過去の作品群のラインナップをすべて映画館で見てきた当ブログ管理人が言えるのは、総じてクオリティが低いということです。
特に2018年の『春待つ僕ら』なんかはかなりクオリティが低いうえに少女マンガ的な面白さにも欠ける仕上がりで、かなりキツかった記憶があります。
一方で、『午前0時、キスしに来てよ』はまあ作品のクオリティは低いけれども、少女マンガ的な面白さはマシマシになっているという内容でした。
ただ、総合的に見て、完成度が高く、少女マンガ原作らしい面白さも担保されているような作品は「冬のスイーツ映画枠」は近年の作品群には見られません。
そうした流れがあった上で、今年の『10万分の1』に目を向けて行きます。
まず、結論から言うと、ここ数年の「冬のスイーツ映画枠」においては最も出来がいいと個人的には思っております。
少女漫画的なキュンキュン展開もありつつ、映画として「見せる」んだという作り手側の意図もきちんと映像に反映されていましたし、総合的に見て、悪くない作品だと思いました。
この映画の中でまず目を惹かれるのは、主人公とヒロインを演じた白濱亜嵐さんと平祐奈さんのタッパの差ですよね。
(C)宮坂香帆・小学館/2020映画「10万分の1」製作委員会
映画館を出たところで、女性2人組が「白濱亜嵐さんの腕筋が!!ヤバかった!!」と熱く語っておられましたが、男の自分としてもあれはかっこいいですね。
何と言うか、全てを包み込んでくれるような、何があっても自分を食い止めてくれそうな力強さがあります。
ただ、実はこの『10万分の1』という作品において、そうした白濱亜嵐さんのガタイの良さって物語的にも重要なんですよ。
なぜなら、この映画は「俺が君を守るから」という少女漫画の典型のような言葉を脱構築していくような内容になっているからです。
だからこそ、ある程度その言葉に説得力を出せてしまうビジュアルをしている白濱亜嵐さんが主人公を演じた意義は大きいと思っています。
これについては、後程掘り下げてお話させていただきますね。
さて、ここからは映画『10万分の1』について個人的に感じたことや考えたことを綴っていきます。
本記事は作品のネタバレになるような内容を含む感想・解説記事となります。
作品を未鑑賞の方はお気をつけください。
良かったら最後までお付き合いください。
目次
映画『10万分の1』
あらすじ
高校剣道部のマネージャーを務める桜木莉乃は、剣道部の人気者・桐谷蓮に好意を抱いていた。
しかし、幼い頃に負った足の傷のこともあり、自分に自信を持てない莉乃は、なかなか蓮に声をかけることもできない。
それでも2人は、距離を縮め、蓮の方から莉乃に告白する形で付き合うこととなった。
2人で遊びに行ったり、学校で一緒にご飯を食べたり、家に遊びに来たり…。
何気ない時間の中で2人はお互いへの思いを育んでいき、この関係は永遠なのだと信じるようになった。
しかし、その頃から莉乃の身体に異変が起こり始める。
急に足に力が入らなくなって、立てなくなったり、手から力が抜けてものを落としたりすることが増え、蓮は心配する。
そんな症状が続いたある日、莉乃は病院で思いもよらない病名を宣告される。
それは、10万人に1人が発症すると言われている「ALS」という難病だった…。
スタッフ・キャスト
- 監督:三木康一郎
- 原作:宮坂香帆
- 脚本:中川千英子
- 撮影:板倉陽子 彦坂みさき
- 照明:緑川雅範 木村匡博
- 編集:渋谷陽一
- 音楽:小山絵里奈
- 主題歌:GENERATIONS from EXILE TRIBE
- 挿入歌:眉村ちあき
さて、本作の監督を務めたのは、『植物図鑑』や『旅猫レポート』などで知られる三木康一郎さんですね。
邦画界には、三木孝浩さん、三木 聡さん、そして今回の三木康一郎さんと「三木監督」がたくさんいるんですよ。
当ブログ管理人が最も信頼を寄せているのが、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』などで知られる三木孝浩さんなのですが、今作を手掛けた三木康一郎さんも原作の小説やマンガの映画化については比較的信頼を寄せています。
脚本には『きょうのキラくん』の脚本も担当していた中川千英子さんが起用されていますね。過去作にも少女漫画実写が多いということで、ある程度勝手がわかっている方なのかなという印象は受けました。
撮影を主に担当したのは、『パーフェクトワールド』や『コンフィデンスマンJP』シリーズでも知られる板倉陽子さんですね。
『パーフェクトワールド』はかなり撮影面で優れていたと記憶しているので、その点で今回の『10万分の1』が映像的によくできていたのも頷けます。
編集には河瀨直美監督作品でもお馴染みの渋谷陽一さんが、劇伴音楽には『“隠れビッチ”やってました。』の小山絵里奈さんがクレジットされていますね。
また主題歌は、GENERATIONS from EXILE TRIBEの「Star Traveling」となっています。
加えて、作品の印象的な場面に用いられる挿入歌として眉村ちあきさんの「36.8℃」が使われています。こちらがすごく良い曲だったので、印象深いですね。
- 桐谷蓮:白濱亜嵐
- 桜木莉乃:平祐奈
- 橘千紘:優希美青
- 比名瀬祥:白洲迅
- 桜木春夫:奥田瑛二
主人公を演じたのは、『ひるなかの流星』などでも知られる白濱亜嵐さんですね。
めちゃくちゃ演技が巧いとは思いませんが、何だか愛嬌があるというか、雰囲気が良い俳優だと思いますし、それが役にも還元されていて好感が持てます。
そして、ヒロインを演じたのは、平祐奈さんですね。
是枝監督の『奇跡』でデビューし、『紙の月』や『ソロモンの偽証』といった骨太な作品に出演してきたのに、ここのところは少女漫画の実写版への出演ばかりになり、彼女が女優として今後どういう路線に進んでいくのかは気になりますね。
『未成年だけどコドモじゃない』『honey』『10万分の1』…。
その他にも注目の若手俳優である白洲迅さんや優希美青さんが出演しています。
映画『10万分の1』感想・解説(ネタバレあり)
この映画は「途中から」始まってる?
おそらくですが、この『10万分の1』という映画は前情報を仕入れずに見に行くと、序盤でかなり混乱すると思います。
というのも、全10話のテレビドラマの第4話から見始めてしまったかのような違和感があるんですよ。
登場人物の関係性がある程度出来上がっていて、しかもそれが当然のものとして描かれていくので、初見の観客としては、なぜそんな人間関係になっているかをもう少し掘り下げてくれないと…という困惑を抱くこととなります。
まず、物語が始まった時点で、莉乃は蓮に好意を寄せていて、それが友人にも知られていて、しかも蓮も彼女に好意を寄せていて、一緒に遊びに行くくらいの仲ではある。だけど、莉乃は恥ずかしくて蓮を直視できない。
ん?待てよ。蓮も莉乃もお互いに好意を抱いているというのは、作品を鑑賞するうえでの前提条件なの?
というように、この関係性のバックボーンが『10万分の1』という作品からは欠落していて、それにより映画から開始20分くらいのところで2人が付き合い始めるのですが、その展開に全く気持ちが乗らないのです。
もはや、「え?そんなすぐ付き合うの?あれ?」という気持ちになり、展開に完全に置いていかれてしまうんですよね。
ただ、この冒頭のぶっ飛ばし展開には、とあるカラクリがあるようなのです。
というのも、今作『10万分の1』は原作者の宮坂香帆さんの作品群においては、『あかいいと』という作品の続編的な位置づけに当たります。
この『あかいいと』の主人公とヒロインは、今作で蓮と莉乃の友人だった橘千紘と比名瀬祥なんですよね。そして、もちろんこの作品の中には蓮と莉乃も登場しています。
つまり、『10万分の1』という作品は、そもそも『あかいいと』で描かれた出来事ありきの続編であり、序盤のメインキャラクター4人の関係性が妙に出来上がっている感の原因はそこにあるのです。
こういう背景があると分かっていれば、もちろん見方は変わるのですが、正直に申し上げると、初見の人が多いであろう映画版で、そうした前作ありきの導入をやってしまうのは、悪手だと思います。
作品の導入というのは、物語に観客を引き込むうえではこの上なく大切なパートです。
ですので、ここで観客を困惑させるような前提条件を持ち込んでしまうというのは、脚本としても、作品構成としても絶対にやってはいけないことでしょう。
『10万分の1』という作品についておおむね好評ではあるのですが、この出だしの作りについてはもう少しガイド線が引かれていたら、もう少し感情移入できたのかなと思いましたね。
連載漫画特有の構成とあまりにも速い作品のテンポ
(C)宮坂香帆・小学館/2020映画「10万分の1」製作委員会
さて、『10万分の1』という作品についてもう1つ難点を挙げておくならば、その作品の異常なテンポ感でしょうね。
連載少女漫画を映画化すると、どうしてもエピソードを繋ぎ合わせただけの構成になりがちで、今作も例に漏れずそうした構成に陥っている印象は受けました。
特に体育祭と卒業式のくだりはあまりにも酷すぎて笑ってしまいましたね。
まず、身体が徐々に動かなくなっていた莉乃は、「やりたいことリスト」なるものを自分のノートに書き出します。
これ自体は、よくある展開ですが、その中に「体育祭のリレーに出場する」という内容がありました。
それを見た蓮が、「待ってて!何とかしてみせるから!」と走り出していくのですが、その直後にいきなり体育祭当日のリレーの場面に飛ばされるんですよね。
え、そこに至るまでの過程は?と思わず、笑ってしまいそうになるのですが、リレーの描写がこれまた酷いのです。
懸命に足を引きずりながらゴールした蓮と莉乃に観客はスタンディングオベーションに留まらず、観客席からぞろぞろと歩きだしてきて、2人を囲んでホストクラブのシャンパンコールかよ!ぐらいの勢いで盛り上げ始めるのです。
と、明らかな過剰演出で、ひと笑い取りに来ていたのが分かります。
ちなみに「やりたいことリスト」に書かれていたおじいちゃんへの恩返しのくだりはどうなったんですかね…(笑)
そして、卒業式に関しても、これまた全くおんなじことが起きます。
莉乃がクラスメイトに自分がALSであることを告白し、自分の学校生活に協力して欲しいと告げる重要なシーンがあります。ここで彼女は「みんなと一緒に卒業したい!」という願いを明かしました。
それに共感したクラスメイトが、これまた鬱陶しいフラッシュモブくらいの勢いで盛り上がり、莉乃の周囲を囲んで騒ぎ始めます。
なんじゃこりゃ…と思ったのもつかの間、そのシーンの直後にいきなり卒業式当日に話がぶっ飛ぶんですよ。
確かに学校のトイレや教室に莉乃が学校生活を送りやすいような工夫を生徒たちが施していったという跡だけは映像として残してあるので、それで作り手的には「卒業までの過程」を表現できたと考えているのかもしれません。
しかし、どう考えたって弱いんですよね。
特に、さっきの「シャンパンコール」の中にいた生徒の一部は、元々は莉乃に嫌がらせをしていた生徒です。
そんな生徒が、莉乃の病気を知って、どんな風に支えていくのかという関係性の変化は、描かなければならないでしょう。
また、卒業式の場面ではクラスメイトがサプライズで彼女のためだけの卒業式を演出するのですが、「過程」の部分をごっそり抜かしたために、なんのカタルシスもありませんでした。
こうしたエピソードのぶつ切り感は、連載物の少女漫画実写映画では「あるある」なのですが、それにしても『10万分の1』のそれは、他の作品とは一線を画す、衝撃的なぶっ飛ばし具合だったと思いますね。
人と人が交わることで生まれる未来を描く
もちろん、この作品はダメな部分ばかりではありません。かなり良かったなと思える部分もたくさんありました。
それは、人間を撮るときのカメラワークなんですよね。
当ブログ管理人が惹かれたのは、今作がしきりに人間と人間の間に生まれる空間をスクリーンの中央に配置するような映像を使っていたことです。
とりわけ恋人同士の2人の間に生まれる空白って、見方によっては「埋まらない溝」や「距離」の表出にも見えますし、逆にそこには2人が交わる先の「未来」や「希望」があるともとれるんですよね。
そうした映像を多く使いながら、その距離ないし空間を抱きしめたり、キスをしたりと言った動作によって「埋める」という動線を際だたせていたのも印象的です。
(C)宮坂香帆・小学館/2020映画「10万分の1」製作委員会
2人の間にあった溝や距離を埋めるという視覚的な演出にもなっていたと思います。
またその空白を「未来」なのだと解釈するのであれば、抱きしめたり、キスをしたりして、2人がその空白を埋める形で、「未来」を作り出していくという演出にも見えますよね。
この人間と人間の間に生まれる距離ないし空白を今作『10万分の1』は映像の中で表現することで、2人がこれからも「未来」へと前進し続けていくのだという予感を強く感じさせてくれました。
「俺が君を守るから」を脱構築した先に
物語的な部分で言うならば、やはり今作は「俺が君を守るから」という少女漫画の王道を脱構築していくような構成が印象的でした。
記事の冒頭で、白濱亜嵐さんの持っている「全てを包み込んでくれるような、何があっても自分を食い止めてくれそうな力強さ」が今作においては重要だったとお話しましたよね。
実は、それもここに絡んでくる話なのですが、この『10万分の1』の作品の序盤において、蓮は莉乃のことを自分だけの力で守ろうとしています。
だからこそ、「俺が莉乃を守るから」「俺もっと強くなるから」といった歯の浮くようなセリフを連発しているのですが、彼だって高校生ですからもちろん限界がありますよね。
(C)宮坂香帆・小学館/2020映画「10万分の1」製作委員会
彼1人にできることには、限界がありますし、ALSという難病に立ち向かうには、1人ではどうしようもないことばかりです。
そんな彼に、ALSの患者の奥さんがアドバイスをするのですが、それがそっくりそのまま本作のテーマにもなっています。
「あなた莉乃ちゃんを自分1人で支えようと思ってない?」
「あなたに余裕がある方が莉乃ちゃんは幸せなのよ。」
この言葉は本当に印象的で、「俺が莉乃を守るから」「俺もっと強くなるから」といった少女漫画の王子様のステレオタイプをまさしく突き崩すかのようでした。
自分1人ではできない、でもそれでいい、たくさんの人の力を借りながら、大切な人を支えていく。
そうしたマインドの変化が、終盤のクラスメイトへの協力の依頼にも繋がっていくわけです。
1人で何でもできてしまう。自分だけの力で大切な人を守れてしまう。そういう王子様的な主人公像は確かに少女漫画の王道でした。
しかし、ALSという難病を前にして、「自分が強くなる」のではなく、「誰かの助けを求める」「協力しながら支えていく」という選択をする方向へ物語を動かしていくのは、題材を鑑みても、すごく真摯だと感じました。
また、ALSを発症する前よりも、後の方にデートのシーンを多く配置していたのも、極めて意図的なのでしょうね。
難病を前にして、そこから2人が「日常」を獲得していく過程を描くという点において、この構成は巧かったと思います。
少女漫画という枠組みを用いながら、そこに「難病」の要素を持ち込み、枠組みそのものを脱構築していくという手法は、見事だったのではないでしょうか。
おわりに
いかがだったでしょうか。
今回は映画『10万分の1』についてお話してきました。
もちろん難点もありますし、メイン2人の演はもうちょっと何とかならんか…と感じることもありましたが、物語の主題やテーマ性には惹かれましたし、演出や撮影も悪くなかったと思います。
タイトルも『10万分の1』ということで、ちょっと引きが弱い上に、文字にした時に妙にダサく見えてしまうという。
作品そのものが悪くないだけに、前情報でかなりお客さんを選別してしまっている印象もあり、損をしてしまったような気もしました。
ですので、このブログを読んで、気になったという方がいれば、ぜひ映画館に足を運んでいただけると嬉しいです。
今回も読んでくださった方、ありがとうございました。