はじめに
みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回はですね本日発売となりました「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話」についてお話していこうと思います。
前半はこの本をまだ読んでいない方にも読んでいただけるようにネタバレは控えめで書いていこうと思います。今回の新刊の肝となるアンコン回に関して後半で詳しく解説していくのですが、その際には改めて表記させていただきます。
良かったら最後までお付き合いください。
新刊の概要をざっくりと解説
「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話」はいわゆる短編集、スピンオフにあたる内容となっていて、全部で13の短編によって構成されています。まずはその13の短編の概要をざっくりと説明していこうと思います。
①飛び立つ君の背中を見上げる(fine)
卒業式当日の希美、みぞれ、夏紀、優子のダイアローグを希美の視点で描いた内容。第2楽章以降の希美とみぞれの関係性や、これまではあまり明確な描写が無かった夏紀と希美の2人きりでの会話シーンがあり少し新鮮なエピソードです。卒業式当日という独特な空気感が4人の「日常」を儚くも美しく彩っています。
②勉学は学生の義務ですから
「響け!ユーフォニアム」シリーズでは珍しい葉月視点のエピソード。緑輝の家で久美子、麗奈、葉月を含めた4人が勉強会をしています。高校2年生という徐々に将来、進路といった言葉が迫って来る緊張感をひたひたと感じながらも、全力で謳歌する4人の青春の1ページが刻まれています。
③だけど、あのとき
香里先輩が卒業する時に記したあすかへの手紙をベースに展開される現在と回想のアンサンブル。香里があすかに抱き続けてきた特別な思い、青春に取り残してきた1つの後悔。手紙だからこそ綴られた彼女の本心に思わず胸が締め付けられるエピソード。
④そして、そのとき
本作で私が2番目に気に入っている、というよりも刺さったエピソードです。北宇治高校吹奏楽部が全国大会を目標に掲げ、日々練習に取り組む最中で一人部を去った葵と晴香が大学の吹奏楽部で再会するワンシーンが切り取られます。
⑤上質な休日の過ごし方
1年生回ですね。オーボエの梨々花とユーフォニアムの奏でが2人で休日にお菓子作りをしている様子が描かれています。
⑥友達の友達は他人
立華高校の2年生、佐々木梓の友人である柊木芹菜のエピソードになっています。帰宅部で何事にも無気力で無関心な彼女が緑輝との会話の中でその情熱に触れ、感化されていく様子が繊細なタッチで描かれています。
⑦未来を見つめて
(C)武田綾乃・宝島社/「響け!」製作委員会
サンリッチオレンジ。向日葵の品種の1つで、花言葉は「未来を見つめて」。卒業式を終え、卒業旅行にやって来た北宇治高校吹奏楽部の卒業生たち。そのうちの香里、晴香、あすかにスポットを当て、彼らの青春の最後の1ページと未来への第1章を刻みます。
⑧郷愁の夢
若かりし頃の滝、後に彼の妻となった千尋、そして橋本と後輩の聡美の過ぎ去りし日の一幕をノスタルジックに描き出している。
⑨ツインテール推進計画
1年生のさつき発信で北宇治高校吹奏楽部に謎のツインテールブームが巻き起こるドタバタを描いたエピソード。
⑩真昼のイルミネーション
街で偶然遭遇した希美と夏紀のダイアローグ。これまであまり描かれていなかった組み合わせなだけに新鮮な味わい。大学進学が決まり、卒業の日を迎えるまでの何気ない1日と2人の高校生の等身大の悩みや希望が吐露される。
希美が1人映画して、その後に簡潔な言葉でスラスラと映画の講評を述べている一幕があって、個人的に感激でした。
⑪木綿のハンカチ
こちらもこれまで単独ではほとんど描かれなかった卓也と梨子のエピソード。卓也が東京の専門学校に行くことになり遠距離恋愛を目前を直前に控えた2人の口には出せない不安と深い愛情の交錯が描かれる。淡いタッチだがエモーショナルである。
⑫アンサンブルコンテスト
北宇治高校吹奏楽部が初の試みとしてアンサンブルコンテストに出場することになります。そんなコンテストの学内選考会を控え、部内で巻き起こるさまざまな動きを詳細に描いています。後ほど詳しく解説します。
⑬飛び立つ君の背を見上げる(D.C.)
①と同じ場面を描いたエピソードだが、視点が優子に移っている。また香里に憧れる優子が、彼女があすかに宛てて書いたという手紙を模して、夏紀に手紙を書いている。未来へと希望と不安と共に、今すぐ傍にいる友人への感謝を噛みしめる4人の青春最後の瞬間を鮮明なタッチで切り取る。
感想:改めて実感させられる終わるからこその青春
青春はいつか終わる。終わるからこそ刹那的な輝きを放つんだ。
言葉で表現することは誰にだってできますが、その実感を得ることは非常に難しいものです。
「響け!ユーフォニアム 波乱の第二楽章」では北宇治高校吹奏楽部が青春を懸命に駆け抜ける今まさにその瞬間が切り取られていました。人生という長い物差しで測ればほんの一瞬だが、それでも他のどんな時期よりも密度の濃い時間がそこにはあります。
映画「ちはやふる 結び」の中で登場した周防名人がこんなことを言っていたのをふと思い出しました。「青春には二度と取り戻せない光がある。」と。
「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話」の中にはあすかの世代や優子の世代のエピソードが非常に多く、青春を終える者の視点が強調されています。
終わりの香りが漂う独特な空気感の中で彼らは自分たちの青春を振り返りながら、後悔を残すまいと最後の1ページに必死に何かを刻もうと試みます。
ある者は手紙を書き、ある者は演奏をし、ある者は卒業旅行に行きます。そしてさらにある者は明日からは「当たり前」でなくなってしまう尊い「日常」を噛みしめるように過ごすのです。
伝えられなかった思い、やり残したこといろいろな後悔はどんな青春時代を送ったとしても残るものです。それでも今だけは後悔したくない。いつか後悔するとしても今だけは・・・。「未来を見つめて」のエピソードで吐露された晴香のあすかに対する思いはまさしくそんな今だけは・・・という切実さに満ちています。
そしてそんな後悔を引きずったまま大学生になったのが葵です。彼女は吹奏楽部を途中で退部したことに一抹の後悔を感じています。それは彼女が志望校に合格し、自分の選択が間違っていなかったことを証明した今となっても晴れることはありません。
終わってしまった青春。妥協と納得を積み重ねた結果、キズ1つついていないピカピカの思い出は振り返ってみた時に自分の心をズタズタに引き裂こうとします。取り戻すことのできない光の存在に気がついた時、人はそれを手に入れようともがかなかった過去の自分に辟易とし、それをもはや手に入れることができなくなった現状を嘆くことしかできません。
正しい選択をしたにもかかわらず満たされない葵という少女にもたらされたのは、想像以上に残酷な結末だったのかもしれません。しかし、苦い経験は決して無駄ではありません。それを受け入れて、前を向き歩み出していく。
輝かしい青春も苦い青春もどんな経験にも意味があり、それが自分を支える柱となるのです。
葵のエピソードの結末に描かれた残酷さと一抹の希望は深く読む人の心に突き刺さるのでした。
*ここから新刊の核となるアンサンブルコンテストの内容に踏み込んでいきます。ご注意下さい。
*ここから新刊の核となるアンサンブルコンテストの内容に踏み込んでいきます。ご注意下さい。
感想・考察:フィーリングと評価のジレンマ
「響け!ユーフォニアム」という作品はこれまで徹底した実力主義とコンクール主体で物語を構成する評価主義を作品の柱に据えることで様々なドラマを生み出してきました。
そんなシリーズの中で異質とも言えるのが今回の「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話」なのです。
何がどう異質なのかと言うと、本作はフィーリングや主観といった非常に不確定な要素を主軸に据えて短編集として構成されているんですよ。これは評価や客観的な視点というこれまでこのシリーズが重要視して来た価値観とは全く異なるものですよね。
例えば誰かを好きだという気持ちに基準や理屈が存在しますか?答えは否なんです。感情というものは酷く主観的で、独善的で流動的なものです。「響け!ユーフォニアム」では感情と評価のジレンマをこれまで深く描いてきました。
中瀬古先輩と麗奈のトランペットソロ奏者を決めるための戦いであったり、夏紀と奏の間に表出した第2楽章におけるドラマもそうでした。感情よりも客観的な視点や評価こそが優先されるのだという厳しい勝負の世界をリアルに描いたからこそ本作はより一層エモーショナルだったわけです。
しかし今回の「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話」で描かれたのは決まって個人的な感情の物語なんです。誰かが誰かをこう思っている。そんな主観的な情報だけがこの本を覆い尽くしています。
本作中のエピソード「真昼のイルミネーション」の中で希美が好きなバンドが世間的に人気を博し、売れていく様を見ることへの一抹の不安を口にしているのが非常に興味深いです。
「もともとの価値がわかってる人はええねん。この電飾はこうやって光らせたらもっとよくなるぞって、ちゃんと理解してる人は。形が変わったって、本質を理解してるんやなってこっちにも伝わるし。でも人がいっぱい集まってくるとそうじゃない人も出てくる。・・・。」
このセリフというのは、好きと評価のジレンマを表現した言葉だと思いました。自分が主観的に持っている好意的な視線とそれに反発する世間の自分以外の他者からの視線。世間の人が下す評価が自分の持つ好きを踏みにじっていくことの恐ろしさを彼女は憂いているのです。
そしていよいよアンサンブルコンテストの話に戻していくのですが、このアンサンブルコンテストには3つのキーポイントがありました。
①アンサンブルコンテストに出場するチームは自分たちで決定すること
②顧問の滝はアンサンブルコンテストに介入しないこと
③校内選考は一般投票と部員投票の2つを実施し、部員投票の結果を関西大会出場者の選考に反映させるものとする
まず①に注目していきましょう。アンサンブルコンテストに出場するチームを自分たちで決めるというのは、つまり部員たちが自分たちの主観でメンバー選びをし、自分たちの主観で曲選びをするということです。②で示した顧問の滝が介入しないもここで絡んできますよね。
滝という存在は北宇治高校吹奏楽部を客観的に見ていた存在であるわけです。彼が評価基準というものを定め、それに基づいてコンクールメンバーを決定し、彼らの実力を客観的に判断して選曲をしていたわけです。
そのこれまで「響け!ユーフォニアム」に通底していた客観的な視点、勝利至上主義、評価絶対主義を司っていた滝という存在が今回のアンサンブルコンテストでは介入しないという形でフェードアウトしています。
これにより今回のアンサンブルコンテストは徹底的に部員たちの主観に委ねられ、部員たちがもっている個人的な感情や個人的な思いが表出していきます。これまで部員たちに評価を下す存在は決まって滝でしたが、今回は客観的な評価ではない、部員同士のリアルな評価が飛び交います。
そしてその結末に麗奈のセリフを介してこう綴られています。
「フィーリング的にいいなって感じる音楽と、コンテストで結果を出す音楽はやっぱり別物だと思う。」
これってある意味でみぞれが述べたコンクールが不平等であり、結局は審査員の好みであり、仕方ないことと割り切れないという主張に呼応するものなんですよね。
コンクールで評価されるための音楽ももちろん大切です。それは「響け!ユーフォニアム」という作品がこれまで描いてきたようにです。勝たなければ見えない景色は間違いなくあります。その一方で音楽に対する「好き」を忘れてはいけません。2つはやはり別物ですし、それでいてどちらの音楽にも間違いなんてありません。
結局「響け!ユーフォニアム」が何を描きたかったのか?私は本小説の一節にその答えを見たような気がしました。
吹奏楽部員たちは各グループに分かれ、校内のあちこちでアンサンブル曲の練習を行っている。難度に差はあれど、どの部員たちも真剣そのものだ。
この吹奏楽部員たちの中には本気で関西大会を目指しているチーム、好きな音楽をただ演奏したいというチーム、好きな子と演奏がしたいというチーム、いろいろなチームが存在しています。これが音楽の本質なんだと私は思いました。
音楽は至るところに溢れていて、どんな在り方もその全てが正解なんです。コンクールで評価された音楽もされなかった音楽も、人に好かれた音楽も好かれなかった音楽もその全てが意義を持ち、この世界の音楽の一部分を形成するんだと思いました。
「響け!ユーフォニアム」という作品はこれまで確かに勝利至上主義、評価至上主義的な吹奏楽部の在り方を描いてきましたが、それだけが正解でなく、この作品で描かれた音楽の在り方というのは数ある音楽の側面のほんの1つに過ぎないということを今回示してくれたのではないかと思います。
フィーリングと評価のジレンマを正面から描くことで「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話」は音楽の多様性に言及してみせたのです。
おわりに
とにかく素晴らしい短編集だったと思います。
ただ短編を並べ立てたのではなくて、13の短編が1つのテーマに帰結するような構成になっていて、これまでとは違った価値観に言及しながらも、これまでのテーマ性を否定することなく、音楽に多様性を描くことでむしろあらゆる価値観を肯定して見せたのが、今回の新刊だったように私は思います。
ただ単に評価なんかよりも好きの方がよっぽど大切だ!!なんて声高に叫んだところでそれはある種の言い訳に聞こえてしまうんです。それがいくら正論だとしてもです。
しかし「響け!ユーフォニアム」はこれまで徹底的に評価にフォーカスし、それを最上のものとして作品に位置付けていました。そんな作品だからこそ、評価にこだわるのも大切だが、好きを大切にすることにも意義があるんだというメッセージに説得力が生まれるんですよね。
いやはや何度考えても素晴らしい短編集でしたよ。今からすぐにでも読み返したいと思います。
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