【ネタバレ】『ライトハウス』解説・考察:ギリシャ神話に準えた「光」を求めた男の末路

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね映画『ライトハウス』についてお話していこうと思います。

ナガ
いや、一体日本公開までどんだけかかってんのよ…。

2019年に公開され、海外では大きな話題になっていた作品ですが、なぜか日本ではなかなか公開が決まらず、新型コロナウイルスの影響もあり、2021年7月にようやく公開の運びとなりました。

当ブログ管理人は、この手の映画は何度も見てじっくりと考察をしたいので、海外版のBlu-rayを仕入れたりしていまして…この『ライトハウス』も自宅で鑑賞しました。

いつものように英語音声・英語字幕で鑑賞していたのですが、30分くらい見て、既に後悔の念がこみ上げてきました。

というのも、イーフレイムのアクセントはメイン周辺の農民、ウェイクのアクセントは大西洋の漁師を参考にしたといわれていて、とにかく英語の訛りがすごいんです。

一般的なアメリカ映画であれば、音声だけ、少し難解でも字幕さえあれば、問題なく鑑賞できるんですが、今回ばっかりは初見で内容が40%くらいしか理解できませんでした。

「うん、こんだけ難しいなら日本語字幕をつけるのも時間がかかるだろうし、公開が遅れたのも仕方ないか…。」と謎に納得してしまいました。

ただ、あまりにも悔しかったので、紙にセリフを書き出して辞書とにらめっこしながら、何とか3回目くらいで大枠を掴めた感じがします。

こんなことなら素直に日本語字幕で見ればよかったとも思ったのですが、この2人の英語の訛りの違いも『ライトハウス』の重要な要素なので、そういう意味では日本語字幕である種の「均質化」をしない状態で見たのも貴重な経験だったのかなと思いました。

そんな個人的な体験談はさておき、今回は映画『ライトハウス』について個人的に感じたことや考えたことをみなさんにお話させていただこうと思います。

本記事は作品のネタバレになるような内容を含む解説・考察記事です。

作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

良かったら最後までお付き合いください。




『ライトハウス』解説・考察(ネタバレあり)

ギリシャ神話のプロテウス&プロメテウスからの引用

本作『ライトハウス』の謎めいた物語はギリシャ神話からの引用を内包していると監督のロバート・エガース自身が仄めかしています。

その引用の中心にいるのが、プロテウスとプロメテウスという2体の神です。

この2体の神は神話の上では全く関係のない存在なのですが,『ライトハウス』では,2つのエピソードを上手く繋げて,1つの物語へと落とし込んでいます。

まず,プロテウスというのは「海の老人」とも呼ばれている海神で、予言の能力を持つが、その力を使う事を好まないという側面がありました。

つまり,自分の持っている力や知識を他の人間に共有することを拒むという閉鎖的な性格を持っていることが伺え、そのコンテクストが『ライトハウス』における年長のトーマスに反映されているのです。

一方で、プロメテウスは有名でしょうか。ゼウスの反対を押し切り、天界の火を盗んで人類に与えたという逸話が残っているタイタンです。

では、天界から火を盗んで人間の世界に還元してしまったプロメテウスは一体どんな末路を辿ったのでしょうか。

彼はゼウスに目をつけられ、ワシに肝臓を半永久的に食べられ続けるという拷問にかけられました。

ゼウスはプロメテウスを岩に鎖でつなぎ、肝臓を食べさせるためのワシを送りました。そして、プロメテウスの肝臓は一定期間の後に再生するため同じ拷問が何度も繰り返されたのです。

これを聞くと、ピンと来た人も多いと思いますが、『ライトハウス』のラストシーンで若いトーマス(イーフレイム)が海辺でその内臓を海鳥に食べられていましたよね。これがプロメテウスの神話からの引用なんですね。

ちなみにプロメテウスが神話の中で盗んだ「火」が、今作においては灯台の「光」に置き換えられており、トーマス(イーフレイム)が老トーマスが独占している「光」を何とかして自分のものにしようとしていた展開もプロメテウスの行動に重なります。

ロバート・エガース監督は、前作の『ウィッチ』でも民話ないし宗教の要素やモチーフを作品の至るところにあしらっていましたが、今回の『ライトハウス』でもそうした作家性が全面に出ていたということなのでしょう。

この神話のバックグラウンドを知ってから見ると、本作の一連の物語をより深く味わうことができるので、非常におすすめです。

 

2人のトーマスは同一人物なのか?

本作『ライトハウス』を鑑賞した際に、多くの人が考えたくなってしまうのが2人の「トーマス」の位置づけですよね。

元々この映画を作るにあたってロバート・エガース監督は、1801年に起きた「スモールズ灯台の悲劇」と呼ばれる事件を参照しています。

この逸話には灯台守のトーマス・ハウエルとトーマス・グリフィスという2人が登場します。そして、グリフィスが仕事中に亡くなってしまい、殺人を疑われたくないトーマス・ハウエルはが、次のシフトが来るまでグリフィスの死体を保存しようと試みるのです。

死体は腐敗し、それでもハウエルは灯台に光を灯し続けたという恐ろしいエピソードで、これを期に灯台守は二人組から三人組に規則が変わったなんてことも言われるほどです。

映画『ライトハウス』に話を戻しますが、イーフレイム・ウィンズローとトーマス・ウェイクという全くの別人として登場する2人のキャラクターですが、物語の後半に前者の男の名前が「トーマス・ハワード」であることが明らかになります。

こうして2人の人物が別人ではあれど、同じ「トーマス」という名前であることが判明し、1つの可能性が見え隠れし始めました。

ナガ
物語の中盤にイーフレイムが足を怪我するのも2人のリンクを描いた1つ象徴的な出来事と言えるよね!

それは、2人が同一人物の別人格を表しているのではないかという可能性です。

とりわけ本作におけるハワードとウェイクの関係性は、フロイトが提唱したイドとエゴの関係にも似ている部分がありました。

「イド」というのは、人間の持つ原初的な欲求を表していて、本能的な衝動に裏打ちされた人間の心的領域を表しています。

一方で、「エゴ」というのは自我のことであり、これは「イド」を抑制し、それを可能な範囲で実現する道を模索しようとする心の働きのことを指します。

とりわけ『ライトハウス』においては、ハワードが「エゴ」を、ウェイクが「イド」を体現するような存在として描かれていたように思いました。

ウェイクが物語の序盤からしきりに放屁をしていたのが何とも印象的ですが、これも原初的欲求に忠実に生きていることの1つの証左になっています。

(C)2019 A24 Films LLC. All Rights Reserved.

また、徹底的に自分が望まない仕事をせず、灯台の「光」に纏わる仕事を独占し、マナーや礼儀を気にしない振る舞いは、ハワードをたびたび困惑させました。

一方で、「エゴ」を体現する存在として当初は描かれたイーフレイムないしハワードは、礼儀やマナーを重んじ、自分の欲求を抑えて、ウェイクのために働こうとしていましたよね。

(C)2019 A24 Films LLC. All Rights Reserved.

しかし、この「イド」と「エゴ」は別々に存在するものではなく、本来人間の心の中の別の側面であるにすぎません。

だからこそ、「イド」と「エゴ」は互いに干渉し合い、抑制し合う関係にあるわけです。

とりわけ「エゴ」を体現していたハワードは、自分の中からこみあげてくる欲求に立ち向かっていくことになりました。

それらは映画の中で、彼が人魚の像を手に持って自慰行為に及ぶ様、登ってはいけないと言われていた灯台に登る様、死人の使いであると言われていた海鳥を殺める様に投影されています。

自分の中に存在する抗いがたい性的興奮や殺人衝動、恐怖、好奇心と言った原初的な欲求に突き動かされてイーフレイムないしハワードは気が狂っていきました。

こうした展開は、「イド」と「エゴ」が、つまりハワードとウェイクが同じ人間の別の側面であり、本来的には同一であるからこそ成立しているものに思えます。

結果的に「エゴ」が完全に「イド」に支配される状況に陥り、灯台の上に存在する禁断の「光」に手を伸ばしたハワードはギリシャ神話のイカロスの如く落下し、絶命するに至りました。

人間の心の中で起きる葛藤を灯台の「光」という抗いがたい1つの欲求を前に描くという面白い試みが『ライトハウス』では繰り広げられていたように思います。



男性らしさと女性らしさ

本作におけるイーフレイム・ウィンズローとトーマス・ウェイクの対立には、もう1つのコンテクストが見え隠れしています。

それは「男性らしさ」と「女性らしさ」といった2つの概念の対立です。

イーフレイムを演じたロバート・パティンソン「台本では灯台が直立した陰茎のように見えた。」とインタビューで語っていることから本作における灯台は男性器のメタファーとしても機能しています。

(C)2019 A24 Films LLC. All Rights Reserved.

また、物語の中で印象的だったのが、ウェイクが家事雑用といった前近代的な価値観で言うところの「女性の仕事」をイーフレイムに一貫して押しつけていた点です。

そんな中で、イーフレイムは「女性らしさ」を押しつけられるわけですが、そうした価値観に反発するかのように自慰行為に及び、そして男根のメタファーとして描かれている灯台を我が物にしようとします。

また、ウェイクに押しつけられた「女性の仕事」を拒否したり、放棄したりしようともしていました。

こうした行動は、イーフレイムにとって自分自身の「男性らしさ」を持ち続けるための抵抗だったのではないかと思います。

一方で、イーフレイムは過去に働いていた場所で同僚の男性と関係を持っていたり、嵐の夜のダンスのビジョンの中でウェイクにキスをしようとしたりしていました。

こうしたポイントを整理していくと、イーフレイムには「同性愛者」的な側面が少なからずあるのだと思います。

一方のウェイクは灯台のことを一貫して女性の人称代名詞で呼称していましたし、灯台を自分の支配下に置くことに快楽を感じているようでした。

それに加えてイーフレイムを「女性」のように扱い、「女性の仕事」を押しつけていたことからも、旧来的な「異性愛者」の男性像を体現しているように見えます。

こうした状況の中で、イーフレイムないしハワードは、嵐の夜にランタンの周りでダンスをしながら、ウェイクを抱きしめ、キスをしようとするのですが、その刹那に目を覚ましました。

(C)2019 A24 Films LLC. All Rights Reserved.

これは「同性愛」として読み解くこともできますが、個人的には、ハワードがウェイクによって「女性らしさ」に押し込められそうになったことに対する焦燥感を表現したシーンではないかと思います。

つまり、「男性らしさ」を維持したいと考えているイーフレイムが、ウェイクの支配下に置かれる「女性」になってしまうことを恐れたというわけです。

だからこそ、その後のシーンでイーフレイムはウェイクに首輪をつけ、犬のように扱います。

これは、自分自身を「女性らしさ」の枠に閉じ込めようとしてきたウェイクに対する抵抗であり、彼を支配下に置くことで自らの「男性らしさ」を証明しようとする行為でもありますね。

こうした一連の流れを整理してみると、イーフレイムには確かに「同性愛者」の側面がありますが、それが(当時の)社会で受け入れられない恥ずべきことであると自負しているために、必死に抑え込み、「男性らしさ」を維持しようとしていることが分かってきます。

本作の監督は、『ライトハウス』が描いたイーフレイムの欲求を「有毒な男性らしさ」であると表現していましたが、これがまさにそのことでしょう。

彼は灯台の「光」を手に入れる寸前で、転落し、ギリシャ神話におけるプロメテウスと同様の罰を受けることになります。

灯台が男根のメタファーとして描かれていることからも、灯台の「光」はイーフレイムにとって喉から手が出るほどに手に入れたい「男性らしさ」なのでしょう。

ナガ
しかし、灯台の「光」は言わば「空の器」のようなものなのだと思います。

(C)2019 A24 Films LLC. All Rights Reserved.

「光」に自分の欲望を投影し、そこに自分の欲するものが存在していると考えているのは、あくまでもイーフレイムの主観に他なりません。

イーフレイムは「女性らしさ」を自分に押しつけるウェイクが頑なに自分に触れさせようとしない灯台の「光」に自分の求める「男性らしさ」を投影していたのでしょう。

灯台というものは、遠くから見る船員にとっては「救い」の象徴です。しかし、近づけば近づくほどに、その効力を失う建物でもあります。

だからこそ、彼はいざ「光」を前にした時に、それが自分にとって何の救済にもならないことを悟り、笑いが止まらなくなります。

「男性らしさ」でもって自分の欲求を押さえつけることは、彼自身にとって何の救いにもならないのだと突きつけたわけですが、彼にとっての本当の「光」とは何だったのかを深く考えさせられるラストでした。

そんな性愛を巡る人間の心の葛藤を『ライトハウス』という映画は可視化していたようにも見えますね。



おわりに

いかがだったでしょうか。

今回は映画『ライトハウス』についてお話してきました。

ナガ
ロバート・エガース監督は前作の『ウィッチ』もそうでしたが、この手のゴシックホラーを取らせたら右に出る者はいないですね!

直接的に何か驚かせたり、怖がらせたりするような描写があるというよりは、心理的にじわじわと観客を不安にさせるような演出と作劇が絶妙だと思います。

今回の『ライトハウス』は、1.19:1という正方形に近い画角で撮影された映画ということもあり、登場人物2人が「半沢直樹」よろしく、とてつもなく近い距離感でやり取りをし、ぶつかり合います。

その迫力と画角が生み出す閉塞感が合わさり、唯一無二の異様な映画が完成してしまった様なそんな気がしました。

神話や民話からの引用もあり、掘り下げれば掘り下げるほどに味わい深い映画ですので、ぜひ多くの人にご覧になっていただきたいです。

今回も読んでくださった方、ありがとうございました。

 

関連記事