みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回はですね映画『ダニエル』についてお話していこうと思います。
(C)2019 DANIEL FILM INC. ALL RIGHTS RESERVED.
ティム・ロビンスとスーザン・サランドンの息子マイルズ・ロビンス。
そしてアーノルド・シュワルツェネッガーの息子パトリック・シュワルツェネッガー。
この2人のハリウッド2世俳優同士の共演。
このポスターを見ていると、マイルズ・ロビンスが演じている内気でナイーブそうなキャラクターが「受け」で、強気で堅物感のあるパトリック・シュワルツェネッガーが「攻め」かな?とか、いやむしろ逆でしょみたいな想像が膨らむような気がします。
では、ここで映画『ダニエル』の海外版ポスターを見ていきましょう。
(C)2019 DANIEL FILM INC. ALL RIGHTS RESERVED.
伝わるかどうかはわからない例えですが、個人的には『君の名前で僕を呼んで』を見るつもりで臨んだら…
いつの間にか『ヘレディタリー 継承』を見せられていたみたいな印象を受けましたね…。
日本の配給さんは、このポスターと映画の実のギャップを楽しんで欲しいという思惑ももちろん持っているのだと思いますが、それにしても自分のように高低差が激しすぎて耳キーンなる方も出てきそうなので、心の準備はしておいても良いかもしれません(笑)
さて、まだ作品の公開前なので、ネタバレありで内容を掘り下げるということはできませんが、ざっくりとこの映画を鑑賞した感想と、鑑賞前に読んでおいても良いレベルの解説を自分なりに書かせていただこうと思います。
良かったら最後までお付き合いください。
目次
『ダニエル』
あらすじ
内気で繊細な少年ルークは、両親の離婚により父親不在の中、母親と共に生活していた。
なかなか友人との関係を築くことができない彼は、自分にしか見えないイマジナリーフレンドのダニエルといつも一緒に遊んでいた。
ある日、ダニエルに「君のお母さんの向精神薬を全部スムージーに混ぜたなら、彼女はスーパーマンになれるよ」と唆されたルークがそれを実行に移してしまう。
母はそれにより体調を崩し、事情を知った彼女は、ダニエルの存在を封印するようルークに迫る。
ルークは母に詰め寄られたため、しぶしぶダニエルを自宅のドールハウスに閉じ込めて、二度と会わないことを固く誓うのだった。
時が経ち、成長したルークは大学生になっていたが、そこでも孤独と不安に苛まれていた。
そんなある日、ひょんなことからドールハウスの鍵を開けてしまう。すると、かつて閉じ込めていたイマジナリーフレンドのダニエルが青年の姿で現れる。
ルークはダニエルのアドバイスを受け入れることで、徐々に他人との関係を築けるようになっていく人生は好転していく。
その一方で、ダニエルは確実にルークの精神を支配するようになっていき…。
スタッフ・キャスト
- 監督:アダム・エジプト・モーティマー
- 脚本:ブライアン・デレウー & アダム・エジプト・モーティマー
- 撮影:ライル・ビンセント
- 衣装:ベゴニア・バージェス
- 編集:ブレット・W・バックマン
- 音楽:クラーク
- 視覚効果監修:ジョージ・A・ローカス
監督を務めたのは、アダム・エジプト・モーティマーです。
今作の原作は、ブライアン・デリューが2009年に著した小説『In This Way I Was Saved』とされています。
そこに、アダムが自身の子どもの頃のイマジナリーフレンドとの体験も交えながら、脚本を書き上げたのが、今回の映画『ダニエル』ということになります。
本作は何と言ってもその映像が「脳が溶ける」感覚を味わえるようなキテレツなビジュアルを連発しているわけですが、撮影には映画『サラブレッド』の無機質的で美しいルックを実現したライル・ビンセントが、そして視覚効果にはジョージ・A・ローカスが起用されています。
とりわけ視覚効果は本当に素晴らしくて、人間の顔が粘土細工のように変形していく映像を見ていると、自分が麻薬でトリップしたかのような錯覚に陥ります。
また、今作の劇伴音楽を提供しているのが、テクノ系のミュージシャンとして知られるクラークであることも注目される1つの要素となっていますね。
- ルーク:マイルズ・ロビンス
- ダニエル:パトリック・シュワルツェネッガー
- キャシー:サッシャ・レイン
- ソフィ:ハンナ・マークス
- クレア:メアリー・スチュアート・マスターソン
本作のW主人公とも言えるルークとダニエルを演じたのは、それぞれ2世俳優として知られるマイルズ・ロビンスとパトリック・シュワルツェネッガーですね。
特に後者は、役どころも相まって、『ターミネーター』のアーノルド・シュワルツェネッガーを強く想起させてくれましたね…。
ただ、ルックスは似ているのですが、パトリックにはどことなくしなやかさとセクシーさが備わっており、父アーノルドとはまた違った魅力のある俳優だと思いました。
ヒロイン的なポジションの女性キャシー役には、『ハーツ・ビート・ラウド』で高い評価を獲得したサッシャ・レインが起用されています。
この3人の気鋭の若手俳優共演に要注目です!
『ダニエル』感想・解説(ネタバレなし)
「ダニエルは”リアル”じゃない」それが全てだ。
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さて、この映画を見た多くの人が関心を持つのは、おそらく「ダニエル」という存在の正体でしょう。
あらすじのところでも書きましたが、そもそも「ダニエル」という存在がルークの下に現れたのは、彼が両親の離婚と人間関係に纏わる不器用さから「孤独」に陥ったからですよね。
人間は受け入れがたい状況、または潜在的な危険な状況に晒された時に、それによる不安を軽減し、心を守ろうとする無意識的な心理的メカニズムとして防衛機制が働くとされています。
幼少期のルークにとっては、自分の精神を安定させるためにダニエルという存在が不可欠だったんですよ。
そして子どもの頃のルークとダニエルの描写には、どこか微笑ましいものがあります。
ルークはイマジナリーフレンドのダニエルと箒でチャンバラをしているのですが、いつしか自分たちが持っているものが剣に見えてきて、さらに自分たちがいる場所も中世の城に思えてくるのです。
つまり、一連の幼少期のルークのエピソードを見ていくと、観客は「ダニエル」と言うのは、ルークの想像力の産物なのであり、大人になれば、失われるものなのだろうと胸をなでおろします。
しかし、ルークが大人になっても、ダニエルという存在は消えてなどいませんでした。
大学生になった彼の精神状態が不安定になり、孤独にさいなまれ始めた頃に再びダニエルはルークの下に現れました。
この時、観客は当然思いますよね。
「あれ、ダニエルって単なる子どもの想像力の産物で、ルークのイマジナリーフレンドじゃなかったの?」と。
全く同じことを私も思ったわけですが、その後にまた「ダニエル」の存在に関する説明は二転三転していきます。
まず、大学生になったルークとダニエルの関係ですが、この2人は全く違う人格を持っており、それ故にルークが人生を上手くやっていくためのヒントをくれるんです。
例えば、好意を寄せている女性をどうすればガールフレンドにできるのか?と言ったところから始まり、学校でのいわゆる「陽キャ」グループとの関わり方に至るまで様々なことを教えてくれます。
なるほど、ダニエルというのは、ルークの隠された「自我」のような存在なのだと、こうした描写の数々から観客は再び納得に向かっていくのです。
次に明かされるのは、母親が「統合失調症」を患っているという事実ですね。
この事実が明かされたことにより、ルークは母親からそうした精神疾患の傾向を受け継いでおり、ある種の「精神分裂」の状態にあるのではないかという可能性が浮上してくるのです。
こうした情報が明かされてくると、観客は当然本作のクライマックスの展開を何となく朧げにイメージすることになります。
劇中に『かいじゅうたちのいるところ』という絵本が登場しましたが、これは諸説ありますが主人公のかいじゅうマックスが自分の乱暴な側面を沈めるために経験した「心の中の旅」を可視化したとも言われています。
この引用も踏まえて考えると、おそらく、この作品のラストでは、ルークが成長し、最終的には自分を暴力に駆り立てる「ダニエル」という自我ないし人格を打倒することになるのだろうと。
何となく私はこう推測しました。
でも、この映画、そんなに素直じゃなかったです。
ネタバレになるので、言及を避けますが、もうここからの展開は想像していたところの斜め上を行くような怒涛の展開の連続なんですよ。
そして、その過程で観客はますます分からなくなります。
そう、「ダニエルは一体何者なのか?」という問いについてです。
私が映画を鑑賞して思ったのは、この問いに答えがあるとすれば、
「Daniel isn’t real」=「ダニエルは”リアル”じゃない」
という本作の原題そっくりそのままなのだろうということです。
結局、あれこれ理屈をつけて、人間は物事を言語化したり、解明したりしようとしますが、そうしたプロセスを経ても答えを出せないものがこの世界には存在しています。
本作のダニエルの存在についても、無数の仮説が存在しており、結局のところどれが「真実」だったかなんて誰にも分からないのです。
もっと言うなれば、この映画は「ダニエル」を1つの「答え」に縛りつけて欲しくないからこそこういった作りにしているのだと思いますし、「Daniel isn’t real」なんてタイトルをつけてあるのでしょう。
繰り返しになりますが、本作において唯一確かなことがあるとすれば、「ダニエルは”リアル”じゃない」ということだけです。
そして、“リアル”じゃないからこそ、ダニエルは無限にその存在の可能性を持つことができると言えます。
そしてタイトルで”リアル”じゃないと言いきっているにもかかわらず、観客はダニエルを”リアル”に感じるんですよね。
『ダニエル』という作品は、そうした”リアル”じゃないものを”リアル”にしてしまう人間の性を映像の中に落とし込み、さらにはそれを見ている人にもそのプロセスを追体験させるような映画だと言えます。
映画を見終わって、
イマジナリーフレンドなのか。ルークのもう1つの自我なのか。分裂した人格なのか。神なのか。それとも…。
なんてあなたが考えていたのだとしたら、もはやこの映画の、そして青年ダニエルの思うツボです。
この映画を見終わって、あなたが信じるべきたった1つのことは「ダニエルは”リアル”じゃない」という言葉だということをぜひ頭の片隅に置いておいてくださいね…。
ニヒリズム的な思想や世界との向き合い方
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そして、ここまでお話してきた中でも言及してきましたが、本作『ダニエル』は「絶対的なもの」や「真理」が存在しない世界観を描いています。
この点で、非常に強くニヒリズム的な思想に裏打ちされた作品と言うこともできるでしょう。
劇中で、ダニエルが2つの言葉を引き合いに出して、自分の存在の「絶対性」をルークに印象づけようとしました。
1つ目がウィリアム・ブレイクの詩を引き合いに出した「私の詩は大天使の言葉だ。」という一節です。
もう1つが旧約聖書 出エジプト記 第20章から引用された次の一節ですね。
神はこのすべての言葉を語って言われた。
わたしはあなたの神、主であって、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。
あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。
(『旧約聖書 出エジプト記』 第20章より)
このようにダニエルというキャラクターは、自分という存在を神的なものとして位置づけ、その上で彼は自分が「ルークの一部」であることを明かしているのです。
つまり、ダニエルがこうした引用の中からルークに伝えようとしているのは、「神=絶対的に信じられるもの」は自分自身の中にあるのだということなのではないでしょうか。
そういう意味でのニーチェの「神は死んだ」的な言動をダニエルはルークに繰り返しているように感じ取れました。自分自身の外にある「絶対性」を否定するように仕向けているのです。
とりわけニヒリズムの中に、道徳的ニヒリズムという考え方がありますが、これは社会秩序の基礎とする行動規範としての道徳を否定する思想であると言われています。
この「道徳的ニヒリズム」は、ダニエルがルークに植えつけようとしている考え方として、非常に近いものを感じますね。
ダニエルに入れ知恵されるようになったルークは、母親に薬を盛ったり、ルームメイトに非常識な行動を取ったり、性行為に明け暮れたり、薬物に手を出したりと実に退廃的で、非道徳的な行動に及ぶのです。
また、ニーチェのニヒリズムは、そもそも哲学や道徳、宗教と言ったものが力を失っていった時代に台頭した脱構築的な思想でした。
この点を踏まえて考えると面白いのが、この映画のヒロイン的存在であるキャシーです。
キャシーは、徐々にルークのことが気になり始めるのですが、彼女が彼のどこに惹かれたのかと言うと、彼が図書館でのやり取りの中で哲学や宗教に関する知識が豊富で、理知的だったという点なのですよ。
このように、ルークをニヒリズムに傾倒させていくダニエルと、彼をニヒリズムのカオスから救おうとしているキャシーという主人公を巡るキャラクターの軸が「思想的に」明確な対比関係として描かれていることが分かります。
ニヒリズムを突き詰めると、最終的には自分自身の存在の不条理に直面しなければなりません。
コロラド州立大学の哲学者ドナルド・A・クロスビーによると、その先に待っているものは……なのだとか。
ダニエルに唆されて、徐々にこの世界の規範から外れ、「ニヒリズム」へ傾倒していくルーク。それを繋ぎ止める存在としてのキャシー。
この戦いの先に待つものを、ぜひみなさん自身の目で確かめてみてくださいね。
おわりに
いかがだったでしょうか。
今回は映画『ダニエル』についてお話してきました。
作品の性質的にも公開規模はそれほど大きくはないと思われますが、興味を持たれた方はぜひ鑑賞していただきたいです。
かなり視覚効果にもこだわった作品ですし、サイケデリックな映像の世界観も映画館映えすると思います。
また、終盤にかけての理解の範疇を超越した怒涛の展開には、ただただ圧倒されましたし、ぜひこの劇薬を全身で浴びて欲しいです(笑)
2世俳優がW主人公を演じていますが、パトリック・シュワルツェネッガーの「セクシーなターミネーター感」も味わっていただけますと幸いです。
今回も読んでくださった方、ありがとうございました。