みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回は暑い夏にふさわしい爽やかなアニメ映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』についてお話していこうと思います。
テレビアニメ『四月は君の嘘』で知られるイシグロキョウヘイさんが監督を務め、さらには2人の主人公の声を歌舞伎役者の市川染五郎さんと女優の杉咲花さんが担当するという異質なアニメ映画。
物語は、市川染五郎さん演じる、人と付き合うのが苦手な俳句少年チェリーと、大きな前歯にコンプレックスを抱え、マスクで口元を隠す少女スマイルが心を通わせていくひと夏の青春ラブストーリーとなっています。
ストレスを抱えて夜な夜な「ストゼロ飲んで弊社への不満が湧き上がる」をしている社畜の私には、ちと眩しすぎて、見終わってから心がぐちゃぐちゃになってしまいましたが…。
また、本作はFlying Dogの設立10周年を記念して、制作されたアニメ映画であるということもあり、劇中の俳句でやたらと「フライング」という言葉を連呼してきます。
一方で、映画の出来栄えは抜群で、本当の意味で「今の青春ラブストーリー」を描けるクリエイターが出て来たぞ!とちょっぴり嬉しくなりました。
この動画では、この夏、絶対に映画館で『サイダーのように言葉が湧き上がる』が傑作である理由を5つのポイントからご説明させていただきます。
本記事は作品のネタバレになるような内容を含む感想・解説記事です。作品を未鑑賞の方はご注意ください。
良かったら最後までお付き合いください。
それではいきましょう!
目次
『サイダーのように言葉が湧き上がる』感想・解説(ネタバレあり)
①声だけで表情が伝わる杉咲花さんのボイスアクト
(C)2020 フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会
まず、この映画は目を瞑って、声を聴いているだけでも満足できてしまうほど、声優陣のボイスアクトが優れており、試写会のレビューを見ても絶賛だらけでした。
ただ、『サイダーのように言葉が湧き上がる』については、歌舞伎役者の市川染五郎さん、女優の杉咲花さん、そして脇を固める本職の声優陣と毛色の異なる役者のボイスアクトが見事なハーモニーを奏でています。
もちろん市川さんの演技も独特のテンポや雰囲気があって素晴らしかったのですが、それ以上に杉咲花さんのボイスアクトがバケモノでしたね。
彼女のボイスアクトは、すごく演技や表現の引き出しが多くて、感情表現が豊かでした。
そして、何といっても今作における杉咲花さんの演技を語る上で避けて通れないのが、彼女が演じたスマイルの設定です。
というのも、スマイルというキャラクターはマスクを常にしているので、アニメーションで表情を出しづらいんですよね。
口元というのは、人間の表情が一番見えやすいところなので、そこをマスクで隠してしまうというのは、アニメーション泣かせというか、演者泣かせというか…。
そんな中で、杉咲花さんの声がマスクの裏に隠れた表情をきちんと伝えてくれていたのは、本当に素晴らしいなと思いました。
毎週土曜日に『杉咲花のFlower TOKYO』を聞いて、癒されまくっている当ブログ管理人としても本当に大満足の出来栄えで、耳が幸せになってしまいましたね。
もう彼女の声を聴くためだけでも1900円払う価値がある映画なので、「朝ドラでファンになったよ!」なんて人は映画館に行っちゃってください。
②牛尾憲輔による劇伴音楽
(C)2020 フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会
本作は、映像や声優陣の演技モスあらしいのですが、それに加えてもう1つ注目していただきたいのが、劇半音楽です。
電子音を基調にした独特の音楽的世界観がある『サイダーのように言葉が湧き上がる』の劇伴は、舞台となっている郊外の独特な雰囲気を演出していました。
正直、かなり個性的で独創的な音楽だったので、いったい誰が手掛けたんだろうとスタッフクレジットを注視しておりますと、その「犯人」が分かりました。
その「犯人」というのが、牛尾憲輔さんです。
『ピンポン THE ANIMATION』や『聲の形』、『リズと青い鳥』などの劇伴を担当してきたことで有名で、アニメファンの間では非常に高く評価されているクリエイターです。
『リズと青い鳥』に音楽を提供した際のインタビューで彼がこんなことを言っていました。
北宇治高校のモデルとなっている学校を訪れて、音楽室のイスを叩いたり、窓をこすったり、生物室のビーカーをヴァイオリンの弓で弾いてみた音を収録しました。そして、学校にあるものから出る音を全体に散りばめていったんです。そうすることで、空間の残響が作れますし、ごく小さな音量で入れこむことで、彼女たちを〝モノ〟が見守る視点が表現できるかなと思って。
このお話からも分かる通りで非常に繊細な音作りに取り組まれている方なんですね。
今回の『サイダーのように言葉が湧き上がる』では、序盤は静かで、少し「寂しさ」すら漂わせるような劇伴が特徴的です。
牛尾憲輔さんの音楽は、音楽が前に出てガンガンとキャラクターの感情を表現したりというよりは、そこに「寄り添う」というニュアンスのほうが強いと思っています。
登場人物たちが抱える秘めた孤独であったり、コンプレックスに対する複雑な感情であったり、に優しく寄り添うような音楽。
そして巨大なショッピングモールが支配する郊外の独特な風景を演出する音楽。
そんな中で、サウンドトラックで言うと「#Kawaii!!」という9つ目のトラックは、劇伴音楽が登場人物の感情にピッタリとマッチし、物語が動き出す予感を感じさせてくれるものになっています。
このトラックに至るまでの楽曲がかなりシンプルで、ローテンポだったのに対して、このトラックはアップテンポでかつ重層的な響きが特徴で、これまでの音楽とは一線を画していました。
こうした緩急のつけ方といいますか、「何かが始まる予感の訪れ」を音楽で表現するあたりは本当にさすがの一言です。
他にも前半と後半の音楽的な対比は非常に面白くて、例えばサウンドトラックの1番目のトラック「Soda Bottle Boy」と11番目のトラック「Words Bubble Up Like Soda Pop」は同じメロディラインなんですが、後者の方がアップテンポで、より楽器の重なりが強調されています。
こうしたより多くの楽器の音色を重層的に響かせることによって、『サイダーのように言葉が湧き上がる』の物語において、より多くのキャラクターの物語が重なり始めたことを強調しているわけです。
そして、物語のいわゆる「転」の部分に突入すると、また楽曲の雰囲気ががらりと変わり、終盤に入ると、音楽はまた静かなものへと戻っていきます。
終盤のスマイルやチェリーの感情が溢れ出すところでは、あえて音楽を控えめにすることにより、アニメーションやボイスアクトによる感情の爆発を強調するわけですよ。
このように牛尾憲輔さんの劇伴は、物語の主役にもなれるし、感情表現に寄り添うサポートに徹することもできるし、演出面で重要な役割も果たせるし、とまさしくポリバレントな音楽なのです。
③スマホやSNS演出の巧さ
ここからは『サイダーのように言葉が湧き上がる』の演出的な巧さについてお話していきます。
今作において、特に注目していただきたいのは、やはりスマートフォンやSNSを使った演出でしょう。
近年制作された多くの映画がスマートフォンやSNSといった要素を取り入れようとはしているのですが、演出的・物語的に巧く機能させられている作品って意外と多くないんですよね。
特にSNSの描写については、本当にレベルの低い作品が多くて、クリエイターの世代と今の若者世代のギャップを感じさせられることもしばしばです。
そんな中で今作『サイダーのように言葉が湧き上がる』は、ものすごく自然にそうした要素を物語や演出の中に落とし込むことに成功していました。
(C)2020 フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会
「分割画面」の演出は、クエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル』なんかが有名ですが、2つの出来事が(別の場所で)同時に起きていることを観客に理解させるために使われます。
『サイダーのように言葉が湧き上がる』では、この「分割画面」を青春映画によくある「キャラクターたちが心を通わせて、関係を発展させていくパート」に使用していました。
青春映画におけるこのパートは、基本的にデートシーンを映し出したり、キャラクターたちの学校での日常生活を映し出したりと1つの画面に、スポットを当てたいキャラクターたちを収め、同じ時間を同じ場所で過ごしていることを強調することが多いんですよね。
しかし、今作ではスマイルとチェリーを分割した別々の画面に収め、同じ空間を共有することはありません。
ここで、活きてくるのがスマートフォンないしSNSです。
2人は別々の場所にいるのですが、SNSやライブ配信アプリを通じて「いいね」を送りあっているんですよ。
そのため、チェリーが自分のスマホから「いいね」を押すと、別画面のスマイルのスマホに通知が表示されるという具合に、画面の区切りを超えた「つながり」が可視化されるようになっています。
こうした離れた場所にいても、同時性が担保され、登場人物の関係性が深まっていくという現代のスマホが普及した世界における「恋愛」を演出レベルにまで落とし込んで描ききったのは本当にすごいなと思いましたね。
記事の冒頭にも書きましたが、本当の意味で「今の青春ラブストーリー」を作れるクリエイターが出てきたな!と感慨深いものがありました。
④映像の隅々まで散りばめられた「タギング」
今作『サイダーのように言葉が湧き上がる』の物語における1つのキーワードが「タギング」です。
皆さんはこの言葉ご存じですか?当ブログ管理人は、映画を見るまで知りませんでした。
「タギング」は、街のあちこちに見られるスプレーペンキで描かれた落書きの一種で、特に個人や集団のマーク(目印)とされるものを描いて回る行為のことを指します。
本作を見始めると、いきなり衝撃を受けると思いますが、映像のあちこちにこの「タギング」が施されているんですよね。
ビーバーというキャラクターが、主人公のチェリーの詠んだ俳句をスプレーアートにして、街中の描いて回っているのですが、物語の序盤時点では特に演出的な意図は見えません。
あくまでも、ただそこに「言葉」があるだけなんですよね。
ビーバーの日本語的な誤りを多分に含んだ俳句のタギングたちは、誰にも届くことはないけれども、そこにある「言葉」として、映像に内包されています。
ビーバーのタギングが、チェリーに対するメッセージとして機能するだけでなく、彼の日本語に含まれる「誤り」までもが、意味を持って昇華されるのです。
こうした意味を持たない、そして誰にも届くはずのなかった、そこに存在していただけの言葉が、物語の後半に意味を持って、誰かに届くという作品のテーマを体現する演出に思わず胸が熱くなりました。
また、この「タギング」を脚本における「伏線」として活かしていたのも面白かったですね。
(C)2020 フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会
特に花火のアートがあしらわれた時計をデイサービスセンターの事務所に目立つように配置しておき、観客に「何の意味があるんだろう?」と勘ぐらせておき、その意味が終盤に分かってハッとさせられるという構成には感動しました。
レコードの裏面が、花火であると判明したいたときに、私たち観客の中で「あ、あれじゃん!」という発見と驚きが、物語を先行するんですよね。
その他にも本作『サイダーのように言葉が湧き上がる』の映像を隅々まで目を凝らしてみていくと、非常に面白い発見がありますので、ぜひ注目してみてください。
⑤あまりにも見事すぎたラストシーンの演出
(C)2020 フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会
そして、最後にお話したいのが、終盤のチェリーの告白シーンですね。
最近「ファスト映画」が摘発されて、引用の要件がシビアになっているらしいので、きちんと説明しておくと、公式が出している「スペシャルPV」からの引用です。
左にいるのが今作のヒロイン、スマイルで右のやぐらの上にいる男の子がチェリーです。
チェリーってあだ名、絶対「チェリーボーイ」だからつけられてるじゃん!
作品を見ながら内心で笑っていたのですが、苗字が「佐倉」だから「チェリー」らしいですね。これはちょっと可哀そう(笑)
このシーンの演出が素晴らしいのは、群衆の使い方です。
映像の左側で花火が上がっていて、群衆はみんなそっちに気を取られています。
そんな状況で、やぐらの上からチェリーが愛の告白をし、それを聞いているのはスマイルただ1人。
それは、この作品の中で何度も登場したTwitterのようなSNSやライブ配信アプリと対比するためだと思います。
SNSやライブ配信アプリでは、個人が特定のだれかに向けてではなく、全世界に向けて情報を発信することができますよね。
つまり、この世界の全員に呼びかけているという風にも解釈できるし、逆に言うと、誰にも呼びかけていないとも解釈できるのです。
映画の中で、チェリーはTwitter的なSNSに自分の作った俳句を投稿していました。
ただ、不特定多数に向けて発信して、あわよくば誰かが自分の俳句を見てくれたら良いな!くらいにしか思っていません。しかも「いいね」を押してくれているのは、母親だけ。
母親にTwitterの垢バレするのは、正直死より辛いですよね。両親にパロディAVをレビューしていることがばれた私が言うので間違いないです(笑)
閑話休題、彼は誰かに伝えたくて、俳句を発信しているわけではありません。
作って書き込んで、そこで満足しているだけ。こんなのほとんどオ〇ニーに近い。
彼は自分の言葉や思いを発信しているけれども、誰にも伝えようとしていませんでした。
そんなチェリーが、ラストシーンではやぐらの上から、群衆の中にいるたった1人、スマイルに向かって愛の俳句を詠み上げています。
SNSの不特定多数に向けて何となく発信していた俳句と、たった1人に思いを伝えるために詠む俳句。
その違いが、この告白シーンで、明確に対比されているのです。
しかも、スマイルは斜に構えて「俳句なんて文字芸術なんだからわざわざ声に出して読む必要なんてない」とまで言っていたのに、この時ばかりは言葉が溢れ出していました。
まさに「サイダーのように言葉が湧き上が」っているのです。
劇中で登場させてきたSNSやライブ配信アプリを活用した演出を、このラストシーンで対比的に活かし、さらに物語のテーマを昇華させてきたのは本当にお見事でした。
おわりに
いかがだったでしょうか。
今回は映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』についてお話してきました。
当ブログ管理人は、杉咲花ファンということもありますが、本当に彼女のボイスアクトは圧巻ですので、これを聞くだけでも1900円払う価値があると思います。
また、ここまでにも書いてきましたが、スマートフォンやSNSを物語や演出に落とし込む技術が卓越しており、そういう視点で見ても本当の意味で「今の青春ラブストーリー」が実現したなと感じました。
ぜひとも、多くの人に届いてほしい作品ですね。
今回も読んでくださった方、ありがとうございました。