『たまこラブストーリー』解説・考察:アニメ史に残る伝説の告白シーンを深く味わう10の視点(ネタバレ)

みなさんこんにちは。ナガと申します。

今回はですね映画『たまこラブストーリー』についてお話していこうと思います。

ナガ
当ブログ管理人のオールタイムベスト映画TOP10のうちの1本です!

これまでに50回以上見返してきましたが、見るたびに新しい発見がある作品だと思います。

本作『たまこラブストーリー』は、『聲の形』『リズと青い鳥』などで知られる山田尚子監督が手がけた青春ラブストーリーの金字塔です。

全編名場面と言っても過言ではないくらいに、語りたいシーンだらけのこの映画、語り口も無限大にあることでしょう。

そんな中で、今回は作品の中盤にある河原での告白シーンに絞って、その演出や映像表現の素晴らしさを自分なりに10の観点からお話してみようと思います。

ぜひ、これから作品を見たり、見返したりするときの参考にしていただけると嬉しいです。

本記事は一部作品のネタバレになるような内容を含みますので、作品を未鑑賞の方はお気をつけください。

良かったら最後までお付き合いください。




『たまこラブストーリー』の告白シーンを深く味わう10の視点(ネタバレ)

①なぜ水面に映るたまこともち蔵を捉えたのか?

この告白シーンの舞台となる河原での最初のカットは、水面に映るたまこともち蔵でした。

©京都アニメーション/うさぎ山商店街

注目したいのは、水面に映る2人が逆向きに見えるようになっている点です。

こうした観客の方向感覚の意表を突くカットは、そこから続く物語が軌道から外れたものになるという予感を漂わせる効果があると言われています。

有名どころだと『地獄の黙示録』のファーストカットが同様の上下逆さまアングルで主人公の顔を捉えるものでした。

(C)2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHTS RESERVED.

そう考えると『たまこラブストーリー』の河原での告白シーンが、逆さまのたまこともち蔵で始まるのは、2人の関係性がこれまでとは違うものになるという暗示になっているのだと思います。

幼馴染として幼少のころから一緒に過ごした2人の関係が変化する潮目を迎えようとしていることを映像で仄めかす映像的な演出が効いていました。

 

②なぜ飛び石は亀の形をしているのか?

次に注目していただきたいのが、告白の舞台となる飛び石の形です。

©京都アニメーション/うさぎ山商店街

これは、鴨川デルタに実際に存在する飛び石をそのまま劇中のモチーフとして持ち込んだものなのですが、とある生き物の形をしています。

ナガ
実は、よく見ると「亀」の形になっているんですよね!

山田尚子監督が手がけたアニメ『けいおん!』シリーズでも「亀」が学校の中にモチーフとしてあしらわれていました。

階段のところに「亀」のモチーフがあしらわれていて、劇中のキャラクターたちが階段を降りるときに、それに触れるカットも用いられていたように思います。

「亀」は、一見すると進歩なく、その場に止まっているように見える生き物ですが、確かに自分のペースで一歩一歩前へと進んでいるのです。

ナガ
『けいおん!!』の第8話でも主人公の唯と亀を重ねるエピソードが描かれましたね!

『たまこラブストーリー』においても、そんな「亀」の歩みが、これまで、そしてこれからのたまこともち蔵の関係性の変化や進展の暗示になっているのではないかと個人的には考えています。

なかなか進展せず、じれったい。でも確かに少しずつ彼らのペースで前に進む。

たまこともち蔵の関係性を象徴するモチーフだったと思います。

 

③なぜ俯瞰と主観のアングルを織り交ぜているのか?

そして、いよいよ2人が飛び石へと移動していき、告白の瞬間へと向かっていきます。

ここで注目したいのが、アングルです。

というのも、ここからの映像は俯瞰のアングルと、キャラクターの視線に重なる主観に近いアングルが織り交ぜられた編集になっています。

では、それぞれのアングルにどんな効果があるのでしょうか。

まず、俯瞰のアングルは安定していて、2人が置かれている状況全体を捉えることができますよね。

©京都アニメーション/うさぎ山商店街

広角レンズで撮影したような映像は、手前に見切れる川の堤防、飛び石とそこにいるたまこともち蔵、その奥の橋の距離感が対比され、広い範囲を捉えています。

このアングルないしショットは、後の登場人物の「動線」の演出で活きてくるので要注目です。

一方で、主観のアングルは、登場人物の視線に重なっていることもあって、見える範囲が狭く、さらに手持ちカメラで撮影されているかのような映像になっているので、微妙に「揺れ」があるんです。

©京都アニメーション/うさぎ山商店街

この対比の効果として挙げられるのは、後者の主観のアングルとそれに伴う「揺れ」が強調されることでしょうか。

俯瞰のアングルをベースにして、そこに視界が狭く、かつ不安定な主観の映像を織り交ぜることで、後者の不安定さがすごく際立つんですよね。

もちろん後者は登場人物の視線を表しているので、それを強調することで、たまこともち蔵の感情の揺れや戸惑いを表現しているということになります。

また、山田監督は頻繁にアングルやカットを切り替える編集にしていて、表情、手元、足元とキャラクターの一部を切り取るようなカットを繋いでいくのです。

彼女は過去に「彼女は動く足には心情が宿る」という内容をインタビューなどで語っていて、表情以上に登場人物の身体が「物語る」という点を意識しているように思えます。

そのため、この断片的な映像の連続性によって、全体像をあえてぼかして見せる手法は実写的なアプローチとも言え、山田監督らしい演出と言えるのです。

 

④なぜ望遠レンズ風の背景をぼかした映像を多用しているのか?

撮影の観点で見るときにもう1つ注目していただきたいのが、遠景のぼやけ方です。

©京都アニメーション/うさぎ山商店街

先ほどご説明した登場人物の主観の映像の方では、基本的に望遠レンズで撮影したようなカットが多用されています。

画角を狭くし、さらに焦点距離を長くして、手前の人物がくっきりと、逆にその背景がぼやけるようなカットになっているのです。

これについては、山田尚子監督が公式サイトに掲載されているインタビューで「ラブストーリーは望遠かな」と答えていたことにも繋がるのではないでしょうか。

つまり、周りの風景がぼやけて、自分が好意を寄せている目の前のその人しか見えなくなるという心理状態を可視化したものだと捉えることができますね。

とりわけこの種のカットは、もち蔵の視界とカメラが重なるときに使われていて、告白の瞬間が近づくにつれて、徐々にもち蔵の視界の中でたまこ以外の景色がぼやけていく感覚が見事に映像に反映されていました。

 

⑤なぜもち蔵が告白の決意をすると風が吹くのか?

もち蔵がいよいよ告白の決意をするカットで、2人の髪を揺らすように風が吹きます。

©京都アニメーション/うさぎ山商店街

実は、山田尚子監督の作品において風は非常に重要です。

映画『けいおん!』の終盤に、屋上で卒業生組4人が肩を組んでいるシーンがあります。

(映画『けいおん!』より引用)

ここで突然風が吹いてきて、唯が空を見上げるんですね。

で、この時、主人公の唯は、物語を通じて悩んでいた後輩である梓に贈る歌に対する自分なりの答えを見つけます。

つまり、山田尚子監督は登場人物の考え方の変化を、「風向きの変化」に準えているのだと思います。

『たまこラブストーリー』でも、告白をためらうもち蔵の心情が、風が吹いて変化し、一転して告白の決意をするという流れになっていました。



⑥なぜもち蔵の告白前に2人のポジションが入れ替わるのか?

告白する直前に、たまこが、もち蔵の横を通り過ぎ、2人の立ち位置が変わりましたよね。

©京都アニメーション/うさぎ山商店街

『たまこラブストーリー』のオープニング前のたまこともち蔵の関係性を描いた一連の映像を少し思い出してみてください。

ご覧いただけるとわかりますが、基本的にこの2人の立ち位置は、画面向かって左側にもち蔵、右側にたまこ、これがホームポジションなんですね。

©京都アニメーション/うさぎ山商店街

そして、この位置関係は物語の前半パート全体で踏襲されています。

例えば、2人が夜に糸電話で会話をするシーンがありますが、この時も、カメラが左側にもち蔵、右側にたまこという位置関係になるように2人を捉えていました。

ですので、告白の直前に、たまこがもち蔵の右側から左側へと移動するという動線には、2人の幼馴染でお隣さんという関係性が変化する予感を漂わせる効果があります。

一方で、本作の最後の京都駅でのたまこからの告白シーンでは、たまこが左側、もち蔵が右側と2人の関係性が変化したことが、その位置関係で明確になっているのです。

こうした人物の動線を使ったアプローチは実写映画でも多用されていて、有名なのはジェーン・カンピオン監督の『ピアノレッスン』でしょうか。

(映画『ピアノレッスン』より引用)

広角レンズで捉えた海の広大な景色の右側にピアノと主人公のエイダとその娘フローラがおり、左から歩いて来ている男性はベインズで、彼は後にエイダと惹かれ合うことになります。

2人の「出会い」の場面でもあるこのシーンでは、2人の物理的距離が心の距離に準えられ、そして徐々にエイダの方へと近づいていくべインズの動線が2人の距離が近づいていく物語の展開の暗示になっていました。

こうした動線を使ったキャラクターの心情や関係性の描写は山田監督の十八番でもあり、京都アニメーションが得意としている演出でもあります。

『響け!ユーフォニアム』の第2シーズン第10話の久美子が明日香にあきらめないでほしいと叫ぶシーンでも、この動線と位置関係の変化を用いた演出が用いられていました。

こちらもぜひチェックしてみてください。

 

⑦なぜたまこは手に持っていた石を落とすのか?

そして、2人の立ち位置が入れ替わった時に、たまこはバランスを崩し、もち蔵に支えられます。

で、この時、たまこは手に持っていた石を川の水の中に落としましたよね。

©京都アニメーション/うさぎ山商店街

こうした身に着けていたものや持っていたものが身体から離れるという演出は非常に重要な意味を持っていることがあります。

有名なのは『スターウォーズ 帝国の逆襲』で、ルークが腕をダースベイダー切断されて、手に持っていたアナキンのライトセーバーを失うシーンです。

このシーンでは、ルークが父親であるアナキンに対して持っていた「正義の士」というイメージがライトセーバーに投影されていました。

しかし、シスの暗黒卿ベイダーこそがアナキンであり、彼の父であるという事実が判明し、ルークは「正義の士」としての父のイメージと共に、父のライトセーバーを身体から切り離される形で失うのです。

話を戻しますと、たまこはこの石をお餅に見立て、それを見ながら母親と過ごした幼少期のことを思い出していました。

ですので、たまこにとってこの石は、母親との温かな思い出を象徴するモチーフなのです。

つまり、そんな石を手放すという描写は、たまこの「親離れ」、つまり彼女が大人になろうとしていることを表しているのではないでしょうか。

 

⑧なぜ告白の時に一瞬映像のピントが合わなくなるのか?

さて、いよいよもち蔵が「めちゃくちゃたまこが好きだ。」と告白します。

この時、一瞬だけカメラのピントが合わなくなるようなエフェクトが加えられていたことに気がつきましたか。

山田尚子監督は『リズと青い鳥』のみぞれ覚醒シーンでも同様の演出を取り入れています。

この時は、みぞれの覚醒に動揺し、思わず涙がこぼれそうになる希美の視界を、時折映像のピントが合わなくなるという形で表現していました。

これまでの世界がその形を変えてしまう、当たり前だったものが崩れていく。

そうした感覚を山田監督は「世界の輪郭をぼやかす」ことで表しているのです。

『たまこラブストーリー』では、たまこやもち蔵の不安や戸惑いが、映像がブレたり、ピントが合わなくなるというエフェクトに投影されていましたね。

 

⑨なぜもち蔵の告白シーンは横顔で展開されるのか?

©京都アニメーション/うさぎ山商店街

そして、いよいよもち蔵が告白する瞬間を迎えるわけですが、ここでも山田監督らしい演出がさく裂しています。

というのも『たまこラブストーリー』では、もち蔵の告白に戸惑うたまこの表情を横顔で捉えていたのです。

山田尚子監督の作品では、今や横顔のショットは定番ですが、彼女は登場人物の感情が強く表出するシーンで横顔を用いていると言われます。

例えば『聲の形』のクライマックスで、将也が硝子に「きみに生きるのを手伝ってほしい」と告げる名シーンがありますが、この時も2人の表情の大半を「横顔で」捉えていました。

山田監督は、横顔で映し出すことで、登場人物の表情全体が見えなくなり、視覚的な情報が少なくなるため、その余白を埋めようとする観客の心理が働くのではないかという演出意図を明確にしています。

感情が溢れ出すシーンで、あえて感情の一部(表情の一部)が見えなくなるようなカットを選ぶという、一見相反するものの組み合わせが独特の効果をもたらしているわけです。

ちなみにこの告白シーンでは、横顔で描いたことによって、2人の視線がよく見えるようになっていますよね。

視線の可視化とたまこの瞳孔の揺れを組み合わせることで、これまで幼馴染として見てきたもち蔵という存在が彼女の中で大きく変化しようとしていることがはっきりします。

つまり、今まで通りにはもち蔵のことを見れなくなってしまうという彼女の戸惑いが表現されているのです。

 

⑩なぜたまこは告白された後に水の中に落ちるのか?

最後に、たまこがもち蔵に告白された後に水の中に落ちてしまうカットについてお話します。

©京都アニメーション/うさぎ山商店街

私はこのシーンを見たときに、「とある絵画」を思い出しました。

それが、ダリの『海の皮膚を引きあげるヘラクレスがクピドをめざめさせようとするヴィーナスにもう少し待って欲しいと頼む』というラノベのタイトルにありそうな絵画です。

海の底で眠るクピドを、その母親であるヴィーナスが起こそうし、それをヘラクレスが制止している一幕を描いています。

この絵画において、海は羊水のメタファーだと言われていますね。

ですので、クピドを海、つまり羊水の中にまだいさせてあげようと制止するヘラクレスを描くことで、ダリは人間の胎内への回帰願望を表現したと言われています。

これに準えて考えると、たまこが水の中に留まろうとするのは、彼女がまだ「大人」になる準備ができていないからではないでしょうか。

そんな水ないし羊水の中から、彼女を引き上げるのは誰か。

もちろん、もち蔵です。

©京都アニメーション/うさぎ山商店街

ですので、彼との恋愛が、たまこにとっての「大人」になるためのイニシエーションになるであろうことが、ここで予見されるようになっていたのです。

また、キリスト教の世界に「洗礼」という儀式があります。

これは、水が「羊水」のモチーフであることに関連した儀式で、水を頭からかけることで、キリスト教徒として罪を赦され、生まれ変わるという意味合いが込められているとも言われますね。

ただ、この洗礼の儀式、かつては「全身を水で浸す」という方式で行われていたとされています。

そうした視点を組み合わせて考えてみても、やはりこの水に落ちる演出はたまこの「誕生」を表現していると見ることができるのではないでしょうか。



おわりに

いかがだったでしょうか。

今回は映画『たまこラブストーリー』の告白シーンを10の観点から自分なりに紐解いてみました。

ほんの5分ほどのシークエンスですが、そこに様々な映像表現や演出が込められていることが分かりますし、山田尚子監督らしさを凝縮した5分とも言えるでしょう。

このシーンで用いられていた表現や演出は、彼女の前作である映画『けいおん!』から引き続きなものもありますし、逆に以降の『聲の形』『リズと青い鳥』に継承され、進化していったものもあります。

物語や主題性、女性の描き方という視点もそうですが、こうしたアニメーション的な部分で、彼女の作品がどのような流れで繋がっているのかを考えてみるのも面白いのではないでしょうか。

ぜひ、映画『たまこラブストーリー』の告白シーンを改めて見返してみてください。

今回も読んでくださった方、ありがとうございました。

 

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