みなさんこんにちは。ナガです。
今回はですね5月25日から公開になりました映画『犬ヶ島』についてお話していこうと思います。
何を隠そう私はウェス・アンダーソン監督作品の大ファンでございまして。
この記事ではそんな熱い思いの丈を書かせていただければと思っております。
また、本記事は作品のネタバレになるような内容を含む解説・考察記事となっております。
作品を未鑑賞の方はお気をつけください。
良かったら最後までお付き合いください。
『犬ヶ島』
あらすじ・概要
「グランド・ブダペスト・ホテル」のウェス・アンダーソン監督が日本を舞台に、「犬インフルエンザ」の蔓延によって離島に隔離された愛犬を探す少年と犬たちが繰り広げる冒険を描いたストップモーションアニメ。
近未来の日本。メガ崎市で犬インフルエンザが大流行し、犬たちはゴミ処理場の島「犬ヶ島」に隔離されることに。
12歳の少年・小林アタリは愛犬スポッツを捜し出すため、たった1人で小型機を盗んで犬ヶ島へと向かう。
声優陣にはビル・マーレイ、エドワード・ノートンらアンダーソン監督作品の常連俳優のほか、スカーレット・ヨハンソン、グレタ・ガーウィグ、オノ・ヨーコら多彩な豪華メンバーが集結。
日本からも、「RADWIMPS」の野田洋次郎や夏木マリらが参加。
第68回ベルリン国際映画祭のオープニング作品として上映され、コンペティション部門で監督賞(銀熊賞)を受賞した。
(映画com.より引用)
予告編
『犬ヶ島』解説・考察(ネタバレあり)
ウェス・アンダーソン監督が描いてきたもの
ウェス・アンダーソン監督がこれまでの映画で何を撮り、何を描いてきたのかという点についてはぜひとも知っておいて欲しいところです。
基本的に彼の映画において中心に据えられるのは「家族」というテーマです。それもとりわけ親子の関係にスポットを当て、さらには子の方に主眼を置くのが特徴です。
彼が例えば彼の名前を世界に広めるきっかけともなった『ロイヤルテネンバウムズ』という作品は3兄弟がまだ幼い頃に家族を見捨てた父親が突然和解したいと言って舞い戻ってくるところから物語が始まります。
この作品はウェス・アンダーソン監督自身の家族事情を強く反映したものです。
彼は3兄弟の次男で、そして彼の両親はウェスが8歳だったころに離婚しています。だからこそこの映画はそんなウェス自身の幼少期にバラバラになった家族の再生への切なる願いが込められているようにも感じられます。
そしてより親子の関係にフォーカスしているのが『ライフアクアティック』や『グランドブタペストホテル』ということになるでしょう。この2つの作品では血のつながっていない疑似親子を主軸に据えていて、その交流を魅力的に描いています。
ここで書いたように、『ライフアクアティック』という作品における子どもの扱われ方は印象的です。これもまたウェス自身の両親が離婚しているという事実に強く依拠していると思います。
というのもこの作品が風刺しているのは、アメリカの個人主義的な家族観なんですよね。
夫婦が互いに個人主義を主張し、個人同士の契約として結婚が成立しているため離婚してしまうケースが多いんです。
子供のために結婚生活を続けようという日本的な考え方は通用しません。
夫婦が個人として離婚を決断するだけで、そこに子供は関係ありません。そんなアメリカの家族観において軽視されている子供という存在にフォーカスし、その重要性を説いたのが『ライフアクアティック』であり『グランドブタペストホテル』であると思います。
そしてそんな彼の「家族」への視点は本作『犬ヶ島』へも確かに引き継がれています。
ウェス・アンダーソン監督とシンメトリー
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
ウェス・アンダーソン監督は徹底的に画作りにこだわる監督です。
今回もストップモーションアニメ作品でしたが、もう細部の細部に至るまで凝った作りになっていて、一体どれだけの労力と時間がかけられたのか、推し量ることも憚られます。
そんな彼の画作りの特徴がシンメトリーの映像なんですね。
良かったら下に引用した動画も見てみてください。
さてただ映画において基本的にシンメトリーの映像ってタブーに近いんです。というのも映画において重要なのは映像の視覚的なダイナミズムです。つまり「動き」なんですよ。
だからこそシンメトリーの映像というのは世界がその映像の中で完結しているような閉塞感を生み、映画から「動き」を排除してしまうんです。
しかしスタンリーキューブリック監督もこのシンメトリーの映像を多用し、高い評価を得ました。
彼らは、シンメトリーの映像が持つデメリットを逆手に取っているんですよ。
ウェス・アンダーソン監督作品ではコミカルな登場人物やプロットが特徴です。そう考えた時に、シンメトリーの映像が持つ閉塞感は、映像に独特の雰囲気と味わいを生み、そのコミカルさを強調しているんです。
また、シンメトリーの映像にすることで映画の中の情報を極限まで整理し、シンプルにすることでノイズを減らし、彼の描こうとする物語をよりダイレクトに受け手に届けることが出来るようになっています。
ぜひともそんな彼のこだわり抜いたシンメトリーの映像にも注目して見てください。
黒澤明へのラブレター
本作を製作するに当たってウェス・アンダーソン監督は黒澤明監督作品の影響を受けていることを明確にしています。今回はその中でも私が気がついた3作品を紹介していきます。
『七人の侍』
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
もうドンピシャなオマージュですというようなカットもあります。
加えてアタリが5匹の犬たちとスポッツの捜索を開始する時に映画『七人の侍』で使われた「侍のテーマ」が流れます。
『天国と地獄』
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
そもそも『天国と地獄』の主人公権藤と『犬ヶ島』の小林市長のルックスがそっくりなのもこれはオマージュなんじゃないだろうかと思わせてくれます。
それ以外にも権藤の靴会社における自分への対抗勢力に対する振る舞いや自分の息子が失踪するというプロットも引用めいたものを感じます。
加えて『天国と地獄』のラストシーンでこれでもかと印象づけられる「金網」が『犬ヶ島』ではしきりに登場するんですよね。
『乱』
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
黒澤明の数少ないカラー映画の内の1つである『乱』からの引用も見られますね。
この作品の特徴は何といってもその色彩です。白と黒の中に赤や青、黄色といったビビッドな色が映える独特の画作りは間違いなく映画『犬ヶ島』に影響を与えています。
いくつかのシーンではこの3つの色の強調が成されています。ぜひとも注目して見ていただきたいですね。
小津安二郎へのリスペクト
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
本作に見られるのが、間違いなく小津安二郎作品の影響です。
ただウェス・アンダーソン監督はこれまでの作品でも彼の影響をちらつかせていました。それがシンメトリーの映像です。これはスタンリーキューブリック監督もそうですが、日本の小津安二郎も多用した画作りでした。
それに加えて本作では低い位置からの定点カメラによるロングショットという小津安二郎のカメラワークの最大の特徴を見事に反映させています。
アタリ少年や犬たちの目線で語られる物語ということで意図的に視点を低くしているのだと思いますが、それを実現しているのが小津流のカメラワークです。
日本のアニメ・特撮からの影響
本作は日本のアニメや特撮からも影響を受けている節が伺えます。今回は私が気がついた範囲でいくつか紹介してみますね。
『紅の豚』
ジブリ作品のオマージュで気がついたのは、私はこの作品だけでしたね。もしかしたら他にもあったかもしれませんが、見逃しました。
そもそもファシスト政権下の物語であるという前提条件が『犬ヶ島』の小林独裁の世界に通じる部分です。
それだけでなく、人間と動物が心を通わせていく姿や飛行機が墜落するシークエンスなど細かく見ても、『紅の豚』にインスピレーションを受けたのではないかと伺えるシーンや展開は散見されました。
『ゴジラ対メカゴジラ』
本作で登場するメカドッグの発想は、東宝特撮のゴジラシリーズに登場したメカゴジラに着想を得ているのではないでしょうか。
ゴジラを模した機械でゴジラと対抗したように、犬を模した機械で犬に対抗するという設定が完全に共通しています。
『AKIRA』
大友監督の『AKIRA』の世界観が『犬ヶ島』にはかなりの部分で踏襲されているように感じましたね。
まず世界大戦で荒廃した「ネオ東京」という舞台が、かつての人間と犬との争いで廃れた「メガ崎̪市」に非常に近似しています。
また冒頭の橋の上をバイクで疾走するシーンなんかは『犬ヶ島』でバイクを犬に置き換えてそのまま再現していたような場面もありましたし、橋の上で鉄雄が軍隊と戦うシーンなんかも『犬ヶ島』終盤の機械の犬&人間VS犬とアタリたちの構図に似ています。
『新世紀エヴァンゲリオン』
これをオマージュといえるのかどうかは定かではないですが、14歳のシンジが世界を救うためにエヴァンゲリオンに乗り込み戦う「決断」と12歳のアタリが犬たちを救うために飛行機に乗り犬ヶ島へと向かった「決断」が凄く重なって見えました。
この年齢の人物を主人公に据えるという点がオマージュなのかなとも考えています。
繰り返すのは人間の歴史
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
本作が描いたものって結局何だったのかと言うと繰り返す人間の歴史だと思うんです。
『犬ヶ島』の世界では2度にわたって人間と犬の戦いが勃発しています。
『犬ヶ島』の世界における1度目の戦いは火種を残しながらもなんとか収束し、その火種が火を生み2度目の戦いをもたらしたという設定はまさしく第1次・第2次世界大戦を想起させるものです。
2度の世界大戦を経て、人間はもうそんな過ちを繰り返すまいとは言いますが、『犬ヶ島』の世界にも依然として火種が蔓延っているように、我々の世界もいつ第3次世界大戦を勃発させるか分からない状態です。
そんな人間の過ちの連鎖を本作は皮肉っているようにも感じられます。
他にも核爆弾もそうですし、ハンセン病患者の狂気的な隔離や、ホロコースト、民主的に選ばれた独裁者など本作は人間がこれまでに引き起こしてきた数々の黒い歴史を、コミカルな世界観の中に溶け込ませています。
そんなどす黒さが時折画面に映し出されるので我々は度肝を抜かれます。急にハッと我に返らされるような感じでしょうか。
日本の社会・歴史・文化の反映
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
先ほど日本の映画やアニメ、特撮から数多くの引用があるという点は指摘しましたが、それ以外にも本作は日本的な要素をたくさん含んでいます。
その最たる例としては本作が「東日本大震災」後の日本を題材にしていると言うところでしょうか。犬ヶ島には打ち捨てられた鉱山や崩壊した原子力発電施設があります。
またそこでは地震が起き、津波がやって来たことが明確にされています。現在の日本でも福島第1原子力発電所付近は入れない状態になっており完全に打ち捨てられています。この状況を模したのがメガ崎̪市と犬ヶ島の関係性と言えます。
他にも日本の文化からの引用も多いですね。
例えば浮世絵なんかはたびたび登場しましたし、俳句も印象的でしたね。きちんと英語でも韻を踏んでいたのがナイスでした。
他にも相撲ですとか、竜安寺で有名な石庭ですとか、嵐山の竹林を想起させる風景ですとかラーメン、寿司に至るまで徹底的に日本の文化が盛り込まれています。
それらの日本的な要素が、いわゆる「外国人から見たステレオタイプ的な日本」感満載で取り入れられているんですが、ウェス・アンダーソン監督作品が持つ独特のコミカルさと相まって、かえって作品に良い影響を与えています。
トレイシーに投影された監督の思い
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
ウェスアンダーソン監督って確かにアメリカで生まれ、アメリカで育った人物ではあるんですが北欧系のルーツを持っていたり、フランスで暮らしていたりと、アメリカ人でありながら外からの視点でアメリカを捉えている人物なんですね。
これが非常に面白いんです。例えば最初にも紹介したアメリカの家族観や個人主義的な価値観への皮肉や批判というのは、彼が幼少期に自分の両親が離婚したという経験もそうですが、アメリカを外から眺めた時に感じた純粋な疑問に依拠するところも大きいのだと思います。
つまり彼は「外人」として常にアメリカを捉えようとしている監督なんですね。そしてその意識が投影されているのが『犬ヶ島』におけるトレイシーというキャラクターです。
彼女は小林が作り上げる独善的な世界に傾倒することなく、それを俯瞰で見た上でジャーナリストという立場で批判を加えようとしている人物です。
これはまさしく作品の中でアメリカを外からの視点で描こうとする、映画監督ウェスアンダーソンの精神を継ぐ存在です。
トレイシーというキャラクターがメガ崎̪市の中でアメリカにルーツを持つ留学生だという異質さも相まって、一層強調されていますね。
ウェス・アンダーソン監督が描いた家族
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
本作のアタリと捨て犬たちの物語にはやはりウェス・アンダーソン監督がこれまでの作品に反映させてきた家族観が色濃く反映されています。
つまり両親の個人主義によって犠牲になった子供たちの物語であるという視点ですね。
まず本作に登場する犬インフルエンザによって、人間たちは自分の家族である犬を処分するんです。
これは完全に人間の都合ですよね。犬たちの意志を顧みることもなく、人間たちは自分たちの社会を維持し、自分たちが生き延びるためだけに家族を見殺しにするんです。
他にもアタリと小林市長の関係は面白いですよね。アタリの両親は亡くなっていて、市長は彼の養父に当たります。
しかし市長は基本的にあまりアタリを顧みようとはしませんし、ましてや彼の死を使って世論を誘導してしまおうなんて考える始末です。つまり彼もまた自分個人のことしか考えていない上に、自分の人生にアタリは含まれていないんです。
しかし、物語を通じてウェス・アンダーソン監督はそんなアメリカ的な個人主義家族観が反映された世界を変貌させていきます。
アタリ少年の自分の家族を救おうという「決断」がそのトリガーになるわけですが、人々は家族としての犬の大切さを思い出し、小林市長はアタリに自分の腎臓を譲ります。
本作における捨てられた犬たちってまさしくアメリカ個人主義的な家族観の犠牲になった子供たちです。そしてアタリ少年もその一人です。そんな「捨てられた」「顧みられなくなった」存在たちが協力して反旗を翻すと言うところに、ウェスアンダーソン監督らしさを感じずにはいられません。
ラストシーンでスポッツ夫婦とその子供が揃ってご飯を食べているシーンを映すのも実に彼らしいです。
またスポッツとチーフの兄弟関係というのは、映画『ダージリン急行』なんかでも見せたウェスアンダーソン監督自身の兄弟での経験が強く意識されているのではないかと思いました。
全然違う生き方をしてきた兄弟が再会し、分かりあえない部分もありつつも少しずつ打ち解けていくというもどかしい距離感が印象的なこの『ダージリン急行』という映画ですが、良かったらご覧になってみてください。
『犬ヶ島』はウェスアンダーソン監督がこれまで描いてきた「家族」「兄弟」というテーマで読み解くのも非常に面白い映画だと思いますね。
世界の構造を暴こうとした作品
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
本作の世界の構造ってもはや我々の生きる世界の真理みたいなところがありますよね。
例えば本作で犠牲になった渡辺教授なんて完全に我々の生きる世界でも起きている闇を体現しているではないですか。
新薬や新技術が開発されても、それが政治的な利害や経済的な利害、特定の業界からの圧力なんかによって握りつぶされるケースは非常に多いと言われています。
例えば花粉症の特効薬なんてものはもう既に存在していると思います。
でもそれを世に出すとどうなるかと言うと、医療業界の利益を大きく損なうことになります。
だからこそ世には出回らないんです。おそらくガンの特効薬だってもう開発されているんじゃないですかね・・・。
今の医療ビジネスの主軸はガン医療ですから、そんなものが出回ってしまえば、医療業界はたちまち経済的に苦しくなってしまうと思われますが。
結局渡辺教授が犬インフルエンザへの特効薬を考えたにもかかわらず、権力者に握りつぶされてしまうという利害関係の構図は我々の社会でも全く同様のことが起こっていることを暗に仄めかしています。
他にも不正選挙を示唆する描写なんかも昨今の日本でささやかれる不正な得票操作を想起させますし、貧困問題、迫害、民主的に選ばれた独裁者など様々な部分でこの『犬ヶ島』という作品は今の我々の世界に起こっている現状を写す鏡のように機能しています。
加えて面白いのが本作の自動翻訳機器ですよね。日本語で読んだ言葉が瞬時に英語に翻訳されて出てくるという面白い機械ですが、これって地球上に数多くの言語があり、それがために上手く分かり合えない人間社会のディスコミュニケーションっぷりを如実に表していますよね。
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
日本語を話す人間と英語を話す犬という対比も非常に面白いです。しかしそんな翻訳機器の滑稽さによって、日本語と英語という言葉を超えて心を通わせていくアタリとチーフの関係性が強調されています。
おわりに
いかがだったでしょうか?
今回は映画『犬ヶ島』についてお話してきました。
本作はもう一言で言うなればウェスアンダーソン監督からの「日本へのラブレター」のような作品だったと思います。
それでいてこれまでの作品で描かれてきた「家族」や「兄弟」の主題を踏襲しておりウェスアンダーソン監督作品の文脈で見ても1つの集大成と言える映画だったように思います。
この映画は完璧オブ完璧オブ完璧です。私は彼の作品の中では『ライフアクアティック』という作品が一番好きなんですが、それに次ぐ位置に来るくらいには気に入った作品です。
しかしとにかく映像の情報量がとんでもなくて、1回見ただけでは追いきれないというのが本音です。ですので、映画館であと3回くらいは見返して、この記事をどんどんとボリュームアップさせていきたいと思います。
今回も読んでくださった方ありがとうございました。
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