アイキャッチ画像:©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 映画「この世界の片隅に」予告編より引用
はじめに
みなさんこんにちは。ナガと申します。
今回はですね映画『この世界の片隅に』についてのお話になります。
良かったら最後までお付き合いください。
イントロ
私は映画版の「この世界の片隅に」を見てから、すごく大きな不満を抱えて、ずっともやもやとした気持ちが晴れずにいました。
その不満に関しては昨日書いた記事に詳しく書いているので、こちらを参照してください。
参考:「この世界の片隅に」映画 感想・考察 【リンさんの存在感を消した映画版の功罪】
端的に申し上げると、原作で個人的に最重要キャラクターの1人だと考えていた、白木リンというキャラクターが映画版でほとんど登場しなかったことに対して不満を抱えていたのです。
しかし、片渕監督が長い年月温め続けてようやく公開される運びとなった、映画「この世界の片隅に」。その片渕監督がそんな原作最重要エピソードともいえる部分を安易にカットしてしまうでしょうか??
私はシンプルに疑問に思いました。はっきり言って、誰が監督を務めても、カットしないであろう重要シーン。原作を誰よりも深く理解してらっしゃる片渕監督がカットするはずがありません。
私は理由を考えてみました。単純に配給の兼ね合いによる映画の尺の問題なのか?それともこのシーンを入れることによって全年齢対象から外れることを危惧したのでしょうか?
思い浮かぶのは、どれも核心には至らない推測の域を出ない理由ばかりでした。
ユリイカとの出会い
そんな時、こうの史代さんを特集した文芸誌「ユリイカ」が発売されていると言う事を耳にした。これは何か私の求める答えのようなものが得られるのではないか?そう期待して私は書店に足を運び、迷わず購入した。
その期待は裏切られることはなかった。まさしく私の求めていた答えがそこにあったのです。
そして、さらに私が片渕監督という偉大な映画監督の掌の上で転がされていたことが判明しました。
そこに書かれていた理由はあまりに衝撃的でした。
片渕監督はリンさんのエピソードが大切だったからこそカットしたのです。
普通の映画監督は、原作の最重要エピソードをカットするなんてことは絶対にしません。なぜなら、それは私が指摘したように、批判の対象とされるわけで、無能監督のレッテルを押されかねない失策だからです。
しかし、この監督はあえてそれを実行しました。それはこのエピソードをカットすることで、私のようにリンさんの存在感の無さを指摘する人が現れ、それがこの作品の今後の展開につながるかもしれないと考えたからなのでした。
私がさんざん不満を吐き出していたことすら、片渕監督の意図するところだったのか。私はただただ愕然としました。
監督はこの映画版を見て、ぜひとも原作も読んでいただきたいと常々仰っていました。このことから推察すると、あえて映画版を不完全にすることで、原作への入り口の役割を果たしたいと考えていたのかもしれません。
しかし、この理由だけでは納得しきれないぞ、と思っていると、それに続く部分にまさしく私が求めていた答えが記されていました。
監督はダビングの作業をしているときにはじめてこの映画を音付きで全編通して鑑賞したそうです。その時に、この作品に純粋な恐怖を感じたそうです。
普通の生活に突如として戦闘機や空襲、爆撃がやって来ます。すずは戦争により自分の兄も右手も両親も晴美も、あらゆるものを失っていきます。それに加えてリンさんという存在による劣等感に苦しめられます。
監督がこの時大きな疑問を抱いたそうです。
戦争でこれだけ苦しめられたすずさんが、その日常部分でリンさんの存在にまで苦しめられたなら、果たしてすずさんは立ち直ることができるのだろうか?救われるのだろうか?
そして、監督は2時間という尺の中で、すずさんがこんな苦しみのどん底から立ち直ることはできないと判断したのです。ゆえに「リンさん」という原作の重要エピソードをカットしたのです。
ただ、監督は「リンさん」を忘れていないこと、そしてこうの史代さんの原作に敬意を持っていることを示すために、周作の切り取られたノート、サクラ模様の口紅入れをすずの日常の中に何気なく残し、そしてクラウドファンディングクレジットの下のラフ画で白木リンという少女の生涯を描いたのです。
私は、映画を見て監督は「白木リン」というキャラクターをすごく軽視しているのではないかと怒りを感じましたが、実際はむしろその真逆で、片渕監督は彼女がすごくこの作品において重要であることを理解したうえで、このような映画版に仕上げたのだと言う事がわかりました。
監督がこの映画でやりたかったのは、「すずさん」というキャラクターに2時間の映画の中で救いを、希望を与えることだったのでしょう。
これが「リンさん」のエピソードをカットした最大の理由だったのだと思います。
そして監督がそんな目的の達成のためにわざわざ追加したのが、あのスタッフクレジットの背後で描かれる原作にもない、すずと周作、拾い子、そして呉の人々の戦後の生活を描いた絵だったのです。
これは間違いなく、片渕監督の「すずさん」というキャラクターへの愛なのです。
©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 映画「この世界の片隅に」予告編より引用
厳しい時代を懸命に生き抜き、深い悲しみと苦しみから立ち直った純粋な少女すずに救いと希望を与えたいという監督の明確な意図は、もはや彼女への愛としか形容できません。
原作における「この世界の片隅に」というタイトルの意味は、間違いなく周作の世界の中心にいたリンさんではなく、その片隅にいた自分を選んでくれたことに対するすずからの感謝でした。
しかし映画版における「この世界の片隅に」の意味は原作と異なっています。
©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 映画「この世界の片隅に」予告編より引用
監督が描きたかったのは、広い「世界の片隅に」生きる少女すずの普通の生活と人生と愛の物語だったのです。
映画版は原作に比べて確かにラブストーリーとしては弱くなりました。しかしすずという一人の少女の物語としてこの上ない傑作へと昇華したのでした。
まとめ
ユリイカの監督インタビューのこの部分を読んでからというもの、私はあまりの感激に涙が止まらなくなりました。
片渕監督に「この世界の片隅に」という作品を映画化していただけたことにただただ感謝の念が溢れてきます。
映画と原作は別物。原作はこうの史代さんの作品だが、映画版は紛れもなく片渕須直監督の作品なのです。
原作の良い部分を残しつつ、自分の作家性を映画に反映させていく。片渕監督はまさしく一流のアニメーション映画監督です。
おわりに
実はですね、おそらく今回書いたような理由ですとか、予算上の都合でカットされたリンさんのエピソードが片渕監督の手で描かれることになりました。
『この世界の片隅に』の長尺版は着実に製作が進んでいるようです。アニメ版を見た人も、原作が大好きな人もぜひともその完成を待ちましょう。
当ブログではその「長尺版」に関する記事も書いておりますので、そちらも読んでいただけると嬉しいですね。
参考:片渕監督が「完全版」ではなく「長尺版」という呼称をしてくれることへの好感
今回も読んでくださった方ありがとうございました。
関連記事
本作『この世界の片隅に』の劇伴音楽を担当しているコトリンゴさんが同じく手掛けた映画『旅猫リポート』の記事はこちらから!
参考:【ネタバレあり】『旅猫リポート』感想・解説:劇伴音楽コトリンゴが涙腺を破壊する!!
良かったらコトリンゴ繋がりで映画もチェックしてみてください!
先に書かれた記事に反応してしまいましたが、「ユリイカ」にそのような記述があるのですね、自分も読んでみることにします。失礼しました!
いえいえ。コメントいただけて嬉しいです。私自身非常にもやもやしてたので、ユイリカを読んで、感激して涙が止まりませんでした。ぜひチェックしてみてくださいませ!
自分も原作を読んでから映画を観て、同じ部分にもやもやしていたので、こちらの記事を読むことができて良かったです。明日ユリイカ買いに本屋行ってきます。ありがとうございます。
小説版「この世界の片隅に」は映画版をベースに進行するものの、原作にもないリンさんと周作さんと小林夫婦の設定描写があるので、映画と原作をさらに補完する内容となっています。合わせて読むとさらに味わい深くなると思います。
https://goo.gl/rXfGgL
ありがとうございます!ユイリカは本当にオススメです!ぜひお手にとってみて下さい!(^ ^)
通りすがりのモノさんありがとうございます。小説版チェックさせていただきますね。
原作未読で本日映画を見て来ました
あのラストのラフスケッチ
いい加減に見てました
ってか、照明つく前に涙と鼻水をどうにかしないと という感じでした
今後の予定としては
原作を読み込む→再度映画を観る
という予定になりました
スライさんありがとうございます。原作を読みこんでいくと、スタッフクレジットとクラウドファンディングクレジットの絵はすごく見え方が変わってきます。ぜひ原作を読みこんでから2回目を楽しんできてください(^ ^)
まったく自分も同じくこの問題に強い不満を抱いていたのですが、
ユリイカを読んで感激した一人です。
今後の展開にも期待です。
アニマルさんコメントありがとうございます。リンさんのシーン自体は作られてるみたいなので、今後何らかの形で世に出ることも期待してしまいますね。
原作のファンの者です。「ユリイカ」を読んでいないのでどうしてもまだ「リンさん」エピソードがカットされていることが飲み込めないでいます・・・。すずさんはそんなに弱い人でしょうか?すずさんは周作の妻ではありますがそれよりも北條家の人であること、呉の地で生きることを自分で選択しているように見えます。すずさんは女性でありますがそれ以上に強くすずさんという一個人としての人間である、という人のように思えるのです。男性からみたすずさんと女性から見たすずさんの違いもあるのかな・・・。
「ユリイカ」読んでみます!
まろんさんコメントありがとうございます。私はそれはメディアの違いだと思っております。戦争描写は漫画という媒体で見るよりも、映画という媒体で見る方が印象も衝撃も恐怖感も強くなります。例えすずさんという人物が、作品の展開が漫画と映画で同じだったとしても、それを見る側が受ける印象は大きく異なるのです。だからこそ私は原作を映画にコンバートする時に大切なことは原作の再現ではなく、どう映画として「見せる」のか、の1点だと考えております。ゆえにアニメ映画に通じた片渕監督がリンさん要素をカットしたのは、映画的な見せ方を分かっているという点と映画にどうすれば説得力を持たせられるかを熟知しているからだと個人的には考えております。映像というメディアの特性をよく理解されている監督だからこそ下したカットの決断だったのではないでしょうか?
原作ファン、特にリンさん推しの者です。
映画見て非常に悔しかったです。
ユリイカ見てないんでナガさんのブログから思ったことになりますが、、、
「リンさんのエピソードが大切だから削った」って、大切なら大切に料理して下さいよ!削るは逃げだと思います。映画は映画でひとつの作品として完結してないとお金を払って観に来る方々に失礼ですよ。映画の中で解決するつもりがないなら切れたノートだって出す必要なかったです。そこまで削って下さい。このエピソードを監督が手に負えなかったことの言い訳にしか聞こえません。「周作さんが遊郭に通ってた」という事実が初見の方にとってショッキングなのはわかります。そこは他で出会ったことに改編してでも漫画の深みは残せたと思いますよ、、、
楠公飯out、リンさんinで見たかったー!!!
いや、楠公飯になんの恨みもないですが、あそこ切っても何の損傷もないし。
すみません、若干口が悪くなりましたが、ひとつの映画でここまで誰かと話したくなったのは初めてで、思わず書き込んでしまいました。
もちろんエピローグはスタートから涙ボロボロでしたよ。
自由さんコメントありがとうございます。私も最初映画見た時に同じことを思いました。でもユイリカを読んで、これは逃げではないと感じました。原作と映画では主眼が別のところにあるのだと思います。だから原作はこうのさんの作品、映画は片渕監督の作品なのです。原作はラブストーリー色もある一方で、映画版はよりすずさんの成長と希望にスポットを当てた仕上がりになっていると思います。作品を作る上で、監督の色や視点が介入するのは当然のことと思います。
でもカットできたのに、ノートのくだりなどはカットしなかった。それも含めてすずさんの生活なのではないのでしょうか。我々はすずさんや当時の人々の生活のほんの一部を垣間見ているにすぎません。だからこそ、見えないところで何かあったのでは?と想像させる手法はあっても良いのだと思います。
映画版は映画版として、すずさんの物語としてきっちり完成されています、そして原作を読むともっと深まる。こういう補完関係はむしろ心地よいものだと私は思いました。
ナガさんお返事ありがとうございます。
ナガさんは考えが大人ですね。
ぼくはどうしても「もうちょっとやれたのに!」と思ってしまうガキです。。。
記事、とても興味深く引き込まれ、楽しく拝見いたしました。
私は映画から入り、原作⇒映画⇒映画と、繰り返し作品を見るほどに現在すっかり虜になっている者です。
何かの記事で読んだのですが、監督はプロデューサーから「映画を前編・後編に分けたらどうか」という提案を受けたという話がありました。
それが一番、原作すべてを描くことができるやり方だから…と。
しかし監督はほのぼのとした日常(リンさんを取り巻く恋愛の悩みを含め)の前編、激しく戦争に巻き込まれていく後編…という構図にしたくはなかったという判断をされたそうです。
映画から入った私としては、これは英断だったと感じます。
戦争がいい意味でとても身近なものと感じられる映画になったのは、日常シーンと戦争シーンを地続きに描いたことの効果そのものとだった思ったのです。
もちろん、この作品の原作にあって映画にない魅力を知ってしまった今では、もっと見たいと思う気持ちが強いです。
(30分ぶんもあるという、使われなかったコンテを基に、是非長尺版を作って欲しい…)
ただ、作品への入口へ巧みに導いてくれたこの映画、
私にとっては完璧な判断と思います。
まさに、ナガさんのおっしゃる「一流のアニメーション映画監督」ですね。
こんにちわ。
君の名は。のように派手な宣伝こそしていませんが、口コミで視聴層が広がっているようでうれしいですね。
すずの実家がある江波は小中高と過ごした地で、作中にも出てきた松下商店は子供のころジュースを買ったりしていた記憶があります。
先日、5回目を映画館で観ていた時、前の席にいた老婦人が「そうそう、あそこにあのお店あったねぇ」と呟きながら観ておられたのが印象的でした。片渕監督の作りたかったものは伝わっているのだと感じましたね。
ところで、劇中の何箇所かはスタッフさんも音声に参加してます。もちろん、片渕監督も入ってます。私が知っているのはすずが呉海兵団の横を通ったときに海兵団内から聞こえてくる訓練の声、あと義父の見舞いに行った際、窓から見える海兵団内の掛け声の二ヵ所。ガヤみたいなもんですけどね。
こんにちわ。
映画→映画→原作→映画→映画
と観て来たものです。
その疑問は、自分も持ち合わせていました。
というか、映画から入った自分にとっては、
「リンさん、一回しか会ってないのに、えらいリンさん思い出すなぁ〜、すずさん。」と思ってました。
で、原作読んで、この記事読んで、ある程度腑に落ちました。
自分的には、今の映画の方が「綺麗」な作品になっていると思います。そして、子供にも見せやすい。(毎年、テレビで放映しやすいレベル)
反面、原作の周作の行動には、幻滅した自分がいますが、リンさんとすずさんの関係は、かなり好きだったりします。その場合、「子供」向けでは無くなる感じもしますし、より複雑な気持ちにさせてしまう作品になってしまうと思いました。
カットするのが勿体無い、すずさんとリンさんの関係ですが、やむなく……と行ったところなんでしょう…
しかし少しでも残したい。ということで、ノートの切れ端や口紅のシーンを残したと思います。
本来なら2時間30分の絵コンテが存在していたが、予算が足りず、泣く泣く4割カットで作り上げた作品です。もしかするとその4割の中には、リンさんとの関係性を指す重要なシーンもあったかもしれません。
(海外版の予告編でも、1カットですが、すずさんとリンさんの桜の木に登っているシーンがあります。)
今Twitterでは、「興行収入10億あったら、完全版も作る…かも」的な話が上がってたりします。(ただし監督は、今は各地への取材と今作の作成で相当疲弊されています。)
もし叶うなら、完全版もみて観たい気持ちでいっぱいです。
(アフレコ台本には、完全版の内容が載っているとか……そういう噂も聞きました。)
何にせよ。片渕須直監督は、時代考察にもトコトン入念にチェックして作品に反映される方なのに、そう簡単に「リンさん」を諦めるような人ではない。
と自分は、思いました。
(多分監督が一番「リンさん」切りたくなかったであろうから…)
小説版は、映画の絵コンテの初版を参考にしていると聞きました。小説版は、リンさんとのくだりもキチンと記述があり、なぜ周作はすずを嫁にしたのかも描かれています。ご参考まで。
TVドラマ版もありますが、リンさんを演じた優香さんが
素敵でした。コチラもオススメです!
アンダーヒルさんコメントありがとうございます!返信が大分遅れてしまいました。原作遵守も1つ大切なことですが、それ以上に監督が自分の作風を出していくのも、映画を作る上で非常に大切なことと感じました!片渕監督は本当に素晴らしい監督ですね!
鯉城さんコメントありがとうございます!返信が大分遅れてしまいました。すみません。非常に有益な情報をありがとうございます。確かに片渕監督が伝えたかったものがちゃんと伝わってるようで、少し嬉しくなりますねヽ(;▽;)ノ
ハマーさんコメントありがとうございます。確かに私もリンさんのカットに少し思うところはあります。ただライブドア仮にリンさんのエピソードの追加したバージョンを作るとしても、それを「完全版」と呼称するのは止めてほしいなぁと思っております。劇場公開版も片渕監督がきちんと意志を持って作り上げた大切なカットですからね(^ ^) でもリンさんのエピソードがアニメーションで見れるのであればやはり楽しみですね!
たんたかさんコメントありがとうございます。小説版ぜひ読ませていただきます!情報ありがとうございます!
ジョニーAさんコメントありがとうございます!実写ドラマ版は存在は認知していたのですが、まだ見れてませんでした!ぜひ見させていただきます!(^ ^)
理解はするけど納得はしたくないです。
予算の関係から内容をカットせざるを得ないと
真木プロデューサーに告げられたとき、
片渕監督は強く抵抗したとも聞きます。
ただ、二時間半は確かに長いし製作の手間を考えると
映画館で観るのは難しいかもしれないとも思います。
声優陣の演技も本編をアフレコしたときとは微妙に変わってしまうでしょう。
あと白状しますが、リンの作った声があんまり好きじゃなかった…
映画の中で一番アニメっぽかったかもしれない。
映画のDVDやBDに特典としてつけるのが一番無難でしょうか。
でも!やっぱり映画館で観たいですよ。