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目次
はじめに
みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回はですね映画『イット カムズ アット ナイト』についてお話していこうと思います。
本記事は作品のネタバレになるような内容を含む解説・考察記事となっております。その点をご了承いただき、作品を未鑑賞の方はご注意ください。
良かったら最後までお付き合いください。
『イット カムズ アット ナイト』
あらすじ
どこかの森に佇む一軒の家。
そこではポール一家がひっそりと暮らしていた。
彼らは世界に蔓延したとされる謎の感染症(それ)から逃れるようにして暮らしていたのでした。
感染してから数日が経過しなければ症状が現れないという「それ」の特性もあり、家族は外からやって来る人や動物に対してただならぬ猜疑心と警戒心を持っていた。
そんなある日、1人の男がポールの家に侵入する。
ポールがその男を捕らえ、事情を聴いたところ、どうやらその男はウィルという名前で、自分の妻と息子のために水や少量を探していたのだという。
彼は悩んだ末に、ウィルと名乗る男を信じようと決意し、彼の家族を自宅へと招き、共に暮らすこととなる。
訪れた穏やかで幸せな日々を送る2つの家族。
しかし、ある夜、開錠厳禁とされていた外に通じる赤い扉が開いてしまっていたという事件が起き、そこから徐々に歯車が狂い始めていく。
狂気と疑念が入り交じる心理スリラーの秀作である。
スタッフ・キャスト
監督を務めたトレイ・エドワード・シュルツは、前作の『クリシャ』で第26回ゴッサム・インディペンデント映画賞にてビンガム・レイ・ブレイクスルー監督賞を受賞したことでも知られていて、期待の新鋭監督と言えるでしょう。
kareha
監督だけでなく、本作の脚本と編集も同じく担当しています。
そして配給が次々に話題作を世に送り出しているA24なんですね。
そうなんです。近年アカデミー賞候補作品に必ず上がってくるような良質な作品を送り出し続けているA24が本作『イット カムズ アット ナイト』を配給しているのです。
この作品と関連してみておきたいA24作品としては『ウィッチ』がおすすめです。ゴシックホラー調の作風で、1600年代のニューイングランドの森を舞台に、一家を包み込む疑心と狂気、恐怖を描いた映画になっております。
参考:【ネタバレあり】『ウィッチ』解説:本作の時系列をひっくり返すことで見えてくる真相とは?
閑話休題。
そして製作総指揮と主演を兼任したのが、ジョエル・エガートンですね。
俳優としては『ゼロダークサーティ』、『華麗なるギャッビー』や『レッドスパロー』といった話題作に出演しております。
また、それだけには留まらず、監督や脚本を担当することもしばしばで、映画『ザ・ギフト』では自ら監督・脚本を兼任し、注目を集めました。
他にも新進気鋭なスタッフたちが集結し、本作が作り上げられました。
より詳しい作品情報を知りたい方は公式サイトへどうぞ!
ぜひぜひ劇場でご覧ください!
『イット カムズ アット ナイト』解説
近年のテロ問題に関連した映画
本作『イット カムズ アット ナイト』が何を描いたのか、その中心にあるのは、おそらく近年の疑念と排除に伴う負の連鎖が生み出すテロ問題だと思われます。
欧州や北米で問題になっているのが、テロリストとして移民してくる人だけではなく、その国で生まれ育った人がテロリストへと変貌していく実態です。
9.11の同時多発テロ以降、イスラム教徒というだけで、移民ですらないムスリムたちが地域のコミュニティから排除されてしまうという事態が欧米でしばしば見られるようになりました。
要は、国内出身者が国外の「イスラム国」等の過激思想に引き寄せられていき、テロリストとして活動するようになる傾向があるわけです。
そしてその引き金になっているのが、コミュニティ内で周囲の人からムスリムたちに向けられる疑念と猜疑の眼差しです。
地域コミュニティに馴染めずに自分の居場所を見出せず、疎外感を深めていった先にあるのが過激思想という受け皿という構造が出来上がってしまっていたわけです。
『イット カムズ アット ナイト』という作品はそんな人間が人間に向ける「疑念」が引き起こす負の連鎖を描こうとしていますし、それが暴力性にすら繋がってしまうという点をも描き出しています。
一見、物語の本質が見えにくいですが、中心になるのはこういった現代の疑念が引き起こす暴力の連鎖なんだと思いました。
注目したい2つの絵画
本作を読み解く上で注目する必要があるのは、劇中に登場した2つの絵画でしょう。
ちなみに2つの絵画はどちらもピーテル・プリューゲルの作品です。
まず1つ目が『雪中の狩人』ですね。
『雪中の狩人』ピーテル・プリューゲル
この作品で印象的なのは、やはり楽しそうな暮らしをしている絵画の奥に位置する人々と、手前に佇む3人の狩人たちのコントラストですよね。
狩りに疲れ、背中を丸めて帰村する狩人たちと、その眼下でスケートに興じる村民たちの姿は「貧富の差」を端的に表現しているようにも思えます。
この絵画を『イット カムズ アット ナイト』に合わせて読み解くとするならば、やはり先ほども指摘した地域コミュニティからの疎外感のようなものの表出に思えます。
他の人々が楽しそうな暮らしをして共同体を築いているにもかかわらず、自分たちは働けど働けど暮らしは楽にならず、しかも疑念の目を向けられてしまうのです。
そしてもう1つの絵画が『死の勝利』ですよね。
『死の勝利』ピーテル・プリューゲル
この絵画は歴史的に見ると、14世紀に流行したペスト(黒死病)によって多くの人が死んでいったことをモチーフにしていると言われています。
死が具現化し(絵の中では骸骨で表現)、人々に襲い掛かり、次々に命を奪っていきます。
この絵画を『イット カムズ アット ナイト』に当てはめて解釈していくと、やはり「見えないものに形を与えている」という点が重要なのではないでしょうか。
「死」というものには形はありませんし、それは目には見えません。
しかし、人は恐怖に駆られると「死」が具現化しているように見える生き物なんだと思いますし、見えないものがあたかもそこにあるかのように感じられてしまうのかもしれません。
だからこそ疑念や猜疑心が、人に「見えない敵」を作り出してしまうわけですね。
このように2つの印象的なピーテル・プリューゲルの絵画は本作の描こうとしたものに非常に関連しているのです。
『イット カムズ アット ナイト』考察:ラストシーンに見る「それ」の正体
この映画を見ている時に一番大切なのは、おそらく皆さんに「それ」が存在しているように感じられたかどうかだと思うんです。
私には確かに「それ」が存在しているように感じられましたし、ウィルの家族を信用することもできませんでした。
でもそれこそが今まさに人間の社会で起こっていることなんだと、映画を見終わった後にハッとさせられました。
この映画を見て
こう思った方はすごく多いと思うんです。
でもそれって逆に言うと、あなたはこの映画を見て、「それ」が存在するんじゃないかと考えてしまったという事実に他なりません。
ポスター (C)2017 A24 Distribution,LLC
このポスターってすごいと思うんですよ。
このポスターにはっきりと描かれているものって「犬」と「暗闇」だけです。
しかし、我々はこれを見た時に、その暗闇の中に何かが存在しているんじゃないかという「疑念」を生じさせて、それが「恐怖」へと変貌していきます。
そこには「暗闇」しか存在していないのにですよ。
つまり「それ」なんて初めから存在していないというのが、この映画のスタンスなのではないかと私は解釈しました。
この映画に登場する人物、そしてそれを見ている我々が「それ」が存在しているように感じているにすぎないんです。
また何とも面白いのが本作の結末です。
私は『イット カムズ アット ナイト』の結末というのは、まさに『疑念』が生み出した暴力と死の連鎖なんだと感じています。
ここで注目しておきたいのが、ウィルの息子のアンドリューが感染したかどうかってこの映画の中で明確にされていない点です。
つまり我々はアンドリューが感染しているかどうかを確認しなければ知り得ない状況なのですし、ある意味でシュレディンガーの猫のような状態にあるわけです。
しかし、ポールはウィルたち一家を殺害し、疑念を暴力に変えてしまいました。
この行為が言わば、「アンドリューは感染していたんだ」という事実を自己肯定的に生み出してしまっているんです。
その結果としてアンドリューに接触していたポールの息子トラヴィスも感染して、命を落とすことになりました。
ポールはウィルのことを信用していませんでしたし、疑念を深めていった結果として、彼らを「感染した」と見なし殺害してしまいました。
本作のラストで描かれたトラヴィスの死は、そんなポールに対するある種の「因果応報」的な暴力の連鎖なのです。
そう考えていくと、『イット カムズ アット ナイト』という作品はこの映画を見ている我々自身を巻き込んだ上で、作品のテーマ性を示そうとしているように感じられますね。
おわりに
いかがだったでしょうか?
今回は『イット カムズ アット ナイト』についてお話してきました。
ホラー映画的な宣伝が全面に押し出されていますが、それを期待して見に行くと肩透かしを食らうと思います。
ただ、さすがA24と言いますか、非常に前衛的で、挑戦的な作品だと思いましたし、見終わった後にすごくハッとさせられる映画だったように思います。
また同時期公開で同じくA24のホラーテイストムービーの傑作『へレディタリー継承』の記事も書きました。
ぜひぜひ劇場でご覧になってみてください。
今回も読んでくださった方ありがとうございました。