みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回はですね映画『パームスプリングス』についてお話していこうと思います。
コメディ映画でかつループものと言えば、やはりその代表格として挙げられるのは、『恋はデジャヴ』でしょう。
ビル・マーレイ主演で制作された田舎町に取材で訪れた、売れてないのに無駄に自尊心の高いキャスターの男が同じ1日を繰り返すというぶっ飛んだ物語は、世代を超えて今も愛されて続けていますね。
近年だと、クリストファー・ランドン監督の『ハッピーデスデイ』2部作は大きな話題となりました。
こちらは何回繰り返しても、ウサギの仮面の人間に1日の終わりに殺されるというループに閉じ込められた女子学生が、何とかそこから脱出しようと試みるホラーコメディでした。
そして、新たなループものの名作に名を連ねようとしているのが、今作『パームスプリングス』です。
『恋はデジャヴ』も大概緩い作風だと思いますが、それ以上に緩いです。というよりゆる~いんです。
とりわけ主人公のナイルズが『恋はデジャヴ』や『ハッピーデスデイ』と違って、ループに巻き込まれていることに特に不満や危機感を抱いていないというのがその緩さの根源にあるのだと思います。
彼は物語の開始時点で既にループの中にいて、何度も何度も同じ日を経験している状態であり、それでいて飄々としていて、ループを脱する気もありません。
こうした主人公のオフビートなノリが作品そのものにも伝染していて、全体としてお気楽な雰囲気を終始貫いているのが、『パームスプリングス』の1つの特徴です。
ただ、そこにサラという女性が介入してくることで、物語はいわゆる王道「ループもの」の方に引き戻されては行くのですが、そのアプローチまでもが独特でした。
今回はそんな「ネオループもの」感のある映画『パームスプリングス』について自分なりに感じたことや考えたことをお話させていただきます。
本記事は作品のネタバレになるような内容を含む感想・解説記事です。
作品を未鑑賞の方はお気をつけください。
良かったら最後までお付き合いください。
目次
『パームスプリングス』
あらすじ
高級別荘地パームスプリングスで行われた結婚式。
ナイルズは新婦親族のナラのボーイフレンドという立場で参列することとなる。
自由気ままな性格のナイルズは常に飄々としており、披露宴で急にマイクを取り上げて、スピーチを披露しては会場を盛り上げていた。
一方で花嫁の介添人として同じく新婦親族のサラも結婚式に参列していた。
その夜、ナイルズがサラに猛烈なアタックをかけ、なりゆきで2人はキスをし、その後式の近くで野外プレイに耽ろうとしていた。
その時、謎の老人が目の前に現れ、パンツ一丁のナイルズを突然弓矢で襲撃し始める。
ナイルズは負傷した足を引きずりながら、何とか近くの洞窟へと逃げ込もうとし、心配したサラも彼の後を追う。
ナイルズはサラに「洞窟に入るな!」と制止するが、そんなけん制もむなしく2人は洞窟の奥の謎の赤い光に吸い込まれてしまう。
意識を取り戻したサラ。すると、彼女は結婚式当日の朝のベッドの上で目を覚ましたのだった。
状況を飲み込むことができないサラ。呑気にプールで飲酒しているナイルズ。
サラが彼を問いただすと、衝撃の事実が判明する。
なんと、ナイルズはすでに何十万回も結婚式の行われる「今日」を繰り返しており、サラもそのループに巻き込まれてしまったのだ…。
スタッフ・キャスト
- 監督:マックス・バーバコウ
- 脚本:アンディ・シアラ
- 撮影:クィエン・“Q”・トラン
- 美術:ジェイソン・キスバーデイ
- 衣装:コリン・ウィルクス
- 編集:マシュー・フリードマン アンドリュー・ディックラー
- 音楽:マシュー・コンプトン
本作の監督を務めたマックス・バーバコウは、この『パームスプリングス』で長編映画初監督だそうです。
初監督で、これほど作劇的にも演出的にも見どころのある作品が撮れるのは、素晴らしいですね。過去のループものに縛られない良さが満ちていました。
撮影には、修道女たちがめちゃくちゃする映画『天使たちのビッチ・ナイト』で知られるクィエン・“Q”・トランが起用されていますね。
編集には、話題作『フェアウェル』でも高く評価されたマシュー・フリードマンが加わり、劇伴音楽を『俺たちポップスター』のマシュー・コンプトンが手がけました。
- ナイルズ:アンディ・サムバーグ
- サラ:クリスティン・ミリオティ
- ハワード:ピーター・ギャラガー
- ロイ:J・K・シモンズ
- ミスティ:メレディス・ハグナー
- タラ:カミラ・メンデス
主人公のナイルズを演じたのは、『ブリグズビー・ベア』のアンディ・サムバーグ。オフビートな演技で、作品の「空気」を作ってくれていたと思います。
そして、ヒロインであるサラを『ウルフオブウォールストリート』などにも出演しているリスティン・ミリオティが演じました。
また、『セッション』で鬼ジャズ教師を演じたことでも大きな話題となったJ・K・シモンズが今回、いきなり弓矢で主人公を殺しに来るおじさんを熱演しています。
割と強面なのに、チャーミングと言うか、とにかく愛嬌のある演技で、観客を虜にしてくれます。
しかも、設定が主人公とイチャイチャしている時に、酔った勢いで主人公にループに巻き込まれ、そのことを恨んで彼を殺しに来るというもので、これがまた笑っちゃいますよね。
ぜひ、『パームスプリングス』はJ・K・シモンズ演じるロイの間抜けで、可愛らしいところに注目してみてください。
『パームスプリングス』感想・解説(ネタバレあり)
主人公にループからの脱却願望がないという設定の妙
(C)2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED.
本作『パームスプリングス』は王道でありながら、それでいて斬新なループ映画だと思います。
まず、個人的に驚いたのは、過去のループものへの言及、つまり「オマージュ要素」の類がほとんど見られない点でした。
同日に公開の『ザ・スイッチ』を手掛けたクリストファー・ランドン監督は、『ハッピーデスデイ』に『恋はデジャヴ』を初めとした多くのループものへのオマージュを込めていました。
ですので、それと比べると本作は対照的です。
ただ、そうしたオマージュ要素の無さが、本作の王道だけれども新しいループものを作ろうという意思表示にも感じられたので、個人的には好感が持てました。
そして、『パームスプリングス』が非常に斬新だと感じたのは、主人公に全くもってループからの脱出願望がないという点です。
しかも、観客が「ループ」に初めて巻き込まれた時に、ナイルズは既に何千回も同じ1日を繰り返していたという物語への途中からの参加方式だったのも驚かされました。
『恋はデジャヴ』においても、主人公はあの手この手でループからの脱出を試みますし、『ハッピーデスデイ』でも同様です。
『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』のように、何か目的意識があってループを謳歌することを望んでいるとかならまだ分かるのですが、今作の主人公は何の目的もなくただダラダラとループを繰り返し続けているというとんでもない男なんですよ。
そういうループものと呼ばれる作品において、これまで見たことのない不思議なというかぶっ飛んだ主人公を据えたことが本作において非常に重要だったと思います。
そして、そこにサラというループを脱しようと試みるキャラクターを巻き込んだり、逆にループの中に「変化」を見出すロイというキャラクターを巻き込んだりことで、作品に奥行きを出していました。
今作『パームスプリングス』は、言わばキャラクター設定の妙の勝利だと思います。
「ループもの」ジャンルと、そこからの脱出を目指すという基本プロットは確立されている中で、キャラクターの設定で巧くバリエーションを出せていました。
ぜひ、この良い意味での「ゆるさ」を体感していただきたいと思っています。
斬新すぎるループの打破方法とは?
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さて、ループものというジャンルの特性上、円環からの脱却を描くことは避けられません。
そのため、本作でもループを永遠に謳歌することを望むナイルズのところに、サラという女性がやって来て、彼女がループを打破するキーになっていきます。
例えば、『恋はデジャヴ』だと主人公が一番身近にいる大切な人の存在に気がつくことがループからの脱却のトリガーになっていました。
このようにループが生じていることそのものに明確な原理を求めるというよりは、作品の主題や物語性によってループからの脱却条件が決められているというタイプの作品は非常に多いです。
ループからの脱却の条件に登場人物の「成長」や「変化」をリンクさせることは、映画としては作劇の観点から非常に都合が良いので、多く採用されてきたのがその実でしょう。
では、今作『パームスプリングス』は一体どんな方法で脱却を図るのか。
それは、サラが急に量子学の勉強を初めて、同じ1日の繰り返しの中で知識を蓄積していき、学び得たことを駆使して、ループからの脱出の原理を導き出すというものだったのです。
ループの条件が明かされていない中で、何となく「成長」や「変化」が脱却の鍵になるんでしょ…と高をくくっていた私を完全に裏切ってくれるこの展開には思わず笑ってしまいましたね。
しかも、そこに至るまでの展開がとにかくゆる~いので、急にサラが量子学を学び始めて、そこから自力で脱出経路を導き出してしまうというスピード感とのギャップが凄まじかったのも良かったです。
「成長」や「変化」といった物語や主題の都合で、ループからの脱却が実現されるわけでなく、登場人物が自らの努力と研究で脱却方法を見出すという、この登場人物の主体性が物語を突き動かしていくんだという思いにグッときました。
1人で生きるより、2人で死んだ方がマシ
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先ほども述べましたが、本作はループという現象に関連して様々な人の生き方の選択を描きました。
そこで重要視されたのは、「変化」を見出すということだったのかもしれません。
人間という生き物は、やはり安定した環境に安らぎを感じますし、一度「慣れ」が出ると、そこから飛び出すことを望まなくなる生き物です。
主人公のナイルズは、ループに巻き込まれ、そこでの日々の繰り返しを謳歌していたわけですが、彼はだんだんと無感覚になっていったと伺えます。
冒頭に彼が恋人のナラと性行為に耽りながら、全然気持ちよくならないという描写がインサートされていましたよね。
きっと、彼はナラとの行為を何度も何度も繰り返してきて、もうその行為に対して何も感じなくなってしまったのだと思います。
でも、「変わらない」とはそういうことであり、変化がなければ人間はだんだんと鈍感になっていくものです。
ヒロインのサラは、結婚する姉妹のタラのフィアンセとの身体の関係を断ち切れずにいました。それも結局は断ち切るよりも、ズルズルと続ける方が楽だったからなんですよね。
この作品には指輪、浮き輪、ピアス、トランクスに描かれたドーナツなど「円」系のモチーフが数多く登場します。
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「円」という形は本作のループする物語を象徴するものでもある一方で、終わりがないからこそ美しい形とも言えますよね。
しかし、結局はその安定を壊すことでしか得られない感覚があるということなのです。
それを表出させたのが、ナイルズとサラの「初夜」の件ですよね。
ナイルズはループの中でサラと何度も関係を結んでおり、その一方でサラはその夜をすごく特別なものだと認識していました。
この認識のズレは、ループによって無感覚になっていたナイルズと、まだ敏感さを残していたサラとの対比を際だたせる重要な描写です。
つまり、サラは同じ温度で、同じ重さで「初夜」を楽しんでくれていると思ったのに、そこに大きな開きがあったことを知らされたが故にナイルズに激怒したわけですよ。
そして、自分が今抱いている「たった一度きり」の感情を忘れないために、捨てないために、持ち続けるためにループからの脱却を選択します。
その一方で『パームスプリングス』において面白いのがロイの存在なんだよね!
彼は、ナイルズにループに巻き込まれたわけですが、結果的にループの中で「変化」を見出した人物です。
「大切なものは変わる。入院して気づいた。毎日同じでも、ここはいつも楽しい。今の自分が生きている今日が幸せ。」
(『パームスプリングス』より引用)
しかし、この境地に辿り着けたことも、1つの「変化」との向き合い方なんですよね。
ロイというキャラクターはループの中に身を置きながら、無感覚にならない方法を家族との関わりの中で見出したのです。
そうして、物語はクライマックスを迎え、いよいよナイルズにも選択の時がやって来ます。
脱出に際して、サラはナイルズに最後に言っておきたいことを「1文で」言いなさいと彼に迫りました。
そこで、ナイルズは不自然に文を繋げて、必死にサラに語りかけるのです。
つまり、文章はピリオドを打つまでは終わらないわけで、ナイルズが「ランオンセンテンス」で必死に分を繋げていく様と言うのは、本作におけるループの象徴なのです。
そうして、言いたいことをすべて吐き出して、ナイルズはようやくピリオドを打ちます。
その瞬間こそが、ナイルズにとってのループの終わりにもなったわけです。
「1人で生きるより、2人で死んだほうがマシ。」
(『パームスプリングス』より引用)
この言葉は、無感覚にループを繰り返し続けたナイルズが初めて、「変化」を望んだことを表しています。
ラストシークエンスで2人が乗っている浮き輪は「カットされたピザ」を模したものでした。
(C)2020 PS FILM PRODUCTION,LLC ALL RIGHTS RESERVED.
「ピザ」は元々「円」の形をしていますが、それをカットしてあると言うところに本作の「円」からの脱却が重ねされているのも何とも巧い演出だったと思います。
ループものという使い古されたジャンルの中で、これだけオフビート感とヒューマンドラマ性を上手くリンクさせ、多様な人間の選択を描き切った本作は称賛されて然るべきと思いました。
おわりに
いかがだったでしょうか。
今回は映画『パームスプリングス』についてお話してきました。
個人的には、ラストのJ・K・シモンズ演じるロイが、ナイルズがループから脱出したと知った時の「わるいかお」が忘れられません。
あの人、「あるだけ酒を持ってこい!」と言っていたので、多分またナイルズに酒をガンガンに飲ませて、今度は自分がナイルズをループに陥れてやろうとか考えてますよね(笑)
そういう意味でも、本作は、終わったと見せかけて、また振出しに戻るような「浮き輪」のような円環構造になっていると言えます。
なんて妄想をするのも楽しいですね。
ぜひぜひ、多くの人に届いて欲しい1本です。
今回も読んでくださった方、ありがとうございました。