アイキャッチ画像:©2016 A24 Distribution, LLC from “moonlight” official trailer
目次
はじめに
みなさんこんにちは。ナガと申します。
いよいよ3月31日に公開を控えた本年度のアカデミー賞作品賞受賞作品である映画「ムーンライト」ですが、みなさんもう予告編はご覧になりましたでしょうか?私は、予告編映像を見て、あまりの映像美に思わず涙がこぼれそうになりました。
映像に他の映画作品とは明らかに違う何かが無かったでしょうか・・・?何というか映像だけで見る者の心を揺さぶるような何かがそこにはありませんでしたか・・・?と、この映像の美しさを表現しようとしても自分の感情論ばかりの抽象的な議論しかできそうもないので、思い切ってここは徹底的に調べてやろうと思いまして、海外のサイトや文献何かを漁りながら、いろいろと勉強してみました。
今回は、そんな映画「ムーンライト」の映像に隠された秘密を理論的・技術的な面から解説してみたいと思います。
本編の内容に関するレビューは下にリンクを掲載しておきます。良かったら。
参考:【解説・考察】映画「ムーンライト」この映画は日本では受けない?
概要・あらすじ
マイアミを舞台に自分の居場所とアイデンティティを模索する少年の成長を、少年期、ティーンエイジャー期、成人期の3つの時代構成で描き、第89回アカデミー賞で作品賞ほか、脚色賞、助演男優賞の3部門を受賞したヒューマンドラマ。マイアミの貧困地域で暮らす内気な少年シャロンは、学校では「チビ」と呼ばれていじめられ、家庭では麻薬常習者の母親ポーラから育児放棄されていた。そんなシャロンに優しく接してくれるのは、近所に住む麻薬ディーラーのフアン夫妻と、唯一の男友達であるケヴィンだけ。やがてシャロンは、ケヴィンに対して友情以上の思いを抱くようになるが、自分が暮らすコミュニティではこの感情が決して受け入れてもらえないことに気づき、誰にも思いを打ち明けられずにいた。そんな中、ある事件が起こり……。母親ポーラ役に「007」シリーズのナオミ・ハリス、麻薬ディーラーのフアン役にテレビドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」のマハーシャラ・アリ。プロデューサーとしてアカデミー賞受賞作「それでも夜は明ける」も手がけたブラッド・ピットが製作総指揮。本作が長編2作目となるバリー・ジェンキンスがメガホンをとった。
(映画com.より引用)
まず、特筆しておくべき点は、本作はシャロンという人物の成長を幼少期、10代、成人期の3つの時期に分けた構成になっている点ですね。そして、彼の成長には、親友であるケヴィンが大きく関わってくることになります。
人種やセクシュアルマイノリティといった点に踏み込んだ作品でありながら、それを超えたもっと普遍的な愛の感情が描かれた物語になっているということで世界中で大絶賛されています。
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マイアミという都市について
本作の舞台となっているマイアミという都市についてまず解説しておきたいと思います。皆さまはマイアミと聞いて何を思い浮かべますでしょうか?私の場合はマイアミビーチが真っ先に思い浮かびますね。確かにマイアミは世界的に見ても大規模な観光都市です。しかしその一方で商工業都市や港湾都市、そしてキューバに近いという地理的条件ゆえに軍事都市としての側面も持ち合わせています。
住民の人種的な割合を見ても、ヒスパニック・ラテン系が6割以上を占めていて、アフリカン・アメリカンが2割、そしてその他という構成になっているようです。
治安が悪い都市として世界的に有名でしたが、近年は改善傾向にあるそうです。一方で北部・北西部では依然として住民の貧困率が高く、マイアミの人口の3割近くが貧困戦以下の生活を送っているという現状もあるようです。
本作「ムーンライト」の監督であるバリー・ジェンキンスもマイアミ出身で、彼はマイアミのことを青々とした熱帯の草木や明るいパステルカラーの空と海に囲まれたマイアミの貧困地区のことを「美しい悪夢」だと評していました。そして、本作ではそんなマイアミの「美しい悪夢」をよりエモーショナルに表現するために数多くの趣向を凝らしているということです。
ここからはそんな「ムーンライト」の映像美に秘められた美しさを解説してみたいと思います。
シネマカメラ
本作に用いられたシネマカメラは「アレクサXT」というモデルのデジタルシネマカメラです。そしてアップル社のProResコーデックによる映像及び音声収録を行っています。
このデジタルシネマカメラは、ハリウッドのブロックバスター映画では主流になっているモデルで高級感のあるフィルムライクな映像を撮影することが可能だそうです。
このシネマカメラを選んだ理由の最たるものとして、スタッフは自分たちが求めている肌の「色合い」や「質感」に最も近い映像を表現することができたからという点を挙げています。
詳しくは以下のリンクからご覧ください。
レンズ
本作に使われたレンズは、Hawk V-Liteというアナモフィックレンズであったことが明かされています。独特のボケ味や奥行き感を表現することができるレンズという点を売りにしている商品です。
アナモフィックレンズというのは映画用フォーマットであるシネマスコープ映像を撮影するために開発されたレンズのことです。
本作「ムーンライト」で撮影を務めたジェームズ・ラクストンは、このレンズを選んだ理由に関して、次の2点を挙げています。1つ目は、自分の求めるシャープで、コントラストのはっきりとした映像を撮影することができる点です。そして2つ目はワイドなスクリーンでの映像作品にすることで、登場人物の孤独をより一層際立てられると考えたという点を挙げています。
アナモフィックレンズに関しては以下のリンクからご覧ください。
カラーマネジメントモニタ
本作では、Rec.709と呼ばれるカラーマネジメントモニタという機材が使われたことをスタッフが明かしています。この機材を製作用のモニタに導入することで、撮影の段階から常に映像編集時に利用されるマスターモニタと同じ色基準で作業ができるようになり、作業を効率化できるということですね。
現代の映画界では映像のコントラストを抑える手法がトレンドになりつつありますが、本作「ムーンライト」の撮影監督であるジェームズ・ラクストンはあえてそんなトレンドに逆行して、強烈なコントラストが効いていてかつ鮮明な映像が撮りたかったということでこの機材を導入したそうです。
そういう性質を持つので、この機材を好まない撮影監督も多くいらっしゃるそうですね。
照明
今作の照明には、LiteGear’s LiteMatsというモデルが使われたそうです。これはLED照明を用いた映画やテレビ用に使われている照明装置ですね。
「ムーンライト」における室内のシーンではこのモデルの中でもLiteMat4という製品が使われています。
ナオミ・ハリス演じる母親のこのシーンでは寝室にピンク色のLiteMatを設置して、開いているドアから光が覗くようにして、撮影したことを明かしています。
©2016 A24 Distribution, LLC from “moonlight” official trailer
また、室内のシーンのいくつかでは、この照明装置であるLiteMatに漂泊していない状態の綿モスリン(木綿を平織にした薄地の織物)をかぶせて撮影したということで、これが暖かで、柔らかみのある照明効果を生み出しています。
©2016 A24 Distribution, LLC from “moonlight” official trailer
一方で、野外で撮影されたこの印象的な海のシーンでは、マイアミに照り付ける太陽の光のみで撮影されたことも明かしており、そういった細かな照明の使い分けが、美しい映像表現に一役買っていることは自明ですね。
©2016 A24 Distribution, LLC from “moonlight” official trailer
LiteMatに関しては以下のリンクからご覧ください。なお英語のページになります。
色彩
本作「ムーンライト」において監督のバリー・ジェンキンスやジェームズ・ラクストンが最もこだわったのが、色彩の演出ですね。そして、この点に関してはカラーリストのアレックス・ビッケルと言う方を登用して映像のコンピューター処理を担当してもらっています。
参考:【ネタバレあり】『アメリカンスリープオーバー』解説と考察:ジェームズ・ラクストンの映像が光る傑作!!
その中でも特にこだわりが強かったのが、登場人物、つまり黒人の「肌の色」なんですね。
そして、カラーリストのアレックス・ビッケルさんが行った3つのステップというのが、以下になります。
①中ぐらいの色合いの部分から色彩情報を抜き出して、そこから濃くてかつ厚みのある色を生み出します。これにより色彩のコントラストが一層強烈になります。
②黒人の肌や他の黒い要素の色彩に青色を加えます。これによって黒色が一層映画映えするようになります。
③光の反射を取り出します。これにより反射がなくなり、黒人の俳優陣の肌の色と質感がより一層鮮明になり、映像で見ると白く輝いているようにすら見えます。
©2016 A24 Distribution, LLC from “moonlight” official trailer
これが映画「ムーンライト」の映像美の最大の秘訣といっても過言ではないでしょう。
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そしてもう一つの大きな色彩演出のこだわりというのは、本作は主人公シャロンの成長を3つの時期に分けて描いていると最初に書きましたが、その時期ごとに3つの異なる色彩演出を施しているんですね。本作はすでに挙げた通り、デジタル撮影にはなるんですが、カラーリストの技術によってフィルム撮影の模倣的な演出を施しているんです。しかも、3つの時期ごとに異なるフィルムの模倣を施しているので脱帽です。
(つまり、いろいろな映画用品メーカーのフィルムの内で、本作の作風に合うものをチョイスして、デジタル撮影でありながら、人工的にフィルム撮影風の映像を作りあげているんですね。そしてその際にフィルムの特徴を反映させているわけです。)
幼少期:フジフィルム
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暖かみがあって、肌の質感をより引き出せるのが特徴です。
10代:アグファフィルム
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これは古くに廃業されてしまったドイツのフィルムメーカーのフィルムなのですが、画面の明るい部分にシアン(青緑色)を加える事ができるという特徴を持っているそうです。
成人期:コダックフィルム
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アメリカに拠点を置く世界最大の写真用品メーカーの製品で、控えめになることなく、映像にポップさと輝きを付与できる点がメリットだということですね。
このように異なるフィルムを模倣した演出が成されていることも、映像美に一役買っていますし、何より3つの時期で映像のトーンが変化するという点に着目すると興味深く映画を楽しむ事ができるのではないかと思います。
まとめ
今回は映画「ムーンライト」の映像がなぜこんなにも美しいのかということについて自分なりに調べたことを解説してみました。今回調べてみて、映画への興味が自分の中で一層増したことを感じています。
映画本編のプロットだけに注目するのではなくて、今回挙げたような映像技術の工夫に注目するとよりこの「ムーンライト」という映画を味わえるのではないかと思います。
今回も読んでくださった方ありがとうございました。
私が今回参考にさせていただいた記事は以下に参考文献としてリンクを掲載させていただきますので、英語の記事にはなりますが、良かったら読んでみてください。
参考文献
・FILMMAKER:A One-Camera Show: DP James Laxton on Moonlight
・Vogue:Moonlight’s Cinematographer on Filming the Most Exquisite Movie of the Year
上記サイトも参照してみてください。
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