みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回はですね映画『ザ・スイッチ』についてお話していこうと思います。
もう、殺人鬼と女子高生が入れ替わるという設定の時点で面白いと分かる映画なんですが、過去のホラー映画への言及と、そこからの脱構築を目指すプロットの作り込みも実に素晴らしいんですよね。
ポスターの時点で『13日の金曜日』へのオマージュであることは一目瞭然ですが、それ以外にもたくさんの70年代~90年代の名作スラッシャーホラーへの言及が為されています。
(C)2020 UNIVERSAL STUDIOS
ただ、そうした言及が単なる小ネタに留まっているというわけではなく、きちんと物語的・主題的に意味を持っているのが重要なポイントです。
そして、この『ザ・スイッチ』の目玉でもある「入れ替わり」設定ですが、個人的に面白かったのは、入れ替わった日の最初の朝のシーンです。
日本発のアニメ映画『君の名は。』で瀧と三葉が入れ替わったときに、三葉の身体に入った瀧がまず胸の感触を確かめるという描写が良くも悪くも話題になりました。
(映画『君の名は。』より引用)
ただ、今作『ザ・スイッチ』でも入れ替わって女子高生の身体に入ったブッチャーが最初にする行動が、これまた「胸の感触を確かめる」なんですよね(笑)
まあ、女性の身体に入った男性が最初にすることは万国共通で、胸の感触を確かめることなのかもしれません。
それはさておき、今回は今作『ザ・スイッチ』が過去の名作ホラーに言及し、そこに「入れ替わり」設定を持ち込むことで一体何を描こうとしていたのかを個人的な解釈でお話させていただきます。
本記事は作品のネタバレになるような内容を含む解説・考察記事です。
作品を未鑑賞の方はお気をつけください。
良かったら最後までお付き合いください。
目次
『ザ・スイッチ』
あらすじ
ある月の11日の水曜日。郊外の洋館で高校生4人が謎の殺人鬼に殺害されるという事件が起きる。
翌日の12日の木曜日。女子高生ミリーの通う学校では、前日の事件もあり、生徒たちに不審者が町にまだ潜伏しているので、注意するように連絡が入る。
ミリーは、家でも学校でも我慢を強いられる生活を送る冴えない女子高生で、その日も男子生徒やイケてる女子生徒たちに嘲笑される1日を過ごしていた。
その日の夜、ホームカミングデーで盛り上がるアメフト試合の応援後に無人のベンチで母の迎えを待っていた彼女の目の前に、連続殺人鬼ブッチャーが現れる。
懸命に逃走する彼女だったが、抵抗むなしく捕らえられてしまい、鳴り響く雷鳴とともにブッチャーに短剣を突き立てられてしまう。
幸いにも一命をとりとめ、その日は眠りについたミリー。
しかし、翌13日の金曜日に彼女に異変が起きる。
何と、ブッチャーとミリーの身体と心が入れ替わってしまったのだ。しかも、24時間以内に同じ短剣で相手を刺して、入れ替わりを解かなければ、二度と元の身体に戻れないことが判明。
ミリーは自分の身体で他の生徒たちを殺害しようと試みるブッチャーを食い止め、自分の身体を取り戻そうと奮闘するのだが…。
スタッフ・キャスト
- 監督:クリストファー・ランドン
- 製作:ジェイソン・ブラム
- 脚本:マイケル・ケネディ クリストファー・ランドン
- 撮影:ローリー・ローズ
- 衣装:ホイットニー・アン・アダムス
- 編集:ベン・ボーデュアン
- 音楽:ベアー・マクレアリー
『ハッピーデスデイ』シリーズの監督としても知られるクリストファー・ランドンが手がける新しいハイスクールシチュエーションホラーということで、もうこの時点で期待しちゃいますよね。
『ハッピーデスデイ』シリーズも2部作で完璧な出来栄えでしたので、もしご覧になっていない方がいたら、ぜひチェックして欲しいです。
この監督は、後程詳しく書きますが、名作ホラーを上手く取り込みつつ、それをメタ的な視点で自分の描く物語の主題に還元していく手腕が卓越しているんですよ。
撮影には『ペットセメタリー』や『フリーファイアー』で知られるローリー・ローズが加わりました。
また、編集をアン・ハサウェイ主演の『シンクロナイズドモンスター』を担当したベン・ボーデュアンが手がけています。
- ブッチャー:ビンス・ボーン
- ミリー:キャスリン・ニュートン
- ミスターフレッチャー:アラン・ラック
- ポーラ:ケイティ・フィナーラン
- ナイラ:セレステ・オコナー
本作でブッチャーを演じたビンス・ボーンは元々『ロスト・ワールド ジュラシック・パーク』でブレイクした人物です。
彼が同作で演じたニックというキャラクターは有名で、大体彼のせいで多くの人が死んだというのに、なぜか最後まで生き残る憎たらしいキャラクターなんですよ(笑)
そしてミリー役のキャスリン・ニュートンは最近だと『名探偵ピカチュウ』でフィーチャーされ、注目を集めていました。
他にも、アカデミー賞で高く評価された『スリービルボード』にも出演するなどし、その演技面も高く評価されています。
あとは、アラン・ラックは懐かしいな~と感じる人も多いかもしれません。
ジョン・ヒューズ監督の『フェリスはある朝突然に』に出演していた方です。あの当時はかなり若かったので、そう思うと時代の流れを感じますよね。
『ザ・スイッチ』解説・考察(ネタバレあり)
70年代~90年代の名作ホラーへの言及の数々
さて、記事の冒頭にも書きましたが、本作は本当にたくさんのホラー映画の名作への言及に溢れています。
本作のヴィランであるブッチャーが冒頭に登場した際には、仮面を身につけており、そのビジュアルがジェイソンを強く想起させますし、本作のメインパートの日付がまさしく「13日の金曜日」に設定されています。
終盤に突入すると、ミリー(ブッチャー)がチェーンソーを持って、アメフト部の男子学生を手にかけるシーンまで登場しました。これなんかは『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスを思わせますね。
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ちなみに終盤の同じシーンでは、ミリー(ブッチャー)が肉鉤を持って現れる描写もありました。
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これは1992年公開の『キャンディマン』なんかを想起させるビジュアルでした。
そして、もう1つ大胆にオマージュされているのが、映画『ハロウィン』シリーズです。
『ハロウィン』でシリーズでは、ヴィランであるマイケルがラバーマスクを被っているという設定でしたが、こうした設定が、今作『ザ・スイッチ』でブッチャー(ミリー)がモールでラバーマスクを友人から渡されて、それを被って行動する描写に還元されていました。
また、『ザ・スイッチ』の終盤に救急車で搬送されているブッチャーが蘇って、ミリーを殺害するために動き出すという展開がありましたが、これは完全に『ハロウィン』シリーズのマイケルのオマージュでしたね。
同シリーズのマイケルも、重傷を負っても蘇るという設定があり、『ハロウィン4』では救急車で覚醒した彼が乗っていた医師たちを皆殺しにして脱走するという展開がありました。
この『13日の金曜日』と『ハロウィン』シリーズが、『ザ・スイッチ』に特に影響を与えた2作品だと思いますが、細かいところで言うと、もっと多くの作品へのオマージュ要素が散見されます。
例えば、冒頭の洋館のオカルトアイテムのコレクションや学生たちが郊外の屋敷で過ごしている時にブッチャーに襲われる展開は『キャビン』を強く想起させますよね。
郊外の屋敷的なところに学生たちが宿泊していて、夜に団らんしているところで、地下室にオカルトチックなアイテムを見つけて、そこから事件に巻き込まれていくという流れまで全く同じでした。
そして、学生の殺害描写にもこまかいオマージュが散りばめられています。
まず、男子学生が地下室でワインの瓶を口に突っ込まれて絶命する描写がありました。
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これは『スプラッターナイト 新血塗られた女子寮』というホラー映画で女子学生がワインの瓶を突っ込まれて死ぬ描写からの引用でしょうか。
(『スプラッターナイト 新血塗られた女子寮』予告編より引用)
そして、女子学生の1人が便器に顔を突っ込まれて、便座で殴られて絶命しましたよね。
なかなか衝撃的な惨殺シーンでしたが、何となく見覚えのある描写だったと思います。
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このシーンですが、実はジム・キャリーの『ライアーライアー』に同様の描写があります。
そして、冒頭の洋館での一連の描写は、完全に1996年公開の『スクリーム』を意識したものです。
『スクリーム』では、女性が電話をしていると突然仮面の殺人鬼に襲われ、殺され、庭の木に吊るされます。そこに両親が帰って来て、異変に気づき、庭に吊るされている娘を発見するところまでが冒頭のシークエンスになっていました。
『スクリーム』より引用
『ザ・スイッチ』でも、全く同じに近い展開が冒頭に描かれているのは、お気づきのことでしょう。
あとは、名作ホラーで言うと、やはり『シャイニング』からの引用は目につきやすいですね。
ミリーに学校でかなり厳格な態度をとるフレッチャーという教員がいますが、彼の描写はすごく『シャイニング』のジャックを思わせるものになっています。
(映画『シャイニング』より引用)
狂気に囚われていくジャックが妻を罵倒するシーンと、フレッチャーはミリーを授業中に叱責する場面がすごく似ているのです。
もっと直接的な描写で言うと、物語の後半にミリー(ブッチャー)が椅子に縛られていたところから脱出し、ジョシュと彼の母をナイフで襲うシーンがあるのですが、これが完全に『シャイニング』のあれですよね…。
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また、登場人物の名前で言うと、
ブッカー・ストロード=『ハロウィン』シリーズのローリー・ストロード
ミリー・ケスラー=『狼男アメリカン』のデヴィッド・ケスラー
などは引用かなと思います。
とりわけミリーが最初にブッチャーと入れ替わる場面では、印象的に満月が映し出されていて、これが狼男の設定への言及にも思えるからです。
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他にも、細かいところですが、ミリーが好意を寄せているブッカーのロッカーに詩を書いた手紙を入れていた設定は、『IT』でベンがべバリーのリュックに詩を入れたところからの引用でしょう。
(映画『IT』より引用)
という具合に、挙げていくと本作のオマージュ要素は数えきれません。
では、なぜこれほどまでに過去のホラー映画からの引用にこだわったのでしょうか。
次の章では、「入れ替わり」という設定の「肝」について言及していきます。
なぜ「入れ替わり」という設定が重要なのか?
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さて、本作『ザ・スイッチ』の最大の特徴は、女子高生と殺人鬼おじさんが入れ替わるという設定です。
しかし、なぜこの設定が本作において、また本作の主題において、とても重要な意味を持っているのでしょうか。
基本的に古典的なホラー映画では、男の殺人鬼と追われ、狙われ、殺される女性という構図が一般的だったんですよね。
そして、クリストファー・ランドン監督の『ハッピーデスデイ』はまさしくそうした「襲われる側の女性」をメタ的に扱った作品でした。
ホラー映画において真っ先に殺害されるいわゆる「ビッチ」属性の女子学生が、何とかして物語の最後まで生き残ろうとするというプロットを描いたからです。
今回の『ザ・スイッチ』では、先ほども挙げたような古典的なホラーのオマージュをふんだんに盛り込み、表層的ないし視覚的には殺人鬼の中年男性と彼から逃げる女子学生という構図を再現しています。
しかし、その実は中身が入れ替わっているために、むしろ女子学生のミリーが追う側で、殺人鬼の男性が追われる側という風に構図が従来とは反転したものになっているわけです。
表層的には古典的ホラーの再現でありながら、その中身が全くの逆になっていると言うところが何とも面白いのです。
追われる側だった女性が追う側に回り、殺人鬼を追い詰めていくというプロットを、表面的には殺人鬼が女子学生を追っているという風に見せていました。
結果的に、ミリーはブッチャーとの入れ替わりを解き、ブッチャーは駆けつけた警察官から射殺され、物語はハッピーエンドを迎えたかに思われました。
しかし、この映画が素晴らしいのは、ここで終わらないからなんです。
なぜなら、まだミリーは入れ替わりを解いただけに過ぎず、主体的に自らブッチャーという悪を打倒することができていないからなんですね。
そのため、『ハロウィン』シリーズの設定を借りたブッチャーが致命傷から復活し、再びミリーの自宅に現れるというクライマックスの展開へと繋がっていきます。
ここで、序盤のアメフト場での構図が再現され、まさしくミリーのリベンジマッチが始まりました。
彼女は追い詰められますが、「入れ替わり」を経験したからこそできた技で、ブッチャーを撃退します。
古典的なホラー映画の設定、「入れ替わり」という設定、そしてクライマックスに用意されたミリー本人がブッチャーを打倒するという構図。
この3つが揃うことで、本作『ザ・スイッチ』の主題は表現されていると言えます。
では、本作が伝えようとしていたことは一体何だったのか、これについて最後の章で解説していきますね。
本作『ザ・スイッチ』が描こうとしたものとは?
さて、ここまで『ザ・スイッチ』が過去のホラー映画の要素を多く散りばめてあることや「入れ替わり」という設定を持ち込んだ意義についてお話してきました。
そして、これらをもってクリストファー・ランドンは何を描こうとしていたのでしょうか。
それは、伝統的なホラー映画において、襲われる側でしかなかった女性が男性の殺人鬼を打倒するというある種の「反転」なのでしょう。
女性は基本的に襲われ、悲鳴を上げて逃げ回り、殺害されるという役割を従来的なホラー映画においては課されていたところがあります。
だからこそ『ザ・スイッチ』はそうした設定で描かれた従来のホラー映画の要素を多く盛り込み、そこに「入れ替わり」という設定を持ち込んで脱構築するアプローチをとっています。
ラストシークエンスで、ミリーの家にいるのは、女性3人です。
そして、かつてのホラー映画であれば、女性3人が、やってきた殺人鬼に次々に殺されていくという、本作の冒頭の洋館でのシークエンスが展開されるのが一般的だったのでしょう。
しかし、『ザ・スイッチ』では、女性3人が協力してブッチャーを打倒します。
しかも、その打倒方法が「金玉に思いっきり蹴りを入れる」というものでした。
ヒッチコックなどのホラー映画には「ミソジニー」的な要素が見られるという指摘はたびたびなされますが、ホラー映画には男性性と女性性の対立という構図があるのではないかという研究はかねてから為されてきました。
「ミソジニー」は単に女性蔑視的だとか、女性に酷い扱いをするといった意味というよりは、個人的には「女性に女性らしい役割や振る舞いを求める」ようなことだと解釈しています。
それをホラー映画においてメタ的に言及するなれば、まさしく男性の殺人鬼に「襲われる側」の役割を課すこともまた「ミソジニー」的と言えるわけです。
そして『ザ・スイッチ』はまさしくそうしたホラー映画における女性の役割からの解放を描きました。
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ミリーは男性性の象徴とも言える男性器に「蹴り」を入れて、物語に「蹴り」をつけます。
これこそが、まさしく本作が描きたかった主題なのです。
社会では近年そうした従来的なジェンダー観からの脱却が叫ばれ、「女性らしい役割」というものからの解放が進んでいます。
そしてそれをホラー映画という枠組みにおいて、メタ的に表現したのが『ザ・スイッチ』ということになるのではないでしょうか。
おわりに
いかがだったでしょうか。
今回は映画『ザ・スイッチ』についてお話してきました。
その上で、過去のホラー映画へのオマージュ要素が単なるファンサービスではなく、主題性にも還元されていく構造がお見事です。
そして、「入れ替わり」という設定がメタ的に機能し、ホラー映画における「女性の役割」からの解放というラストに繋がっていくところも鮮やかですね。
前作の『ハッピーデスデイ』はいわゆる「ファイナルガール」という言葉をベースに作られたこれまた女性を主体に据えたホラー映画でしたが、本作もその系譜と言えそうです。
こうした、近年のフェミニズム的な思想を反映し、従来的なホラー映画の在り方を踏襲しつつ、脱構築していくというクリストファー・ランドンの作家性はすごく好きですね。
ただ、基本的に似たようなアプローチの作品が続いているので、次回作があるならば過去の遺産に依拠する「ポストモダン」的な作劇ではなく、また新しい物語を見てみたいという思いはあります。
次回作にも期待しつつ、今回はこのあたりで終わりにしますね。
今回も読んでくださった方、ありがとうございました。