【ネタバレあり】『羊と鋼の森』:解説・考察:テレンスマリックを思わせる重厚なアート映画!

みなさんこんにちは。ナガです。

今回はですね本日から公開の映画『羊と鋼の森』についての解説・考察をしていこうと思います。

ナガ
これは今年一番のダークホースかもしれないね…。

とにかくその圧倒的な演出力に脱帽でしたし、これまでそれほど演技面で良い印象がなかった山崎賢人さんの素晴らしい演技も魅了されました。

映像と音楽の調和もすさまじくて、邦画の音楽映画としては1,2を争う完成度ではないでしょうか。

今回はそんな作品の魅力を自分なりにみなさんにお伝えできればと思います。

本記事は一部ネタバレになる内容を含みますのでご注意ください。

良かったら最後までお付き合いください。




映画『羊と鋼の森』

あらすじ

ピアノ調律師の青年の成長を描き、2016年の第13回本屋大賞を受賞した宮下奈都の小説を映画化した作品です。

監督・脚本には映画「orange オレンジ」の橋本光二郎金子ありさが参加しています。

高校時代を将来の夢もなく過ごしていた外村は、偶然学校のピアノの調律にやって来た調律師の板鳥と出会い、彼の調律したピアノの音色に魅せられて、自身も調律師を目指すことを決意します。

専門学校を出て新米調律師として彼の下で働くようになった外村は、調律師の先輩である柳やピアニストの高校生姉妹・和音と由仁たちと関わるようになります。

そして彼は調律を通してたくさんの人と関わる中で、調律師として、そして1人の人間として成長していくこととなります。

主人公・外村を演じるのはマンガ実写に多数出演している山崎賢人で、外村が調律の世界に足を踏み入れるきっかけとなった調律師の板鳥を三浦友和が演じています。

また、実の姉妹である上白石萌音上白石萌歌が姉妹の和音と由仁をそれぞれ演じ、初共演しています。

 

予告編

ナガ
これはもうだまされたと思って見てください!!




映画『羊と鋼の森』解説・考察(ネタバレあり)

テレンスマリックを思わせる重厚なアート映画!

あのですね。正直全然期待してなかったです。

監督が実写版『orange』橋本監督、脚本が『高台家の人々』『ボクの妻と結婚してください』金子さん。このフィルモグラフィーで期待値を上げろと言われる方が難しいです。

ただそんなご無礼をどうかお許し願いたいのです。邦画大作からこんなレベルの映画が出てくることなんて稀です。

今年は『ちはやふる 結び』という5年に1度の邦画大作の超大当たりが出た年だったので、もうそれに匹敵する作品は出てこないだろうと高を括っていたのですが、まさか『羊と鋼の森』がこのクオリティだとは・・・。

映画好きの方はおそらくこのコメントでこの映画の全てを察してくださると思います。

ナガ
テレンスマリック作品が好きな人は間違いなく好き!!

今回記事のタイトルにも含めた「テレンスマリック」という映画監督についてご説明しておきますと、彼は『ツリーオブライフ』『聖杯たちの騎士』『ボヤ―ジュオブタイム』といった作品を手掛けた監督です。

彼がどんな映画を撮る監督なのか?ということを知らない人のために簡単に解説しておきますと、徹底的に映像、編集、照明、音響にこだわる監督です。彼の映画作品ってもはや1つのアートなんですよ。

全てのカットが絵画のように美しいんです。例えば、以下に掲載したのは映画『ツリーオブライフ』における1つのカットです。

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映画『ツリーオブライフ』より引用

ナガ
思わず息を飲むような美しさですよね。

編集や光の具合が完全に計算しつくされているんですよね。そしてテレンスマリック監督はこれらの映像を撮るために一切の妥協を惜しみません。そのため彼の映画の撮影現場からはしばしば撮影監督が逃げ出してしまうんだそうです。

そうまでして彼が追求するのは、圧倒的な「セカイ」と人間の対比なんですよね。

悠久なる時の流れ、広大すぎる世界、それらとちっぽけで有限な人間を対比的に描くことですごく詩的に人間ドラマを演出するんですよね。「世界内存在」としての人間を描いているとも言えるかもしれません。

そして今回紹介する映画『羊と鋼の森』もまさにそんな珠玉の映像と重厚な音楽が混ざり合う究極のアート映画と言えます。テレンスマリック監督作品が好きな方は間違いなく好きな1本だと思います。

人間ドラマの間に挿入される四季の美しい映像の数々、こだわり抜いたであろう音響、ピアノの漆黒との反射に至るまで徹底的に計算された照明。映像と音楽によるストーリーテーリングもお見事としか言いようがありません。

2018年に見るべき邦画あるとしたら、もしかしたらこの作品かもしれません。それくらいにこの映画はクオリティが高いです。

 

映画『羊と鋼の森』に登場した楽曲たち

さてここからは映画『羊と鋼の森』を彩った数々の音楽たちを紹介していこうと思います。

 

『水の戯れ』:ラヴェル

ナガ
この曲はまさに本作の和音を象徴するような楽曲ですね。

この楽曲は同じく本作で使われている『亡き王女のためのパヴァ―ヌ』というラヴェルの楽曲と同じ講演で初めて披露されました。

当時、どちらの曲の評価が高かったのかと言うと『亡き王女の~』だったんですよ。『水の戯れ』と言う曲は当時水の底に沈められたかのように評価されず、埋没したんです。

しかし、この曲は彼の死後どんどんと評価が高まり、今やラヴェルの代表曲の1つとすら言われています。つまり、この『水の戯れ』という曲そのものが劇中の和音の姿に重なるんですよ。

暗い水の底から光を求めて浮上する和音の姿とその時に彼女が演奏している『水の戯れ』という楽曲は極めて神話性が高いんです。

 

『子犬のワルツ』:ショパン

これは外村が初めて1人で調律に向かった南が幼少期の幸せな記憶を思い出しながら、弾いた曲です。

ショパンの中でもとくに有名な楽曲ですね。

南の最後の家族だった愛犬が亡くなり、彼は久しぶりにピアノに救いを求めるんです。

そんな彼が演奏する「子犬のワルツ」は彼の幸せな希望を思い起こさせてくれるものであり、彼の未来に希望を感じさせてくれる楽曲です。

 

『ピアノソナタ23番 熱情』:ベートーヴェン

この楽曲は由仁が劇中で弾いていたものですね。ベートーヴェン中期の非常に有名な楽曲です。彼がこの曲を作曲するに至ったのは、叶わぬ恋ゆえだったと言われています。

ベートーヴェンは貴族の女性に惚れ込んでしまったんですが、身分の違い故にどうしても愛し合うことが許されず、結婚することはもちろん認められませんでした。彼はそんな苦しい思いをこの曲に込めたと言います。

本作『羊と鋼の森』における由仁とこの「熱情」は非常にリンクする部分が大きいですよね。姉の和音は由仁にジェラシーを感じていたわけですが、由仁こそ姉の本当の才能に気がついていたんでしょう。

だからこそその差を突きつけられた時に、とても苦しんだわけです。そしてそんな自分の名も無き「熱情」を音楽で表現したのです。

他にも「キラキラ星」を冒頭の佐倉兄弟が連弾していましたし、結婚式では和音が「結婚行進曲」を演奏していましたね。加えて、本作のテーマ曲である「The Dream of the Lambs」は素晴らしかったですね。

まさに原民喜さんの言葉を体現する音楽でした。

明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体

 

意図的に入れたであろう唯一のオーバーアクト

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(C)2018「羊と鋼の森」製作委員会

予告編でも印象的なシーンですが、主人公の外村が自分の調律師としての道に疑問を感じ、泣き叫びながら雪の降り積もる道を疾走します。

このシーンって予告で見ていると、もういかにも邦画らしいオーバーアクトで、すごく残念な気持ちになりました。

このシーンを予告編で見ていたからこそ、私は『羊と鋼の森』という作品がよくある邦画大作なんだろうなと高を括っていました。しかし、本編を見てみると、この過剰な演技は極めて意図的に取り入れられていることが分かりました。

このシーンでカメラが手持ちカメラ(ハンディ)風に切り替わるのが、キーポイントです。これにより映像がかなりぶれるというか揺れるんですよね。もちろんこれは外村の調律師としての夢が揺れていることを映像的に表現しています。

ただそれだけじゃないんです。この後のカメラの動きに注目してもらうと分かりやすいんですが、上方からのロングショットで雪の道に横たわる外村を捉えるんです。

この2つの印象的なカメラワークが何を意味しているのかと言うと、それすなわち人間という存在が自然を前にすると如何にちっぽけな存在であるかということです。

人間がどれだけ苦悩し、葛藤し、泣き叫んだとしても、この世界から見たらすごく小さな、何の影響も及ぼさないようなものです。

だからこそ監督はそんな人間の感情の高ぶりと、自然の雄大さを対比的に演出したのでしょう。オーバーアクトがかえって人間という存在の小ささを際立たせているわけです。




世界は音で出来ている

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(C)2018「羊と鋼の森」製作委員会

突然ですが、皆さんはミネソタにあるOrfield研究所の無響室をご存知ですか?

この部屋は鋼やコンクリート、防音ガラス繊維で出来ていて、何と外部からの音の99%をシャットアウトするんだそうです。つまりこの部屋の中は完全な静寂に包まれているということです。

完全に音をシャットアウトすると皆さんはどうなると思いますか?単にシーンという音がこだまするだけだと思う方もいらっしゃるでしょう。

実はこの部屋に入ると自分の内臓が脈動する音が聞こえてくるんだそうです。心臓や胃といった臓器が活動する時に発している音が聞こえるということです。

こうした無響室には人間は長くとどまることはできないと言われています。というのも無響室の中にいると方向感覚を喪失させるだけでなく、時間が経過していくと視覚的・聴覚的な幻覚を経験することになるのです。

この事実を踏まえて考えると、皆さんが一般に「静かな場所」と形容する場所と言うのは、実は思っているよりもずっと「騒がしい」んですよ。この世界は我々が認識すらできないような小さな音が無限に交錯し合って構成されているのです。

世界には自然な音の流れが基本的に存在しているわけですが、都市の中には極めてそんな音の流れが乱れている場所があると言われています。

眼が見えない人たちは聴覚が研ぎ澄まされているとしばしば言われますが、その方々が挙げるのは地下鉄だそうです。

地下鉄は自然の摂理に反したランダムな音の流れになっているそうで、極めて不快な音に満ちていると言われます。これに関しても我々は普通に過ごしていて気がつくことはありません。

少し話を変えましょう。人間の世界において歴史や物語がどのようにして継承されてきたかをご存知ですか?書物?それよりもっと前です。かつては「語り部」と呼ばれる人たちが、物語や歴史を口述で伝えてきたんですよ。

ちなみに現在作者が分かっている物語で最古のものは古代ギリシア時代にホメロスが語った「イリアス」や「オデュッセイア」であると言われています。これらは元々書物として広まったのではなく、彼が「語り部」として人々に語って聞かせたことで人から人へと伝播し、今まで継承されてきたわけです。

つまり人間の世界を作ってきたものとして「音」という要素は欠かせないんですよ。「音」が今の人間の社会、文化、何もかもを作ってきたといっても間違いとは言えません。

ただ我々はそういう音に気がつかないんです。世界に溢れているたくさんの音のほとんどを認識していないんですよ。

映画『羊と鋼の森』の中で「ピアノは世界と繋がっている」という印象的な言葉がありました。これはまさしくそうで、ピアノという装置は世界にあまたある音を鍵盤を推すという動作を通じて還元できるように形作られました。

ピアノは、我々が普段何気なく聞き逃している音を音階化し、そして「音楽」という形にコンバートして届けてくれる装置なんです。世界を知るためのコンバーターとでも言いましょうか。

さらに言うなれば、「音楽」の中には過去と現在、未来という時間軸が存在しません。言語にはそれが存在しますよね。言語の概念の中には明確に時間軸が存在しています。

ただ音楽はそういう時間軸には縛られず、より高次で超越的な存在です。

だからこそ音楽が表現するものは言語のそれよりも「セカイ」の本質に近いわけです。ただそれはすごく感覚的なもので、知覚するのが非常に難しいと思います。しかし、それを敢えて映像で表現するならば、本作『羊と鋼の森』で描かれたように、広大な自然のイメージなんだと思いますね。音楽だけが空間と時間を超越した何かを我々に教えてくれるのです。

だからこそ調律師はイメージの中へと深く潜り込んでいき、そこから「セカイ」の声を探し当てるのです。果てしなく深く、どこまでも遠い森の奥に。

 

おわりに

いかがだったでしょうか?

今回は映画『羊と鋼の森』についてお話してきました。

ナガ
申し訳ないんですが、本当に期待値が低い作品でした。

スタッフ的にも、キャスト的にも傑作にはならないだろうと思っていたんですが、もう謝らせてください。こんなに素晴らしい作品に仕上がっているとは。

私はもちろん原作も読んではいるんですが、この作品に関して言うならば、音と映像ありで見る方が圧倒的に心に刺さりますね。

特に本作においてテレンスマリック監督を彷彿させるようなアーティックな映像の数々が果たした役割は測り知れません。

とにかくぜひとも劇場で見て欲しい作品です。映画館のスクリーンと音響で体感してください。

今回も読んでくださった方ありがとうございました。

 

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ナガ
上記の記事を良かったら読んでみてください。

2件のコメント

自分も映画館に行くたびに「実写化やりすぎじゃね?」でおなじみ山崎賢人のうろたえた演技を何度も見せられてイヤになってたんですが、それでも何か気になってはいたんですよね(オーバードライブも気になっていたんですが主題歌入り予告を初めて見た時に「うるさい!怒」となって興味が無くなりました)。で、とりあえず観に行ったという感じだったんですが、完全にノックアウトされてしまいました。
個人的に特に好きなのが外村が初めて担当する南のシーンです。ドアを開けて出てきたときは「でたよ!日本映画にありがちな極端キャラ」とか思ってしまったんですが、部屋が徐々に明るくなっていくのがとても良くて。調律に時間がかかって部屋に日が差してきている訳ですがピアノと共にあの空間自体が回復してきている感じがしたんですよね。そしてピアノを弾き始めてからはまさに「空間と時間を超越」してました。この作品を観た日の前日が愛犬の命日だったこともあり号泣しながら観ていました。南が調律の依頼をするまでにどれだけエネルギーを使ったのかと想像するとまた涙が出てきます。最後にもう一回、光に包まれながらピアノを弾く後姿が映されますが「ゴミが片付いてる!がんばれよ!」とやはり泣いてしまいました笑。フィクションなのを分かっているのにキャラクターの未来を応援したくなる映画ってとても好きなんですよね。この映画にはその魅力が溢れていたと思います。感情優先でまとまりが無くなりましたが、とにかくこの映画が大好きですね。
『勝手にふるえてろ』のコメンタリーで大九監督が仰っていたのですが、予告編は一般的に宣伝部の人が作るらしいですね。目を引くために唯一ともいえる感情的なシーンを入れたんだと思いますが、それが逆に映画好きの方々の興味を削いでしまっているように感じられて少し残念です。予告編を作るのも難しいですね。

@たぬきさん
いつもありがとうございます!
南のシーン良かったですね!ちはやふるでも良い演技を見せてくれた森永くんがこの作品でも素晴らしい演技を見せてくれました!演出も素晴らしかったです。
確かにあの予告編は勿体なかったですね。あのシーンをピックアップしたい気持ちは分からないでもないですが、もっと静かで上品な予告にして欲しかったです。
何にせよ、ようやく山崎賢人が代表作に出会えた感じがしますね!

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